良い文化を作る「ソーシャルワーク」という視点

 

 前回の記事では、「文化づくり」の大切さ、と文化づくりの8割は、いわゆる ソーシャルワーク といわれるものです、と書かせていただきました。

 

 ソーシャルワークというと、なにか福祉の専門職の話のように聞こえます。

 「ソーシャルワーカーさんに相談する」
 「ソーシャルワーカーさんに間に入ってもらう」

 病院や福祉の場面などで、そうした言葉を耳にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

 実際、一般的には、ソーシャルワークとは、貧困、介護、病気など、社会的な相談や調整が必要な人に対して行われる支援、ということになるかと思います。

 しかし、ここで取り上げたいのは、もう少し広い意味でのソーシャルワークです。

 つまり、私たちが社会の中で生きていくうえで必要になる、さまざまな調整やアクションのことです。

 お金のこと。
 健康のこと。
 食事のこと。
 住まいのこと。
 仕事のこと。

 何か困ったことが起きたときに、どこに相談するのか。
 どう社会とつながるのか。
 どう具体的に動くのか。

 そうしたことは、一見すると心理の問題ではないように見えます。

 しかし、実は、生きづらさやトラウマから抜け出していくうえで、とても大きな意味を持っています。

 

 なぜ、カウンセラーが「ソーシャルワーク」の話をするのか。

 それは、お悩みというものの多くが基本的に、社会からもたらされるからです。

 私が『発達性トラウマ』という書籍の中でも述べたように、私たちの悩みや生きづらさは、個人の頭の中だけで生じているものではありません。

 社会からもたらされる。

 ただし、ここでいう社会とは、日本社会とか世界といった大きな社会だけを指しているのではありません。

 私たちの身近なローカルなソサエティ。

 地元。
 地域。
 親族。
 友人。
 知人。

 そして、一番大きいのは家族です。

 そうした身近な“社会”の中で、私たちはさまざまな影響を受け、さまざまなものを背負わされているということです。

 

 例えば、仕事やお金のことについて、私たちは自分では合理的に対応しているように感じています。

 しかし、実際には、かなり偏った対応しかできていないことがあります。

 例えば、
 なぜか億劫でできない。
 なぜか不安でできない。
 なぜかやる気が起こらない。

 あるいは、そもそも知識がなくどう対応していいかわからない、ということもあります。

 結果として、
 「なぜ、こんなことができないのか」
 「自分がだらしないのではないか」
 「自分の性格の問題ではないか」

 と自分のせいであるかのように思ってしまう。

 しかし、そんなことはありません。

 そこには、私たちが背負ってきた文化があります。

 

 

 前回の記事でも書かせていただいたように、私たちが何か問題や課題に直面したときに、どう対応するのか、どう対応できるのかは、文化の影響を強く受けています。

 そして、その文化とは、多くの場合、自分の家族です。

 親がどう動いていたのか。
 何かあったときに、どう対応していたのか。
 誰かに相談していたのか。
 それとも、相談せずに抱え込んでいたのか。
 怒る、責める、我慢する、なかったことにする、という形だったのか。

 そうしたことの影響は、とても大きいのです。

 何かあったときに、どう相談していくのか。

 どう社会とつながっていくのか。

 もっといえば、「ソーシャルワーク」とは、社会とつながっていくということです。

 これをいかに適切に行っていけるか。

 実は、ここはカウンセリングやお悩み相談において、案外盲点になっているところです。

 

 

 カウンセリングというと、悩みは心理の問題であって、個人の頭の中にある心理を、心理療法やカウンセリングでケアすればよくなる、というふうに捉えられがちです。

 しかし、そうではありません。

 生きづらさやお悩みの大半は、実はこうしたソーシャルワークの領域で解決できることが実務的にも多いのです。

 さらに、心の中のトラウマや愛着不安をケアするという視点においても、社会とつながること、具体的に相談すること、実務の中で問題を解決していくことは、とても大きな意味を持ちます。

 心の問題だから、心だけを扱えばいい。

 そうではないのです。

  

 以前、ブログの中で、大阪の西成高校が取り組んでいる「反貧困学習」を取り上げたことがあります。

 西成高校のある地域には、生活保護を受けている家庭が多かったり、経済的にも、さまざまな面でも困難を抱えている家庭があったりします。

 そうした環境で育った生徒さんたちは、学校でのお勉強以前に、家庭での支援を十分に得られなかったり、社会で生きていくために必要な知識や経験を得る機会が少なかったりすることがあります。

