『夜と霧』再読

 

 新型コロナウイルスに対応するための自粛で、多くの方は疲れを感じておられるのではないでしょうか?
 ただ、行動を自粛するだけではなく、マスクや除菌と気をつけないことは多い。

 
 本当に、気疲れしてしまいます。

 

 専門家によっては1年、あるいは、終息には数年かかるとの見通しもある中で、制限を受けた生活は苦しいものです。

 先の見えない中で私たちはどのように過ごせばいいのでしょうか?

 

 なにかヒントを得ることができないか?ということで、
 V・E・フランクルの『夜と霧』と、『それでも人生にイエスと言う』を再読してみました。

 再読、というのは、高校生か大学生の頃に推薦されて読んだような記憶があるからです。 
 内容はほとんど覚えていませんでしたが、あらためて手にとってみました。

 

フランクル「夜と霧」

それでも人生にイエスという

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランクルは、ウィーンに生まれた精神科医で、オーストリアのドイツ併合などによってナチス支配下に入り、ユダヤ人ということで、強制収容所に収容されてしまいます。約3年に渡り収容所生活を送ることになります。

 収容所では僅かな食べ物しか与えられずに、文字通り骨と皮だけになって過酷な労働を強いられる日々。
 

 

 歴史を知る私たちはいつ戦争が終わったかを知っていますが、当時収容されていた人たちにとっては、永遠にも思える絶望の中で、仲間たちも命落としていきます。

 フランクルは、「内面的な拠り所を持たなくなった人間のみが崩壊せしめられたということを明らかにしている」「未来を失うとともに彼はそのよりどころを失い、内的に崩壊し身体的にも心理的にも転落したのであった」と述べています。

 

 例えば、安易な希望的観測や楽観を持つような人、
 「クリスマスまでには解放される」「何月何日までには自由になれる」といったような人たちは、その希望が絶たれてしまうと、「人生にはもはや何の意味もない」としてろうそくの火が消えるように亡くなってしまったのです。フランクルによれば、実際、クリスマスの時期は不思議と死者の数も多かったそうです。
 それらは真に楽観的や希望をいだいているのではなく、悲観を隠すための楽観だったのかもしれません。

 

 反対に、生き残るために大切なものはなにか?本当の希望をもたらしたものはなにか?といえば、それは「生きることからなにかを期待する」のではなく、「私たち自身が問いの前に立っている」「私たちは問われている存在」であるという視点の転回であった、というのです。

 

 これはどういうことかといえば、
 「人生にはどんな意味があるのか?」という視点は、主権が自分にはない状態です。
 自分の外部に人生の有限の意味があって、それが枯渇するという感覚。
 未来への希望といっても、単に希望的な観測でしかなく、缶の中のクッキーの残りがもっとあるに違いない、と期待するようなものです。
 外部に翻弄されている状態です。実は暗に「人生には意味なんてないんじゃないか?」、あるいは「こんなにつらいのだから、大きな意味がなくては困る」という不安や怒りが潜んでいます。
 

 だから、希望的観測が外れて目の前にある状況が悪い状況が現れれば、絶望して命を落としていってしまうのです。

 
 精神障害や神経症、トラウマを負った人の感覚とも通じるものがあります。

 

 一般にトラウマを負っている人は楽観に頼り他人のせいにして生きているかといえばそうではなく、むしろ環境にあるものを過剰に自分で引き受けて生きてもいます。
 ものすごく努力もしていますが、積み上がらない。過大に背負った責任や苦労によって身動きが取れなくなっているのです。
 
 過剰な自助努力と、その苦しみや不安を癒すための希望的観測(しばしばスピリチュアルなものも含む)というアンビバレンツなものがともに存在しているのです。
 

 

 反対に、人生は常に自分に問いを投げ続けている、という考えは、常に自分に主権がある状態です。
 どんなに悪い状況でも、それは人生からの問いであり、自分はそれに答える権利がある。人生の問いは、無限に投げ続けられていて絶えることがありません。
 

 フランクルも、未来に希望があることは大事だと述べているのですが、その希望とは、自己都合による希望的観測ではもちろんなく、人生の問いに答えるという覚悟ということだというのです。

 
 厳しい環境を覚悟してそのまま受け入れますが、実はそのことで、責任は自分から外れて、自分に主権が戻り自分のことに集中できるようになる。
  

 現実をそのままを受け入れると決めると、自分のニセの責任が外れて主権が戻る、という逆説が人間にはあるようです。
 (「実存」というものの本質はこの辺にあるのではないかと感じます)

