筆者も昔、トラウマからくる生きづらさに悩んでいたころ、例えば、食事とか、睡眠とか、運動とか、そんなことは解決の方法として、全く小バカにしていたように思います。
「そんな道徳的なことはいいから、もっとすごいセラピーで解決する方法がないのか」と。
チマチマした感じがしましたし、ほかに手段がないから仕方がなく行うようなもの、ととらえていたように思います。
筆者が、生きづらさで悩んでいた時の生活は、
朝8時過ぎから夜中0時まで仕事して、お酒を飲んで、4,5時間寝てまた出勤する、というような感じでした。
そんな状態でも生きづらさがなくなりパワフルに働けるようになることが、「治る」ということであり、それを目指して、いろいろなセラピーを学んだり、受けたりしていました。
食事とか運動とかを軽視するのは、何も筆者だけではないようで先輩のカウンセラーに話を伺うと、「私も昔は、食事や睡眠なんてバカにしていた」とのことです。
心理療法家の意地としては、そんなことは抜きにして治療したい、というところもあるでしょうし、あと、もう終焉に近づいた(と筆者はみていますが)カウンセリングブームと心理主義の影響もあると思います。
心理主義とは、なんでも「本人の心の問題だ」とする立場のことで、似非科学的で非合理と批判されます。
20年ほどカウンセリングに携わってきて、何周もまわっていろいろなことを経験すると、結局、環境からアプローチしたほうが、うまくいく(しないと結局うまくいかない)ことが見えてきます。
私たち人間というのは、環境に左右される生き物です。
環境にはほとんどあらがえない。
例えば、個人の実力の結果とされる「学歴」「スポーツでの実績」といったものでさえ、環境に影響されます。
実際、東大に進学する学生は、世帯収入が高い富裕層が多いそうですし、原動力となる勉強の「やる気」も親戚や周囲に高学歴の人がいたり、教育に関係するモノがあるかどうかなど、環境にかなり影響されます。
昔から政治家や芸能人には二世、三世が多いですが、それも環境によるものです。
環境の影響を知るために、頭の中で銀河系をイメージしてみます。
その中の一部に太陽系があって、その中の小さな星が地球です。
さらに、そこにほこりのように表面にくっついて住んでいるのが私たち人間です。
そんなちっぽけな人間ですから、当然、気圧から、重力から、気温からも影響を受けています。実際に、季節性のうつや、気圧からの頭痛、体調不良で悩む人もいるわけです。
社会、文化、職場、家庭からも影響を受けます。
業績悪化で職場の雰囲気が悪くなりうつ状態になったことの背景には、グローバル化で海外の経済事情が遠くから影響していることだってあります。
「私は環境なんか跳ね返せる、影響なんて受けていない」という感覚をもし持っている人がいれば、それは、自己愛的な自己誇大化の産物といえます。大変、恥ずかしながら、筆者も若いころは生きづらさへの反発からそう思っていたところがあります。
(「すべては自分の選択だ」という考えも自己啓発やポップ心理学の世界でよく耳にしますが、科学的な心理学の力を借りるまでもなく、常識的に考えればウソだということに気が付くようになりました。)
悔しいことですが、やはり、環境にはあらがうことができない。社会心理学者のパリ大学の小坂井敏晶教授は、人間は「外来要素の沈殿物」といっています。
でも、環境にあらがえない、という人間の在り方がありのままにわかると、本当の解決策が見えてきたりもします。
では、本来、悩みの治療の順番とは何かというと、
・(外的な)環境調整(生き方の転換、休職、転職、転校、転勤、離婚・別居、など)
↓
・(内的な)環境調整
睡眠、食事、休養
↓
運動
↓
・精神療法、薬物療法
と、このようになります。
見識を持つ、お医者様(やカウンセラー)ほど、一番上から取り組みます。
まず、環境調整、食事や睡眠の改善を指導し、抗うつ剤などのお薬を出すのは一番最後、お薬を出しても沈まないための“浮き輪”として、といったように。
実際に、うつ病でも薬のみでいきなり治療をしても、2割程度にしか効きません。
お薬が必須である統合失調症の治療でも、社会の中で仕事や役割(環境)があることが解決には重要であるとされます。歴史に残る名医たちは、クライアントが住む環境を含めて理解をし、取り組んでこられました。