 反貧困学習とは、そうした状況の中で、社会的な知識を身につけ、自分を守るための学習です。

 例えば、アルバイトをする。
 そのときに、ブラックなアルバイト先で、労働基準法などを知らないがために、本来なら守られるはずの権利を守れないことがあります。

 給料が払われない。
 不利な条件で働かされる。
 無理な働き方をさせられる。

 そうしたことが実際にある。

 すると、やる気をなくしてしまう。
 自尊心も損なわれる。
 また働きに行っても、悪い条件で働かされる。

 本来であれば、勉強して、大学や専門学校に進む、あるいは就職するにしても、よりよい条件に向かっていける可能性がある。

 しかし、家庭の環境や、社会で生きるための知識がないことによって、どんどん悪循環に陥っていく。

 反貧困学習とは、そうしたことを防いでいく取り組みなのです。

 

 近年の状況は、少し悪い意味でいうと「心理主義」です。

 何でもかんでも、個人の頭の中、心の中の問題にされがちです。

 「やる気がない」
 「自己肯定感が低い」
 「メンタルが弱い」
 「自分に問題がある」

 そういうふうに、問題が個人の内面に流し込まれてしまう。

 

 しかし、西成高校の例でもわかるように、実は多くは社会的な問題です。

 経済の状況。
 家庭の状況。
 社会につながっていくための知識。
 社会につながっていくためのスキル。
 相談する経験。
 相談してよいという感覚。

 そうしたものがないために、相談できないままになってしまう。

 あるいは、相談したとしても、あまりよろしくないところに相談してしまい、さらに悪循環に陥ってしまう。

 生きづらさとは、そうしたところからも生じているのです。

 私たちも大人ですが、普段、どこに相談していくのか、ということはとても大事です。

 日本にも、思っている以上に、社会的な相談機能や制度は整ってきています。

 もちろん、十分ではない部分もあるでしょう。

 ただ、相談できる場所がある。
 使えるものがある。
 頼れる仕組みがある。

 それを知っているかどうか。
 それを使えるかどうか。

 それだけでも、状況は大きく変わってきます。

 今であれば、AIも含めて、いろいろなツールがあります。

 しかし、それをうまく使えない、ということもあります。

 それもまた、個人の能力の問題だけではありません。

 そうしたものを使う文化がない。
 相談する文化がない。
 社会につながる文化がない。

 そういうことなのです。

 

 トラウマとは、すなわち機能不全な文化を背負っている、背負わされているということです。

 ですから、トラウマから抜け出していくこと、生きづらさから抜け出していくことは、単に心の中を見つめることだけではありません。

 社会とつながり直すこと。
 相談すること。
 適切にアクションすること。
 自分を守るための知識や手段を持つこと。

 そうしたことも、トラウマから抜け出していくためには、とても大事な視点です。

 悩みは、個人の心の中だけにあるのではありません。

 “社会”とのつながりの中にあります。

 だからこそ、「ソーシャルワーク」という視点が必要なのです。

 

 

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みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)

“自分の正しさ”ではない正しさは毒である。

  

 生きづらさ、悩みがなかなか良くならずに続く場合の要因としてあげられるのが、“正しさ”を守っている、ということがあります。

 
 本人の中では、葛藤があって、おかしいと気づいているのですが、過去に他者から引き受けさせられた規範、常識というものを守らされている。

 人間は、社会的な存在(ゾーオンポリティコン)と言われるように、社会的な規範とされるものを守ろうとします。私たちは「ルール」や「正しさ」にとても弱い。

 
 さらに、クライアントさんの多くは誠実で理知的ですから、より強く「ルール」や「正しさ」を守ろうとする。

 

 

 特に家庭の中で頭の良い子が、気が回る子が、能力の高い子が、家族の問題、親の言葉を背負い続けている、ということはよくあります。

 