 

 

 「それはなにも強制収容所にはかぎらない。人間はどこにいても運命と対峙させられる。ただもう苦しいという状況から精神的になにかをなしとげるかどうか、という決断を迫られるのだ。」
 「そこに唯一残された、生きることを意味のあるのもにする可能性は、自分のありようががんじがらめに制限される中でどのような覚悟をするかという、まさにその一点にかかっていた。」

 

 新型コロナウイルスの自粛生活下の私たちにとっても通じるものがあります。

 5月6日に緊急事態宣言の期限が来ますが、再度延期される可能性もあります。
 「5月6日までがんばる」というのは、「クリスマスまでに解放される」という強制収容所での希望的観測にも似た趣があります。

 緊急事態宣言下のストレスに過去のトラウマを投影して、期限が来ることへの希望はそのかりそめの癒やしであるということです。
 でも、もし外れたら「希望が見えない」としてうつっぽくなったりしてしまう。

 これは、宣言の期限や新型コロナウイルスの方に主権があり、主権が自分にはない状態です。

 

 

 反対に、ウイルスによる制限のために失った「ないもの」にではなく、「あるもの(現実)」に目を向けて、淡々と自分のルーティンを作って、健康を守りながら、日々を過ごす。  
 何時に起きて、食事をして、仕事をして、家では自分でできるエクササイズをして、可能であれば健康維持のための散歩をして、というように。
 ※睡眠や食事が少なくなると、心理的なコンディションはてきめんに下がります。睡眠や食事はしっかり取る必要があります。

 

 たとえば、筆者も趣味で行っているスポーツのスクールが緊急事態宣言によって、休校となってしまいました。
 「新型コロナウイルスさえなければ・・」という考えで見てしまうと、「スクールがない」ことはストレスになってしまいます。
 外で運動をすることもかなりはばかられます。

 それらはすべて「ないもの」です。

 

 一方、あるものとしては、睡眠時間や食事、読書や動画、DVDを見る時間、など、仕事や収入が減った方も多いですが、その分自由な時間は増えたともいえます。
  
 そうした「あるもの(現実)」に目を向ける、ということは、私たちができるレベルで、人生からの問いに答えることになるかもしれません。

 

 これは、ポジティブ・シンキングということではありません。
 そうではなくて、最善手の幻想や作られたニセの現実を検定して、自分の主権で状況を翻訳する、ということです。
 (ニセの現実とは、過去のトラウマ/ローカルルールを投影して現実を曲げて捉えることです。)

(参考)→「「事実」とは何か? ~自分に起きた否定的な出来事や評価を検定する

 

 ※さらにいえば、新型コロナウイルスに対するストレスには実は「最善手の幻想」も潜んでいるかもしれません。収入にしても余暇にしても常に最善手が得られなければならないという非現実的な期待を私たちは持っていた。現実は株価のように上がったり下がったりするものなのに、なぜか常に最善の値であることを期待して、それが外れたら絶望に陥るといったようなおかしな感覚を当たり前のものとしていたのかもしれません。

(参考)→「結果から見て最善の手を打とうとすると、自分の主権が奪われる。

 

 

問いに答えるというのは、『夜と霧』の中に
 「考えこんだり、現地を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、答えは出される」とあるように、
 高尚なことではなく、普段の行動によるもの。

 以前の記事でもまとめましたように、現実は常に動いているのですが、人間にはそれを感じ取ることは難しい。

(参考)→「知覚の恒常性とカットオフ

 

 カットオフ(質的変化)までは、待つしかない。人間の側が質的変化を感じ取ったり、具体化するためには準備をし、力をつけなければならない場合も多いですから、できることは目の前のことをして日々を過ごすことです。

 

 「目の前のこと」や「淡々と」というと地味に見えますが、そのことと質的変化(希望)とは結果としてバイパスして通じているようです。
 反対に大きな希望や夢と絶望もバイパスして通じているのです。

 

 現実はある時点を越えると急速に展開します。

 

 それがいつかはわかりませんが、それまでは、先は見ず、睡眠、食事、運動(家でできるエクササイズなど)をしっかりとしながら、普段できないようなことを楽しみながら(時間がないと読まない本や動画、DVDを見たり、どか)、淡々と過ごすことではないかと思います。

 

 

(参考)→「ローカルルールとは何か?」 

 

 

●よろしければ、こちらもご覧ください。

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