うつ病では、上で書きましたが、薬のみでの改善率は2割ですが、運動を行った場合は9割の改善が見られたというエビデンスがあります。それほどまでに効果があるそうです。
※カウンセリングも薬物療法とほぼ同じくらいの効果ですが、カウンセリングで治療すると再発が少ないとされます。おそらく物事の捉え方や生き方などの変化を促すからだと思われます。ただ、それでも実はカウンセリングも運動の効果には及ばないのです。
統合失調症の治療などで有名な中井久夫氏が、患者から、元に戻してほしい、といわれた際に「(また再発するような)元に戻すことはできません」といった有名なエピソードがあります。
環境を変えるような取り組みでなければ、結局元に戻ってしまって、それでは意味がないということです。
しかし、近年は、セラピー、カウンセリングが流行した結果、
「(環境はそのままで)悩みを解決して、環境からの影響にびくともしない自分にしてください」
といった信じられない依頼に対して、魔法のような効果を宣伝するものが増えてしまったような印象があります。
昔の筆者も、環境はそのままで何とかしようとしていました。
でも、環境に抗えない人間の本質を考えれば、残念ながら、あり得ないことです。
実際に派手な宣伝のセラピーを受けてみても、宣伝文句のようにはうまくいきません。結局、検証できない見立てを理由に、延々とカウンセリングを受け続けさせられたりしてしまいます。
自分自身の生きづらさへの反発や、心理主義的なカウンセリングブームの熱から距離を置いて、少し頭を冷やして常識で考えればわかります。
例えば、いじめにあった子供がいれば、その子にカウンセリングを受けさせていじめに対抗できる強い子にしよう、というのはどう考えても変なことです。普通は、いじめっ子への指導、クラス替え、転校という環境への働きかけを行う対処になります。
ブラック会社でも同様です。会社への行政等の是正の指導か、転勤、転職が対応策であり、問題は環境側にある。
働いている誰かがうつになったり、不幸にも自殺したりしたら、まずは「不況のせいかな」とか、「仕事が大変なのかな」「職場の雰囲気に問題があるのかな」と思うのが本来の常識です。
最初から「心理的なビリーフのせいだ」とか「本人が抱えるトラウマのせいだ」といきなり解釈してしまうのは、どこか変なのです。
昔の筆者もそうでしたが、セラピーに魔術、奇跡を期待してしまいがちです。しかし、様々なことを経験すると問題解決には正しい手順というものがあることが見えてきます。(正しい手順をたどるから“奇跡”も起こる。)
技術職の方などはお馴染みかもしれませんが、問題が発生したら「切り分け」といって、まずは簡単なことから疑っていく。
例えばパソコンがインターネットにつながらないのであれば、手前の環境から疑っていく。ケーブルが抜けていないか?WiFiが切れていないか?といったこと。
いきなり「オペレーションシステムのバグではないか?」とは考えません。
実際に、問題の9割以上は、ケーブルが抜けていた、Wifiが切れていた、といった単純な問題です。
しかし、私たちは精神的な悩みを解決する際に、いきなり「心理の問題だ(オペレーションシステムのバグだ!)」と手順を無視して解決しようとしてしまいます。笑い話ではなく、カウンセリングの現場でもそうしたことは多くみられます。これは非合理な心理主義的な態度です。
人間は環境の生き物ですから、環境から調整することが王道です。
職場があまりにもストレスフルなら異動、転職を検討する、家庭がひどいならやはりそこから離れることです。
それぞれ経済的な問題もありますから大変ですけど、やはりそれが一番。
「環境調整」の次に大切なのは、「睡眠、食事、休養」、「運動」です。
早く寝て、定期的に運動しているほうが体内で成長ホルモンが働いて、脳内伝達物質など体内環境が修復されていきます。
睡眠がとれないケースでしたら、一時、お薬の力を借りてでもしっかりと睡眠をとったほうが良い。
長年、ブリーフセラピー、トラウマケアにも関わっていますが、モラハラ環境に居続けたまま、睡眠リズムが乱れたままであれば、例えば、効果が高いとされる心理療法をもってしてさえ、改善はスムーズにはいきません。
カウンセリングを受けることも大事ですが、睡眠、食事をちゃんととって運動したほうが言葉から間接的にではなく、身体が直接、内部でホルモンや遺伝子を整えてくれますから当然治りは早いです。
