臨床の現場にかかわっていると、相談者を長く苦しめ続けている悩みや生きづらさの奥に、共通した構造が見えてくることがあります。
私は、トラウマ臨床を専門とする公認心理師として、『発達性トラウマ 生きづらさの正体』などの書籍で、そうした臨床の知見をまとめてきました。
このブログでは、現場で見えてきた構造を、できるだけわかりやすくお伝えしいます。
今回は、私たちの生きづらさの核にある「ローカルルール(偽ルール)」という構造について解説します。
・しつこい生きづらさ、悩み
「鬱々とした気持ちが晴れない」
「なぜか自信がない」
「自分が気を遣って、どうしても下手に出てしまう」
「人間関係で苦手な人がいて困っている」
など
こうしたお悩みはよくお伺いするご相談のテーマです。
読者の皆様も同じようなお悩みでお困りの方がいらっしゃるのではないでしょうか?
もちろん、カウンセリングに取り組むことで様々な症状はよくなっていくのですが、なぜか根本のところの生きづらさがなかなか晴れないというケースはあります。
ご本人は何年も苦しんでおられることが珍しくありません。
どうして長く苦しみ続けるのでしょうか?
実はそれには構造があります。それが今回のテーマである「ローカルルール(偽ルール)」の存在です。
・ローカルルール(偽ルール)とは何か?
ローカルルールとは、規範や常識といったもっともらしい理屈を付けて他者に押し付けられる「不全感」のことを言います。
一見もっともらしく見えますが、中身は個人の不全感でしかありません。
ここでいう不全感とは、
・自分の存在が承認されていない感覚
・愛されていない感覚
・自分が否定されている感覚
などを指します。
愛着不安やトラウマ、短期的にはストレスなどによって生じます。
「I am not OK」と感じられている状態、と言えばわかりやすいかもしれません。
(参考)→「トラウマ(発達性トラウマ)、PTSD/複雑性PTSDとは何か?原因と症状」
→「「愛着障害(アタッチメント障害)」とは何か?その特徴と症状」
私たちは成長過程で、親など他者から適切な関りを受け、自分を十分に認められ、安心安全感を感じられることが必要ですが、マルトリートメント(不適切な養育)や家族の不和・機能不全、学校でのいじめなどによってそれが十分になされないと私たちは強い不全感を抱えてしまうようになります。
こうして抱えた不全感(「I am not OK」)の苦しみは大きく、適切なケアの機会がなければ、個人で抱えることは困難です。
その結果、多くの場合は他者を巻き込むことでかりそめの癒しを得ようとします(心身の不調や、それを解消するために依存症として問題化する場合もあります)。
それが、他者に「You are not OK」というメッセージを飲み込ませることです。
本来であれば、適切な関りやケアや自己の研鑽を通じて「I am OK」の状態を作り出すことが必要ですが、それがかなわないとき、他者を「You are not OK」と位置づけることで、一時的に自分を「I am OK」の側に置こうとするのです。
その際に、そのまま不全感をぶつけては、自分がおかしな人間扱いされてしまいますし、相手も受け取るはずもありません。
そのため、
・「これはルールだ」
・「これは常識だ」
・「お前がおかしい」
といった理屈で、表面をコーティングすることになります。
見た目はもっともらしい理屈ですが、中身は毒(不全感)です。
いわば“毒饅頭”のようなもの、飲み込まされた相手はその毒(他者の不全感)を抱えて長く苦しむことになります。
不全感には、かつて自分が支配的な関係性を強いられてきた苦しみが含まれていることも多く、その反転として、相手を支配し(支配欲を満たし)、上下関係を作ろうとするケースも少なくありません。
ローカルルール(偽ルール)とは、一時的な不全感の発散のみならず、飲み込んだ相手を自らの下位に置き、支配する関係性を作り出すことでもあるのです。
こうしたことが半ば無意識におこなわれています。
これがローカルルール(偽ルール)という現象です。
・なぜ、私たちは、ローカルルールを飲み込んでしまうのか?~社会的な存在(ゾーオン・ポリティコン)としての私たち
「そんな不全感など受け取らなければよいではないか」
と思われるかもしれません。しかし、それは容易ではありません。
理由の一つは、
私たち人間が社会的な存在(ゾーオン・ポリティコン)であることにあります。
人は社会的存在として、規範に従い、他者との関係を維持しようとします。
これは社会性の根幹にあるものです。
そのため、「これはルールだ」「これは常識だ」として提示されるものにとても弱いのです。
それを否定すれば、自分のほうが「おかしな人間」だと扱われかねません。
もっともらしい理屈を否定するには、強い対抗理由や、関係性が壊れる覚悟が必要になります。
結果として、違和感を覚えながらも、表面の理屈を真に受け、ローカルルールを飲み込んでしまうのです。
・行動レベルのミスを口実にする
ローカルルールを飲み込ませやすくするために、行動レベルでのミスや落ち度が利用されることもよくあります。
例えば、
些細な業務上のミスをタテに、指示・指導だとして、上司が部下などに対して一方的な価値観や方法を押し付ける、感情(不全感)をぶつけるといったようなことはその代表例です。自分のミスをあげつらわれているため、部下は指摘を拒否しにくくなります。
また、仕事においては上司の指示に従うべきという規範もありますから、どこかおかしいとおもいながらも、飲み込まざるを得ません。
しかし、よくよく見れば、結局のところは、それは上司の不全感でしかありません。
