トラウマ、ハラスメントによってどのように頭がねじれるのか?~連鎖して考えてはいけない

 

(いろいろなお考えの方がいる中で、政治的な話題というのを取り上げるのは、あまりよろしくないのですが、あくまでわかりやすくするためのネタとして政治的な話題の部分は話半分でお読みください)

 最近、ウクライナの停戦交渉がニュースになっています。

 今回、皆様がご存じのようにロシアが侵攻してウクライナと戦争になっています。

 背景は置いておいても、まず、侵略したロシアが国際法上も悪い、というのが土台にあり、そのうえで、ウクライナは抵抗して戦っていて、長引いていて、さあどうするか?というのが現状です。

 

 不思議だな、と思うのは、ネットでニュースなどを見ると、早く停戦の判断をしなかった、ウクライナの対応が悪い、といった論を目にすることです。

 
 あれれ?
 「ロシアよ、撤退しろ」というならわかります。

 かつてのベトナム戦争の時も、反戦デモというのは基本的に、ベトナムにムダな抵抗はやめろというのではなく、侵略しているアメリカに撤退を求めるものでした。そうであるなら、ロシアに向かって戦争をやめなさい、というのが筋、となるはずです。

 

 しかし、なぜか、戦っても勝ち目がないんだから、すぐに白旗を上げないウクライナが悪い、大統領が頑固で悪い、という話が普通に語られていることです。いつの間にか、ロシアの侵攻が自然災害のように動かせない前提扱いになっていることです。

 これを評論家とか識者が言っていて、いくら頭がよくても人間の頭って面白いねじれ方をするものだな、とおもうのです。
 ※もちろん、NATOの東方拡大の影響、といった背景はあるのですが、今回はそれは置いておきまして。 

 

 さて、なぜ、あまり好ましくない政治ネタからブログを始めたか?といいますと、実は、トラウマを負った方でも、こうしたねじれ方が顕著に見られるからです。

 

x)背景-a)原則-b)事実認識-c)方策 と連鎖しているとします。

 

a)原則:加害を行う側が悪い、被害者(自分)は悪くない、おかしくない

b)事実認識:自分は加害を受けている
 
c)方策:状況を改善する方策として加害者に反撃する、止めてと言う 距離を取る

x)背景:加害者が加害に及んだ加害者側の事情
 
という風に整理をされますが、

 最後の c)方策 ができそうもない、と感じられることで、b)事実認識 も a)原則 までもが歪められる、ということがあるのです。

 

 

 たとえば、母親からマルトリートメントを受けてきた、言語化できないけどおかしな対応をされてきた、という方がいて、言っても母の対応は変わらない、距離をとっても追いかけてくる、という場合に、

 なぜか、「母が悪いと思えない」「私も悪い」「申し訳ない」と思うようになったりa)、「母も頑張っていたのだ」「それほどひどいことをされたわけではない」というように事実認識b)さえ歪むようになります。
「酸っぱいブドウ」で木になっているブドウが食べれないなら、あのブドウは酸っぱいんだ、と思おうとするキツネに似ています。

 

 さらに、母の持つ背景 x) に理解を示そうとしたり(例:「母も祖母からひどい目にあったから、自分におかしな対応をするようになったのも無理はない」など)。
  ※冒頭の例でいえば、NATOの東方拡大がロシアに与えた影響に相当

 

 母親の背景に理解を示す、というようなことは、自分のトラウマが癒えた後で十分なはずです。まずは、自分の被害を満腔の怒りで訴えて、現状を捉えることが大切です。
 

 

 ここで大切なのは、何か?というと、

 x)背景- a)原則- b)事実認識-c)方策  をつなげて考えない、ということです。

 それぞれはパーツパーツで切り分けて捉える、ということです。

 

 a)原則 と b)事実認識 はただそれだけで捉える。

 a)原則 としては、この世の誰も、自分を侵害する権利などない、という認識が大切。

 加害者は、この原則を口八丁手八丁でゆがめようとしてきます。「お前がおかしいからだ」「お前にも問題がある」「私も傷ついた」というように、やくざの因縁などまさにこんなかんじです。そして、b)事実認識も歪められてしまいます。

 