筆者も思えば、自身も心理療法を受けてきました。もちろん、よくなるのですが、最後のほうのピースがハマらない(ラストワンマイル)、なかなかよくなりきらない時期がありました。
でもある時期から、徐々に考え方などが変わっていったり、生きづらさがなくなったり、ということを経験しました。振り返ってみれば、同じ時期に、ジョギングやテニスなどスポーツを始めたり、職場を変えたり、睡眠時間が長くなったり、といったことがありました。
それぞれはトラウマを治そうとして行ったわけではなくたまたまです。当時は、運動なんて、と小バカにしていましたので、その関連には気が付いていませんでしたが、明らかに関係していると言わざるを得ません。
筆者も治療者の一人として、さらに効果的なセラピーを開発しようと臨床の中でも工夫や試みを重ねていますし、「どんな人でも治せるような方法があるのでは」という理想は胸にあります。実は、いろいろな新しい可能性が見えてもきています。
ただそれでも、環境の力は認めざるを得ないし、環境を味方につけて活用したほうが絶対に改善は速いです。
(むしろ、新時代のセラピーとは心理主義(心に原因を求める考え)を脱し、環境の活用を前提としたものではないか、と感じます)
安定型の人は、おかしいとみるやサッと職場を変えたり、支配的な人から距離を取ったりします。環境をしっかり活用しています。
トラウマを負っていると問題は自分の責任だとして一つの環境に執着させられたり、他人と一体になれず、環境から疎外された感覚に陥る。
トラウマとは環境を味方につけられなくなる病、ということかもしれません。
睡眠、食事、運動などを通じて環境を味方につけることはトラウマを解消し、生きづらさを改善するためにはとても大切です。
補足として、具体的な方法についてです。
運動は、有酸素運動を週に3回20分。軽くウォーキングするだけでもよいですから、続けてください。
(これはうつ病の研究で9割の改善が見られたとされたときに設定されたメニューと同条件です。ウォーキング以外でも、自分なりのやり方で大丈夫です。ヨガなどもよいでしょう。)
ひきこもり、パニック、発達障害などで運動したくても家から出るのが怖い、といったお悩みを持つ方もいらっしゃいます。その場合は、下記の記事でも紹介させていただいております。医師が考案したお手玉や、ティッシュペーパーを用いる呼吸法もあり、効果的です。
(参考)→「パニック障害とは何か?本当の原因と克服に必要な5つのこと」
食事は、一般的に言われるように3食をバランスよく採ることは必要です。ただ、それでも鉄分・ミネラル、ビタミンB群、たんぱく質などは不足しがちなので、意識して増やすかサプリメントなどで補う必要があります。特に女性は鉄分が不足しやすいとされます。
パニック発作などの症状のある方はコーヒーは禁忌です。
あと、精神科医の神田橋(條治)先生も勧めていますが、サプリメントで、GABA、エビオス錠を服用してみてください。不安などの精神活動が収まってきます。上記にも書きましたが、鉄分(亜鉛なども)、ビタミンB群についてもサプリメントで補うとよいでしょう。
睡眠はやはり、22時~2時までの間にはできるだけ床についておきたい。その4時間は成長ホルモンが出るゴールデンタイムです。
そして、最近は睡眠負債という言葉が注目されているように、仕事の時間などを削ってでも、自分に必要な睡眠時間(7~8時間)は確保したいです。
睡眠時間が短いままでは、悩み解決はおぼつきません。
睡眠障害などで睡眠がとれないのでしたら、医師に相談して、症状が重い場合は恐れず積極的に睡眠薬の力を借りてみてください。精神科や心療内科ではなく、専門の睡眠外来を利用するのも良いかもしれません。
睡眠に関する書籍や情報を得るなどすることもよいでしょう。入眠時間や睡眠へのルーティンを見直してみてるだけでも違います。
(参考)→「心の健康に影響する不眠症・睡眠障害~原因とチェック、克服のための10のポイント」
私共のクライアントさんでも、実践されている方の治りは圧倒的に早いです。
●よろしければ、こちらもご覧ください。
・ブリーフセラピー・カウンセリング・センター公式ホームページ
“結局のところ、セラピー、カウンセリングもいいけど、睡眠、食事、運動、環境が“とても”大切” への1件の返信
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