 もちろん、学校、職場、パートナーとの関係である場合もあります。

 それらは、理不尽でしかないのですが、言葉の表面上は全く正しく見えるので、それに従い続けてしまっている。

 家族はおかしい人間でしかないのですが、社会が「親、家族は大切にしなければならない」「人には優しくしなければ」というからそれに従い続けている。

 あるいは、理不尽な人たちを反面教師にしている。

 頭ではわかっているが、“正しさ”から離れることができない。

 カウンセリングにサポートを求めた目的も「“正しさ”に従いながら、自分の苦しみを取り除きたい。悩みをなくしたい」というものであったりします。

 しかし、これは矛盾でしかありません。なぜなら、その方の生きづらさは、“正しさ”に従い続けていることで生じているからです。

 この“正しさ”に拘束され続けるというのは、簡単な問題ではありません。
理屈でわかっていても長く長く、しつこくしつこく続くのです。

 

 

 
 特に、“正しさ”への従属が、自分のアイデンティティとなっている場合は特にです。
(アイデンティティとは、例えば、親から愛される、とか、人から認められる、といったようなことです。)
 

 自分が属した共同体における評価軸があって、そのなかで散々な目に遭ってきた場合は、その評価軸はそのままに、「認められたい」「見返したい」となっている場合があります。

 例えば、

・家族、親族での価値観。その中で「お前はよい子だな」と言われたい。
・学歴。学歴に関連して、「立派だ」と言われたい。
・キャリア。「できる人だ」「すごい」と言われたい。
 (アカデミアの世界でのコンプレックスみたいなことに陥っている場合もあります。大学に就職したい、教授になりたいなど)
・パートナーとの関係。パートナーとの関係で、認められたい。
などなど

 こうしたことはすべて幻想ですが、これらに従い続ける。

 

 

 今の自分、これまでの自分はダメな自分だったが、自分は何とか改善して、成長して、認められたい、というような感覚です。

カウンセリング、トラウマケアがそのための手段として位置づけられている場合があります。

そうした際には、なかなかよくなりません。

 

 なぜなら、評価軸、価値観自体が、ローカルルール、他人の呪縛でしかないからです。

その中で、自分を変えようと努力するなんてことは意味のないことです。

 「でも、あんな社会から評価される一流企業自体がおかしな会社だなんて、信じられない」

 「あの強豪の部活の文化自体がおかしいだなんて、飲み込めない」

 「あの親族は、有名大学を出て立派に評価されてもいるし、その親族が間違っているなんて」

と思うかもしれません。

 さらに、
 「たしかに、そうした組織や親族の一部はおかしな人もいて、そうかもしれないけど、私は家族でも学校でも、会社でもいじめられた。だから、私がおかしい、私に問題があることは揺るがない」

 というのも間違いです。

 

 愛着が不安定であれば、ハラスメントが連鎖することはよくありますし、仮に安着が安定していても、偶然にハラスメントが重なることは珍しいことではありません。
 世の中は、ハラスメントだらけですから。

 歴史を紐解けば、国全体がおかしくなるなんて、普通にあります。

 ニュースを見れば、会社全体がおかしいなんて普通にあります。

 親族なんておかしなことだらけです。

 おかしくても、パフォーマンス(良い成績、よい評価、よい地位)を発揮したりもする。でも、それはおかしくないことの証明にはなりません。

 最近は、ゾンビ企業なんて言葉があったり、 おかしな企業が上場まで行くことがあるように、20~30年くらいなら、おかしなままでも、むしろおかしいほうがパフォーマンスが発揮できるものです。

 だから、結果が出ているから正しい、なんてこともない。

 

 
 こうした、経験や体験が偽装(偽装とは、自分に原因があるとされること)されてしまうことによって、“正しさ”は全く動かせない世の中の真理のように感じられてしまうのです。

 


 

 
 ここまでお話ししましたように、“正しさ”やそれに基づく基準というのは、私たちを苦しめるローカルルールを構成します。


 
 もちろん、それらは全く無視してよい幻想でしかありません。

しかし、幻想とわかってもなお、どうしてもそのことが頭に引っかかってしまう。

 
 この頭に引っかかってしまうという原因として、よくあることが、
「でも、やっぱり、他人に悪用されているとしても“正しさ”は正しいんでしょ?」という感覚です。

 ローカルルールの表面をコーティングしている“正しさ”が理屈上は正しいものが並んでいる。

 例えば、「人としてこうでなければならない」とか「家族は守らなければ」とか、あるいは、「自分で稼がなければならない」「頑張って努力しなければならない」など、“正しさ”とされるものは無限にあります。