 
 その原則の上で、
 b)事実認識 をしっかりすることです。

 その際には、因縁で「作られた現実」に惑わされないことです。

 誰しも、Doing行為レベルのミスはします。そのミスをあげつらわれて事実認識を歪められないように、喧嘩両成敗、どっちもどっちにならないように。

参考)→「「事実」とは何か? ~自分に起きた否定的な出来事や評価を検定する

 

 

 例えば、加害者が怒鳴ってきた、というのと、被害者が叫び声をあげた、怒鳴り返した、というのは同じ行為ではありません。 前者は加害としての「暴言」であり、後者は守るための「抵抗」です。

 特に家族では、これをごちゃごちゃにされてわけがわからなくさせられているケースがよくあります。
 (例えば、親に言い返したら揚げ足を取られたり、「親にひどいことを言って来るお前はおかしい」、「言い方が親族の~~とそっくりだ」として、罪悪感を植え付けられたり)

 

 因縁をつけてくるやくざも、殺人を犯した加害者も、生い立ちには不幸があったりするわけですが、そんな加害者の x)背景を、被害者がまず考えてあげるなどというようなことは、トラウマによって作られたまったくもっておかしな考え方です。

 家に入った泥棒にもなにか理由があった、なんて考えるなんておかしなことです。
 
 ただ、怒る、「いい加減にしろ」というのが健康的です。

 

 しかし、トラウマを負うと、加害者の背景も同時に考えて「おかしな連立方程式」をくみ上げてしまう。 
 それだけでも実際にパニックを起こしてしまうほどに、頭がごちゃごちゃになります。

参考)→「おかしな“連立方程式”化

参考)→「パニック障害の原因とは何か~内因説と「葛藤によるパニック」

 

 
さらにいうと、x)背景 の前には、z)ローカルルール があります。

z)ローカルルール-x)背景-a)原則-b)事実認識-c)方策 というように。 

z)ローカルルール とは、親子は仲良くしなければならない、とか、家族は大切だ、といったことです。

一見もっともに見えるけども、実はそうではない規範です。

参考)→「ローカルルールとは何か?

 

このローカルルールがあると、そのあと x)背景-a)原則-b)事実認識-c)方策  は連鎖して歪みます。

 

 冒頭のウクライナの件でいえば、「人は絶対に殺してはいけない」「戦争は絶対に良くない」といったようなことがローカルルールです。
 確かにそうなんだけど、自分たちの尊厳を守るためにはどうしても戦わなければならない場合(自衛)はあるよね、という“常識”までが無視されて理想が優先されるとそれは z)ローカルルール に転落してしまいます。

 

 いつのまにか、加害者は戦争をしてもいいけど(侵略は自然災害のように動かせない前提とされ)、自分は理想に殉じて無抵抗でなければならない、といったようなローカルルール状態が作られてしまいます。
(こうした政治ネタは、あまり好ましくないのですが・・ご了承ください)

参考)→「“足場(前提)”の複雑なねじれ

 

人間は、z)ローカルルール と c)方策 を加害者に抑えられることで、 a)原則 b)事実認識 が歪み、加害者の x)背景を考えろ、となるわけです。

 こうした作用こそが、トラウマの柱の一つであるハラスメント(心理的支配、呪縛)というものです。

戦争などは、心理戦、や ソフトパワーというように、この z)ローカルルール と c)方策 の奪い合い です。

z)ローカルルールは「大義(例:錦の御旗)」をどちらがとるか、c)方策は、圧倒的に被害を与えて、戦意をくじき、相手に勝てない、と思わせるかということなのでしょう。

 トラウマでも、まさに、家族などの加害者から「大義」や「戦意」を騙され、奪い取られています。

 

 

 実際は、ローカルルールであり、相手に大した力などないにもかかわらず、巨大な力を持っている、自分は無力だ、無価値だ、と錯覚させられています。

トラウマから抜け出すためには、こうしたメカニズムを客観的にとらえたうえで、自分の考え方や捉え方がねじれないように、z) ローカルルールを疑い、パーツパーツを別々のとらえる。つなげて考えない。

しっかりと、a)原則 b)事実認識 をまなざし続けることが重要なのです。

そうすれば、c)方策 は何とでもなります。支援者もいます。
特に加害者は社会的には非力で大したことのない人であることが多いのですから。
お悩みの当事者は単に無力と思わされているだけで、当事者のほうが実際にはよほど力を持っているのです。

 

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