ローカルルール人格が感情や記憶を歪める理由

 

 ローカルルール人格というのは、しばしば情報や記憶を歪めます。

 周囲の言動を歪めて、本来の人格に伝えるために、受け取った側はそれを信じて、巻き込まれてしまう。

 実際に起きた出来事もそうですが、とくに言葉と感情を歪める。
どうして言葉と感情を歪めるかと言えば、最もコントロールしやすいから。

 

 
 「過誤記憶」といいますが、
 相手が言ってもいない言葉を作り出して、「言ったことにしたりする」ということが実際に起きる。

 

 普通にやり取りをされているはずなのに、数日立つと突然、
「あなたからひどい暴言を浴びせられた!」と怒り出したりすることもあります。

 

 相手は訳がわからずに戸惑って否定したり、勢いに押されて謝罪しますが、

 本人は「暴言を浴びせられた」という記憶が本当であると思わされている。

 

 あまりにも情報の歪曲がすごいために、本人も何が事実か、わけが解らなくなる。周囲の人間や治療者との関係もこじらされてしまって、不信から抜け出せなくなる、ということもあります。

 

 

 カウンセリングにおいても、親からひどい虐待を受けていました、ということを治療者に訴えていて、治療者もそれを真摯に受け止めて対応していたところ、ある日、クライアントさんが「あれはすべて妄想でした」といって治療者が驚く、ということは実際にあります。

 

 また、ひどいことをされた、と治療者自身が歪曲のネタにされることもよくあります。

 そうしたケースに困惑した治療者たちが「境界性パーソナリティ障害」という概念でしばしば起きる理不尽な出来事を説明しようとしてきました。

 愛着障害、症状が重いケースに多く見られます。
 (甲状腺など内分泌系や婦人科系などに不調を抱えるケースでも生じるとされます。)

(参考)→「「関係念慮(被害関係念慮、妄想)」とは何か?

 

 

 

 でも、どうして、こういうことが起きるのでしょうか?

 とくに、重いケースに起きるのはなぜでしょうか?

 

 それは、ローカルルールのメカニズムにヒントがあります。

 

 

 先日も、ローカルルールはなぜ敵を作ろうとするのか、ということについて社会全体のローカルルールとも言えるナチズム、全体主義の国を例に説明したことがありました。

(参考)→「目の前の人に因縁をつけたくなる理由

 

 

 情報の歪曲という現象についてもそうした例から考えることが、役に立ちます。

 

 

 全体主義の国では、政治的に失脚すると、その人が写真から消されるそうです。

実際にそうした写真ばかりを集めた本があります。

 ソ連であれば、ある自分物が粛清されると、レーニンの横にいた人が消えたり。

 スターリンを大きく見せるために、位置やサイズを変えたり。

 出版物を検閲したり、修正したり、ということも行われます。

  
 他国や敵とされる団体や民族がひどいことをした、ということを強調したりすることもあります。

 

 

 こうしたことは、普通は「都合の悪いことを消したり、都合の良い情報を作り出したりしている」と捉えられますが、もっと深い意味があります。情報を修正したり歪曲することは、全体主義の成立そのものに関わるからです。

 

 世の中の規範、常識(公共)が成立するためには正統性と協力が必要です。

(参考)→「「正統性」と「協力」~ローカルルールのメカニズムを知り、支配を打ち破る。

 

 健全な社会は、多次元で多元的なので、内部に異論や矛盾を抱えていても成立できますし、正統性も維持することができます。むしろ、異論や矛盾が多元性を担保してくれて、まわりまわって社会の維持に寄与してくれたりもする。
 色々な考えや捉え方があることは良いこととされます。

 

 しかし、ファシズム、全体主義というのは人工的に作り出された一元的なルール、常識にすぎません。ですから、そのままでは成立しようもありません。少しでも人々が疑問を感じてそれが広まれば、崩れていくほど脆いものです。

 

 そのため、ローカルルールが成立するためには情報を修正したり歪曲したりせざるを得ないのです。

 ローカルルールにとって、ローカルルールの影響が強ければ強いほど、情報の歪曲は必須になるのです。

 

 

 以上は国や社会全体の話ですが、個人に置き換えても同様です。ローカルルールが成立するためには歪曲が必要。

 そして、それにはレベルがあります。

 レベル1:感情の歪曲
 
 レベル2:言語の記憶の歪曲

 レベル3:行動の記憶の歪曲

 