 
 こうしたことがひっかかってしまって、否定できない。
なぜなら、“正しい”から。

 
 この“正しさ”を覆すことができない。

 もちろん
「家族にも悪い人がいるのはわかる」
「人には、いろいろな在り方があるのもわかる。その通り」
「頑張るだけが能ではない」「休むことも必要だ」

 といったように、“正しさ”を相対化するような考えは頭で浮かびます。これを応用したのが認知行動療法です。

 しかし、、でも、もとの“正しさ”は正しいという感覚は保持されたまま、どこか、すっきりしない。

 こうした際に、それから抜けるために、大切なことは何か?というと、
 
 “正しさ”とは実は毒である、もっと言えば、“自分の”正しさになっていないものはすべて毒だ という常識を知ることです。

 

 

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みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)

『私はHSPだから』では解決しない理由―“繊細さ”の真の正体を専門家の視点から

「自分はHSP(繊細さん)かもしれない」 そう気づいて、心が軽くなった経験はありませんか? でも、その一方で「HSPの対処法を試しても、根本的な生きづらさが変わらない」と、密かに悩んでいる方も少なくありません。

実は、臨床現場では、その繊細さの背景に「HSP」だけでは説明できない、別の要因が隠れているケースが多く見られます。それは、私たちが「日常」として見過ごしてきたストレスや、トラウマです。

本記事では、公認心理師の視点から、HSPブームの影に隠れた“生きづらさの本当の正体”について、最新の知見をもとに解説いたします。


1.HSPという言葉が広まった背景と、その影で起きていること

ここ数年、「HSP(Highly Sensitive Person)」という言葉は急速に社会に浸透しました。書店では「繊細な人」をテーマにした書籍が目立ち、メディアやSNSでも頻繁に取り上げられています。自分の生きづらさを説明する言葉として、HSPを用いる人も珍しくなくなりました。

カウンセリングの現場でも、「自分はHSPだと思う」「HSS型HSPに当てはまる気がする」といった自己理解の仕方をされる方が増えています。こうした言葉が、自分を責めずに済む説明として機能している側面は確かにあります。

しかしその一方で、専門家の間では懸念も広がっています(発達心理学者の飯村周平氏など 参考:『HSPブームの功罪を問う』岩波ブックレットなど)。HSPという概念が、学術的な定義から離れたまま拡散し、「生きづらさ全般を説明する概念」のように扱われている点です。本来は限定的な特性概念であるにもかかわらず、過剰な意味づけがなされている状況が見られます。

HSPはもともと、感覚刺激への反応の仕方に個人差があることを示す「感覚処理感受性」という特性を指します。これは診断名でもなければ、病理概念でもありません。生きづらさや不調の原因を直接説明するものではなく、才能や優位性を意味する概念でもありません。

また、感覚処理感受性は連続的な分布を示す特性であり、HSPと非HSPを明確に分けられるものではありません。「〇〇型HSP」といった分類も、学術的な裏づけはありません。こうした点が十分に共有されないまま概念が広がった結果、資格ビジネスや商業利用に結びついたり、極端な文脈で用いられたりするケースも見受けられます。

問題なのは、こうした説明が当事者の理解を助けるどころか、本来向き合うべき原因から目を逸らしてしまう可能性があることです。臨床現場では、クライアントの語りを尊重しつつも、HSPという言葉だけでは説明が足りないと感じる場面が少なくありません。


2.「敏感さ」はどこから生まれるのか――多因子的な視点の必要性

繊細さや過敏さ、生きづらさといった問題は、単一の要因から生じるものではありません。HSPとして語られる特徴の多くは、実際にはさまざまな背景を持っています。

たとえば、発達障害の特性として感覚過敏や感覚鈍麻が見られることはよく知られています。生育環境の影響によって、他者との距離感がうまく取れず、対人関係に過度な緊張を抱える場合もあります。うつ病や不安障害、パニック障害、強迫性障害などでも、過敏さや鈍さが前面に出ることがあります。

さらに、長期間にわたるストレスによって心身が疲弊した結果として、感覚の調整がうまくいかなくなるケースもあります。職場や家庭など、慢性的に緊張を強いられる環境は、それ自体が大きな負荷となります。文化的背景や社会的プレッシャー、経済状況といった要因も、生きづらさに影響します。

