「物理的な現実」に根ざす

 

 ローカルルールとは、その正体は個人の私的な感情にすぎないわけで、そこで主張されることはもっともらしく見えても、なんら現実に基づくではありません。

基本的に虚構、想像の世界に巻き込むことで成立しています。

(参考)→「ローカルルールとは何か?」 

 

 

 私たちが、「人からどう言われるか?」「どう見えているか?」を過剰に気にさせられるのもローカルルールの影響の故です。

 

 「人からどう言われるか?」「どう見えているか?」というときの「自分」とは、物理的な自分ではなく、イメージ(虚構)の世界の「自分」です。

 例えば、「~さんって、暗いね」と人から言われたとしても、それは、物理的な自分をさしているわけでもなんでもなく、単に、それを発した人の考え、言葉(イメージ)のものでしかない。

 

 

 しかし、ローカルルールはイメージがあたかも現実であるかのように思わせて私たちを苦しめます。

 一番の方法は、「人の言葉は大切に聞かなければならない」とか「人の気持ちを考えなければならない」といったニセの常識を刷り込むこと。

(参考)→「変な設定のスマートフォン

 そうすることでローカルルールが作り出す虚構の世界に巻き込む下地を作る。

 

 

 次に、「あなたは価値がない」とか「あなたはダメだ」といったこと(ローカルルール)を刷り込む。

 下地として「言葉は大切だ」と思わせていますから、暴言が土に染み込むように浸透して、巻き込まれていきます。

  

 「あなたは価値がない」もイメージ(虚構)でしかありませんが、「言葉は事実だ」と思っていますから、それ自体が事実であるかのように私たちには感じられ、以降、「自分は価値がない」という情報を証拠して集めるようになってしまいます。

 相手がそっけない態度を取ると、「自分に価値がないからだ」と捉えてしまう。

 

 「自分には価値がない」と思って自身がないものですから、社会に出てからも他者のローカルルールに巻き込まれやすくなり、不全感を抱えた人から、「あなたは価値がない」というフィッシングメールを受けて、真に受けてしまう。

(参考)→「ローカルルールの巻き込みは、フィッシングメールに似ている

 

 不全感を抱えた人にとっては、巻き込まれて嬉しいので、「価値がない」ということが事実というふりをされて、マウンティングされてしまう。

 

 

 長年それが続くと、ローカルルールというニセモノに過ぎないものが他のローカルルールも雪だるまのように巻き込みながら膨れ上がり、現実であるかのように感じさせられてしまう。

そして、「現実とは辛く厳しいところだ」というように感じられてしまう。

 ますます、物理的な現実からは遠ざけて虚構の世界に誘い込まれてしまう。

 
 さらに、ローカルルール「人格」というように、ローカルルールは人格(モジュール)に感染して影響します。ローカルルール人格は、感情や言葉、行動の認知、記憶を歪めます。
 

(参考)→「ローカルルール人格が感情や記憶を歪める理由
 

 歪められることでローカルルールを壊す手がかりが失われ、物理的な現実を私たちが触れることができないように遠ざけてしまうようになるのです。そして、常に証拠のない虚構の世界でやり取りさせることで、ローカルルールから抜けることができないようにするのです。

 

 

 「現実が怖い」「現実は厳しい」「現実を見たくない」というふうに思っているとしたら、それは実はローカルルールによって作られた感覚です。

 そして、その場合に、“現実”と感じていること、例えば、「自分は価値がない」「自分には実力がない」「自分は失敗ばかり」という“現実”とは、作られた虚構の現実であり、本当の現実ではない、ということです。

(参考)→「自分にも問題があるかも、と思わされることも含めてハラスメント(呪縛)は成り立っている。

 

 

 ハラスメント、虐待の影響の一番は、「現実は怖い」と思わせて、私たちを物理的な現実から遠ざけてしまうこと。

 

 以前、「代表」という機能についてもお伝えしましたが、物理的な現実からも離れ、代表も機能せず、中空に浮いた状態。

(参考)→「すべてが戯れ言なら、真実はどこにあるの?~“普遍的な何か”と「代表」という機能

 

 これがいちばんローカルルールとしては個人を支配しやすい状態。
  

  代表
 
   ↑ ※妨げられる

 (中空) → ローカルルールに依存させられる

   ↓ ※妨げられる   

 物理的な現実

 

 中空に浮いているので、反撃のための足場、根拠を持つことができず、ローカルルールは自由にイメージや言説を操ることができる。

 
 物理的な現実というのは、人間の意識では変えることができません。

だからこそ、安全であり、信頼できる。

 
 反対に意識やイメージ、言説というものは、いくらでも加工できてしまう。

そこには、ローカルルールが入り込む余地がたくさんあって、危険極まりない。

  
 「代表」が機能するためには、物理的な現実に足場を保つ必要があります。

 
 世の中には、家のローカルルールから自由にしてあげますよ、といいながら、別のローカルルールへの依存を勧めて商売をしている人たちがたくさんいるからやっかいです。
(自己啓発とかカリスマカウンセラーとか、スピリチュアルなものや宗教など)

(参考)→「ローカルな表ルールしか教えてもらえず、自己啓発、スピリチュアルで迂回する

 

 物理的な現実な現実からも切り離され、ローカルルールにとらわれていてつらい思いをしている人からすれば藁にもすがる思いで頼りたくなります。

 

 しかし、それも結局はローカルルール。
 主宰している人の不全感を満たすために依存しやすい人達を集めているだけ。
 根っこには、自己愛や支配欲でしかないのに、「富」「愛」「夢」「本当の世界」といったきれいな言葉でコーティングしているだけ。