 維持するローカルルールが大きければ大きいほど、情報の歪曲の度合いも大きくなる。

 

 どんな人でもローカルルールに影響されていますが、愛着が安定しているなど比較的健康であれば、歪曲は比較的少なくてすみます。

 多くの場合は、レベル1の感情の歪曲までです。

 

 
 例えば、職場の人に腹が立つ、とか、街であった人にイライラする、といったこと。

 

 それらは、実際にその人本来が感じた感情ではないのですが、ローカルルール人格が感じた感情を伝えてきて、その人の感情だと思わせる(歪曲)。

 精神分析で「投影」と呼ばれる現象も、感情の歪曲と言えます。

 

 
 感情の歪曲によって、身近な人に感情を向けさせることで、ローカルルールの破綻から目をそらすことができますから、ローカルルールの延命に役に立ちます。

 

 

 愛着や身体がさらに不安定になってくると、レベル2の「言語の記憶の歪曲」が生じます。
 

 かつては、それらは、愛着や身体が不安定なために起きる、被害妄想や、認知の歪み、関係念慮、記憶の障害のせいだ、という説明をされていましたが、(たしかにそういう説明でもよいのですが)、ローカルルールという考えからすると、説明の仕方は変わります。

(参考)→「「愛着障害」とは何か?その特徴と悩み、4つの愛着スタイルについて

 

 愛着が不安定であるということは、理不尽なローカルルールを代表させられている割合が大きいということ。 
 

 

 本人は、ローカルルールが常識だと思い込まされていて、必死にローカルルール(規範)を守っている。
 一般的に言われるように、境界性パーソナリティ状態の人は、決して規範を守れない人ではない、ということです。

(参考)→「外(社会)は疑わされ、内(家)は守らされている。

 

 

 ローカルルールをまじめに守っている。人よりもローカルルールを強く代表させられている。

 ただ、上に書いたように、ローカルルールはニセの常識ですから、それが成立するためにローカルルール人格は情報を歪めざるを得ない。本当の情報が入ってきたらローカルルールは簡単に壊れてしまいますから。

(参考)→「ローカルルール人格は、妄想や、関係念慮、自分がおかしいと思われることを極度に嫌う

 

 人よりもローカルルールの影響が大きいために、歪曲も大きくならざるを得ない。

 

 そのためには、レベル2以降の「言語の記憶の歪曲」が必要になる。

 言語の記憶の歪曲とは、他者の発言の記憶を歪めるということ。

 

 例えば、「あなたは私に暴言を浴びせてきた!」というような記憶が作られるのです。

 それはその人がおかしいのではなく、支配しているローカルルールが「社会とは暴言を浴びせてくる人がそこら中に存在する」「自分には価値がない」といった内容であるため。

 とくに、人と親密になりそうになったり、信頼が得られそうになると、情報の歪曲が急激になります。なぜ、信頼が得られそうになると壊そうとするのかの理由はここにあります。

 

 普通の穏やかな会話が継続しては、ローカルルールが嘘だということがわかってしまいますから、定期的に人格をスイッチさせて、事実を歪めざるをえない。

 

 さながら、全体主義の国の新聞やTVのニュースのような感覚で。

 

 

 

 さらに、もっと重いケースになると、レベル3以降の「行動の歪曲」になります。

 「相手がひどい表情で私を見た」「暴力をふるった」といったような内容になります。

 レベル3になると頻度は高くありませんが、全く稀でもありません。

 長く臨床をしているとしばしば経験します。

 

 これまでは本人も周囲もわけも分からず、巻き込まれてきましたが、ローカルルールということがわかってくると、対処できるようになります。

 

 治療の現場であれば、言っていることに共感したり、怒りを向けられても謝ったりせず、自信を持って治療者が「それは、ローカルルールのせいですよ」と指摘して、クライアントさんをローカルルールの影響から護る必要があります。
 以前であればそれは難しかったのですが、ローカルルールのことが明らかになるにつれて、容易になってきました。 

 

 歪められた情報、記憶を真に受けると、ローカルルールは延命します。
そのため、それが歪められているということにできるだけ早く気づいて、真に受けないようにすることがとても大切です。