心理職や精神科医が行う評価は、こうした複数の要因を丁寧に重ね合わせる作業です。概念はラベル付けのためにあるのではなく、その人の回復や理解に役立つ仮説として用いられるべきものです。

HSPという言葉が問題になるのは、それが唯一の説明として使われてしまう場合です。過去にも、発達障害やパーソナリティ障害といった概念が過剰に適用され、混乱を招いた歴史があります。同じことが繰り返されないよう、慎重な扱いが求められます。


3.生きづらさの背景として注目されてきた「発達期のストレス」

近年、研究の蓄積によって、生きづらさの背景として改めて注目されているのが、子ども時代に受けたストレスの影響です。

一見すると些細に思える出来事でも、発達過程にある子どもにとっては大きな負荷となることがあります。たとえば、家庭内で繰り返される夫婦喧嘩は、直接的な暴力がなくても、子どもの脳や情緒の発達に深刻な影響を及ぼすことが示されています。現在では「面前DV」として、重要な問題と位置づけられています。

発達期における過度なストレスは、「発達性トラウマ」や「逆境的小児期体験(ACE)」として研究されてきました。大規模調査では、小児期に逆境体験を持つ人が、成人後に精神疾患や生活習慣病を発症するリスクが大幅に高まることが明らかになっています。

愛着研究の分野でも、親との関係性が、その後の対人関係や自己評価、健康状態に長期的な影響を及ぼすことが示されています。こうした問題は「愛着障害」という言葉で広く知られるようになりました。

また、発達期のトラウマによって生じる症状は、発達障害と非常によく似ることがあります。そのため、環境由来の影響が見逃され、先天的な問題として扱われてしまうケースも少なくありません。


4.トラウマは「特別な出来事」だけの問題ではない

トラウマという言葉は、災害や事故、犯罪被害といった極端な出来事と結びつけて理解されがちです。しかし実際には、トラウマはもっと日常的な文脈で生じます。

強烈な出来事でなくても、逃げ場のないストレスが長期にわたって続くことで、心身は確実に影響を受けます。人間は、些細でも慢性的なストレスに対して非常に脆弱です。

この意味で、トラウマは「日常のストレスによって生じるストレス障害」と捉えることができます。パワハラやモラハラ、いじめ、家庭内の緊張、親の養育機能の問題なども、深刻な影響を及ぼします。本人がその影響を自覚していない場合も多くあります。

その結果として、過緊張、過剰適応、対人関係の難しさ、集中力の低下、不安や抑うつ感といった問題が現れます。感覚過敏や鈍麻といった「繊細さ」も、その延長線上で理解することができます。

こうした視点から、精神医療や臨床心理の分野では、まずトラウマの存在を仮定して理解を進める姿勢が重視されつつあります。HSPという言葉で説明されてきた生きづらさも、より広い文脈の中で捉え直す必要があるのです。

 

 

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変化しない人、フィードバックがかからない人は存在しない

 

 私は、余暇にテニスをしたり、スポーツをすることがあります。

参加している人にはいろいろな人がいます。

 私もとても下手なので他人のことを言うことはできませんが、うまい人もいれば、そうではない人も、とても癖のあるプレーの仕方をする人もいます。

中には、

「そんなプレーの仕方ではうまくなりようもないのでは?」と思うような人もいます(大変失礼)。

 基本から離れていて、さすがに素人から見ても上達の方向性にも反しているように見えるからです。

 

 ですけど、数か月後、あるいは、数年後見てみると、そういう方でもうまくなっていたりします。あるいは、こちらが追い抜かれたりしていて。

 

 その時、「ああ、上達(変化)しない人はいないんだなあ」と改めて実感するのです。
 

 
 カウンセリングや、精神科治療でも、こういうことは語られます。

 診療している際は「対処のしようもなく、どうしようもないのでは?」という方が、しばらくご無沙汰していて、大丈夫かな?とおもっていたら、街で見かけて、実は元気でやっていた、なんていう逸話が、医師が書いた本などに書かれていたりします。