業務上のミスは誰にでも起こりますし、仕組みの問題であることも少なくありません。それをわざわざ取り上げ、不全感解消と支配の口実にしているのです。
学校などで生じるいじめでもそうです。
同調的で閉鎖的な雰囲気の中、例えば運動ができない、ノリが合わないといった違いを理由に、「お前は変だ」「お前はダメだ」と位置づけ、
理不尽を飲み込ませることが起こります。
さらに、いじめの場合は、教師や保護者もローカルルールの理屈に巻き込まれるということは珍しくありません。
(「変わった子だからいじめられても当然だ」というようなように)
こうして、加害者は、相手にダメ出しをするという因縁を付けて、自分を正義の位置に置き、相手を罰するように自分の不全感を飲み込ませて、支配し、かりそめに「I am OK」な状態を作り出して、自分の不全感を癒そうとするのです。
スクールカーストという言葉があるように、傍観している側も下位の人間が生まれることで、自らをカースト上位に位置付け、「I am OK」を感じることができるというわけです。
・家族でも行われている~不全感は世代を超えて連鎖する
家庭の中でもこうしたことは行われています。
愛着不安やトラウマは連鎖するといわれるように、そもそも親自身も不全感を抱えているというケースは少なくありません。
そうした場合に、子どもに対して、しつけや教育と称して不全感を飲み込ませてしまうということがあります。
特に子どもが見せるわがままさや無邪気さとは、自身が認めてもらえずに、ダメだとされた自分の姿そのものとして親には映ります。
自分はそれを否定され、そして、適応するために努力してきた、大人が望むように姿になろうとしてきた、ということから、子どもの無邪気な姿に触れた時に強い恐れや不快感、拒否感が生じるのです。
ただえさえ子育てには強いストレスがかかりますが、親自身が抱える不全感が刺激されると平静でいることは難しく、その不快感や拒絶の強い衝動を抑えるために子どもに対してローカルルールを飲み込ませるというようなことを行ってしまうのです。
あるいは、もっと能動的に、親が子どもに干渉、支配するといったケースもあります。
親の不安やコンプレックスや自分の人生の代償として、子どもに塾や習い事、将来の職業を強いるなどというのも、まさにローカルルールであることがわかります。
(「あなたのため」だとして表面をコーティングしていますが、結局は親の不全感でしかありません。)
ローカルルールを飲み込まされた子どもは、長くそのことに気が付かず、成長してからそれが心身の不調として現れるといったこともありますし、一見問題なさそうに見えても、ローカルルールに適応した「ニセモノの自分」として生きづらさを抱えたまま生きるということもあります。
・真面目な人ほど「内面化」してしまう~社会性の虐用(ソーシャリティ・アビューズ)
ローカルルールの恐ろしいところは、被害者がそれを「自分の問題だ」と信じ込んでしまう(「内面化」する)点にあります。
特に、子どもの頃に親からローカルルールを押し付けられた場合、子どもは親を愛したい、愛されたいという社会性や善性から、自らが否定されることを「自分が悪い子だから怒られるんだ」と誤学習してしまいます。こうした社会性を悪用されることを「社会性の虐用(ソーシャリティ・アビューズ)」と呼びます。
大人になってもこの影響は続き、「自分はダメな人間だ」という感覚(自己否定感)や、「人の顔色をうかがわなければならない」という過剰適応、過緊張、自分の外側に正しさの基準が存在するという感覚から自信のなさ、自己の喪失といったトラウマ症状として残ります。その結果、職場など新たな環境でも、再びローカルルールを押し付けてくる支配的な人に巻き込まれやすくなってしまうのです。
【図解:ローカルルールの構造】
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・ローカルルールという視点がもたらすもの~ハラスメントなど日常の理不尽の構造や対策が明らかに
ここまでローカルルールについて解説してまいりましたが、ローカルルールという視点を持ってみると、悩みや生きづらさはもちろんですが、私たちが日常で感じる理不尽さや違和感の構造がよくわかります。
例えば、社会で問題となっている「ハラスメント」の構造もより深く知ることができます。
多くの場合ハラスメントは労務や行政のガイドラインといった表層的な定義ばかりが取りざたされますが、関係性や心理的な背景がわかれば、対策も洗練されていきます。上司がハラスメントとされてしまうことを恐れるあまり生じるホワイトハラスメントといったおかしな現象も防ぐことができます。
別の例では、いわゆる、ブラック職場や、不祥事を起こす会社の風土などもローカルルールという視点を持ってみるとその理由が見えてきます。会社組織の場合は、そもそも創業者やトップの持つ不全感がカルチャーとしてローカルルールとして浸透しているのです。
上記以外でも、私たちは、ハラスメントとまでは言い切れないけども、なぜかうまく言語化できない、腑に落ちないけど人間関係を維持するために飲み込んでしまっているようなこともよくあります。そうしたことにも光を当てていくこともできます。
今回解説したローカルルール(偽ルール)のように、関係性や心理の“構造”を明らかにすることで、従来は言語化されてこなかった「現代社会の病理を解き明かす新しい視点」を私たちは手にすることができるのです。その視点は、個人が抱える生きづらさを理解し直す手がかりにもなります。
●よろしければ、こちらもご覧ください。
・ブリーフセラピー・カウンセリング・センター公式ホームページ

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