 結局、ローカルルールから別のローカルルールに移っても全く解決にはならない。

 やるべきことは 虚構の“現実”(ローカルルール)から 本来の現実(物理的な現実)へと移ることです。

 決して、虚構の“現実”(ローカルルール) から  別の虚構の“現実”へ 移ることではありません。

 
 ここはとても大事なポイントです。

 

 例えば、自己啓発やスピリチュアルにおいて、「思考は現実化する」といって、願い事を書いたり、アファメーションを唱えたり、といったことは、実は単に、虚構の“現実”(ローカルルール) から  別の虚構の“現実”へ 移ろうとしているだけです。

 それで得をするのは、本やセミナーで商売している元締めの人(ニセのカリスマ)だけです。
  

 
 いわゆるカウンセリングやセラピーにおいても、そのセラピー自体が、虚構から虚構へと操作するようなセラピーであれば、効果はありません。むしろ、ローカルルール世界の中で治療者もともに踊らされてしまうことになります。

 

 やればやるほど、物理的な現実から離れることになり、ローカルルールにとっては都合が良い。イメージ(虚構)の世界の中でのやり取りなので、ローカルルールそのものを壊すことにならない。
 下手をすると、ローカルルールの維持に協力してしまうことになる。

 

 例えば、認知(信念)を変えるセラピーなどもある程度良くはなりますが、ローカルルールが許す範囲になってしまうのです。

 

 ローカルルールとは所詮、個人の私的な感情にすぎません。ニセモノです。魔女のりんごのようなもの。物理的な現実を突きつければ、あっという間に消え去ってしまうものです。

 本当であれば、物理的な現実に根ざして関わればなんでもないことです。

 

 本当に悩みから抜けるためには、考え方を変えるとか、イメージを何とかする、といったことではまったくだめで、物理的現実に根ざして、ローカルルールそのものをひっくり返しに行く必要があります。

 睡眠、食事、運動が大切なのも身体という一番身近な物理的現実に根ざすことができるようにするため。

 釈迦も苦行を否定したのは、身体を保って物理的な現実に根ざしていないといけないから。
 仏教の悟りとは、観念を排して徹底的に物理的な現実を見る、というものです。
(参考)→「結局のところ、セラピー、カウンセリングもいいけど、睡眠、食事、運動、環境が“とても”大切」 

 

 また、仕事などを通じて、社会の中で「位置と役割」を持つことが大切なのも、物理的な現実に根ざすためです。

(参考)→「「仕事」や「会社」の本来の意味とは?~機能する仕事や会社は「支配」の防波堤となる。」 

 

 

 例えば、「自分はダメな人間だ」と親に思わされてきた人が、努力して「親から評価されよう」あるいは、「自分の考えを変えて自己肯定感を高めよう」と思うのは、ローカルルールの虚構世界の中で踊っているだけです。

 

「自分はダメな人間だ」と思う気持ち(信念)を、セラピーで変えようとすることもローカルルールの世界で踊っていることです。

 

 そうではなくて、そもそも「自分はダメな人間だ」というのはローカルルール(虚構)であることに気づき、「いいかげんにしろ!」と、ローカルルール自体をベリッと剥がしてしまう。

 そして、物理的な現実を見る、ということ。

 ここがすごく大きなポイントになります。

 

 

 そこに至るためには、数々のトラップが仕掛けられています。

 ・言葉を大切にしなきゃ、相手のぞき込まなきゃ、というローカルルール

 ・刷り込まれ、内面化してきたローカルルール

 ・虚構によって作られた“現実” 
  (例えば、ローカルルールを真に受けたことで生じた過去の数々の失敗など)
 
 ・身体の不安定さ
  (睡眠不足、運動不足、栄養不足)

 ・不安、恐怖、罪悪感

 ・自他の区別の弱さ

 ・巻き込まれる癖

 ・ニセの敵への執着(目の前の人にイライラして、本来の問題に目が向かない)
  
 ・秘密を抱え込んでいる(ファミリー・シークレット)

 ・物理的な現実への幻滅や大人への反感、理想主義

 ・俗な知識
  エセ科学(ニセの脳科学など)、ポップ心理学やスピリチュアルなどが広めた間違った知識(考え方を変えれば悩みは治る、共感が大切など)
  これもローカルルールそのものにアプローチできずにローカルルール内で踊らされる要因になります。

 などなど

 

 

 これらが邪魔をして、「物理的な現実を見たくない」「物理的な現実を見れない」になっている。

 

 でも、本来は物理的な現実のほうがローカルルールによる虚構の現実よりも圧倒的に優しいし、多元的多層的です。

 本当の解決には必ず物理的な現実に根ざす必要があります。
物理的な現実に根ざすと、ローカルルールは取れやすくなります。 

 

 

 難しいことはさておき、

 まずは、自分がもっているネガティブな感覚を「これってローカルルールじゃないか?」「ローカルルール人格のもので、自分のものではないのでは?」
 と疑ってみることです。

 

 まちがっても、ローカルルールにたいして、ポジティブ思考、自己啓発、ポップ心理学(俗な心理学)などの虚構で対抗しようとしない。虚構の世界で虚構同士でやり取りをしても巻き込まれるだけですから。

 そして、「物理的な現実を見る」と決めて、心がけてみることです。

 ここはとっても大切なポイントです。

 

 

(参考)→「ローカルルールとは何か?」 

 

 

●よろしければ、こちらもご覧ください。

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