 どうやら私たち人間は、変化しない人はいないし、変化しないわけにはいかない、ということです。

 特に、ここでも繰り返し書かれていますように、人間とは、クラウド的(社会的)な存在ですから、常に社会から影響を受けて、更新し続けています。

 一度として同じ状態ではない。同じ状態でいることができない。

 そのことを指して、「諸行無常(物事は常に変化する。切ない(無情)という意味ではありません。)」などと昔の人は言っていたのかもしれません。

 

 あとは、その変化のスピード、テンポ、方向性がその方の人生の時間とマッチするのか?が問題になるのだろうと思います。

 

 

 一方で、「人は変わらない」「~~は死ななきゃ治らない」などという言葉も存在します。

 良くない人間関係にある場合、相手を変えよう、相手のお世話をしようとして一生懸命になっているような場合は、「相手は変わらないから、関わるのはやめておきなさい」と注意されます。
 

 これについては、実際に全くその通りです。関わらないほうが良いことが多いですし、そのような依存的、支配的な関係はやめなければなりません。
 

 

 しかし、上記で書いたような、「変わらない人はいない」ということとの整合性が気になります。どのように考えたらいいのでしょうか?

 実は、両者を矛盾なくとらえるポイントがあります。
それは、「フィードバック」という概念です。

 フィードバックとは、工学の概念で、最初に提唱したのは、アメリカの数学者・工学者 ノーバート・ウィーナー (Norbert Wiener)だとされます。
 サイバネティクスという学問分野に展開されていきました。

 
 こう書くと何やら難しく感じますが、簡単に言えば、私たちの言動は環境の影響によってなされますが、その自分の言動の影響が環境から帰ってきて、また自分に影響して、その影響でまた言動して、という影響とその循環です。

 その中で、私たちは変化、更新していく、ということです。
東洋に暮らす私たちからすると、あまり違和感のない世界観です。
(マインドフルネスもそうですが、西洋の学者は、東洋などでもともとあった概念をそれっぽくするのがうまい。)

 

 

 そして、その中でよりよい変化をもたらすものは何か?といえば、「主体」という感覚です。

 自分が自分の言動の主体であるという感覚がとても大切で、そこには社会における役割があり、いい意味での責任、覚悟があります。

 こういう循環にあれば、癖のある方法で言動してようが何であろうが、フィードバックが作動して、人は必ず変化します。

 

 では、「人は変わらない」「~~は死ななきゃ治らない」という状態とはなにか?と言えば、フィードバックの循環が作動しない状況です。

 それは、例えば共依存と呼ばれるような状態、何かに依存している状態、自分の役割を果たさず(せず)機能不全に陥っている状態、その機能不全を他者が代替している状態です。

 
 この状態にあるとき、ほぼまったく人は変わりません。

 
 それは、機能不全の本人もですし、機能不全を代わりに補う側の人もです。

 自分の主体がそこにはなく、変化をもたらすフィードバックがかからないためです。

 

 このような状態にある場合は、一刻も早く、そんな関係からは抜け出して、フィードバックが作動するような状況に身を移す必要があります。

 そのきっけかとして“水を差そう”とする助言が、いわゆる「人は変わらない」「~~は死ななきゃ治らない」というものです。

 イメージとしては、人間は、各人が、各人の世界でフィードバックループを形成しています。そこに他者が過剰に介入すると、そのループのバランスは容易に崩れて作動しなくなってしまう。

 そんな循環同士と考えるとイメージしやすいかもしれません。

 一方、人間はクラウド的存在と申しましたように、ループは自分の内的に完結しているわけではなく、常に社会との間で循環する必要があります。

 そのため、社会(他者)との間に適切な関与(機能する役割)が必要です。

 だから、親子であれば、なぜ親の過干渉や、ネグレクトが悪影響を及ぼすか、といえばこうしたことのためです。大人同士でも同様です。

 

 ここからさらに応用して考えると、私たちが悩み、生きづらさを解消する核心も見えてきます。
 

 つまり、ポイントは、フィードバックループが作動する状態に身を置くことができるかどうか?です。

 そして、フィードバックループを妨げるものは何か?を見定め、それを除くことです。

 それは、現在過去の関係性(親子関係、友人関係、地域での関係)であり、それらにまつわる経験、体験であり、俗な規範(ローカルルール)であり、結果生じた間違った認知、防御策や回避、あるいは身体に現れた症状です。

 私たちが変化し続けるフィードバックループを妨げるものを指して、つまり「トラウマ」というのかもしれません。
 

 

 

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