焦燥感、せっかちな態度、慌ただしさ、不安、ビビリなどもすべて巻き込まれるためにあるニセの感情に過ぎない

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 以前もすこし触れましたが、

 私たちは、相手の私的領域に巻き込まれることが正しいコミュニケーションなのだと錯覚させられたまま行きていたりする。

(参考)→「ローカルルール(作られた現実)を助けるもの~ニセの感情

 

 不全感で相手が巻き込もうとしてくることに応じることが正しいとさせられてきた。

 

 例えば、「どんくさいな!」と言われて急かされたり焦らされたり、相手が機嫌が悪そうにしていることに対してビビったり、ドキドキしたり。
 
 
 これらのことは、自然な生理的反応だと思ってきましたが、実は不全感を抱えた人が私たちを巻き込むために刷り込んだニセの感情でしかなかったということがわかってきました。

 

 例えば、ビビる、ということも、自分はビビりだから仕方がない、と思っていたら実はそうではなかったりする。

 
 人と接するときに相手が機嫌が悪そうな気がすると、ついつい心が焦って相手に合わせすぎてしまう、というような反応も、本来の自分のものではない。 
 
 
 将来について不安になったりするのもそう。
 そうやってローカルルールに巻き込まれるためにある。
 

 

 

 ヤクザが、机をドンと叩いたり、大きな声を出したりするのはなんのためか?といえば、相手の感情を動かすため。そうしてドキドキしたり、ビビったら、巻き込まれてそこに因縁ができる。

 

 この現象を逆回しで言えば、感情を動かさなければ因縁が生まれないから→感情を動かそうとしている→ では、その感情は本物かといえば、人為的に作り出されたものです。

 

 

 理不尽な親やいじめっ子も同様です。
 機嫌を悪くしたり、暴言などの嫌がらせを浴びせることで私たちの感情を動かして、因縁を作り出している。
そうして巻き込んでローカルルールの世界を維持して、自分の不全感をかりそめに癒そうとしているだけ。

 やはり、その感情は本物かといえば、人為的に作り出されたものでしかない。

 

 こうしたことが繰り返された結果、「ビビリの私」「人に気をつかう私」「未来が見えない私」ができてしまう。これらは本当の私ではないし、自然な反応でもない。

 自分のものだと思っている否定的な感情を、「これってローカルルールに巻き込むためにあるニセの感情ではないのか?」という視点で見てみると、とても面白いことが見えてきます。

 

 自然だと思っていたものが、単に「巻き込まれ」でしかなかったということ。そして自他の区別や、自分の主権が奪われていたことに気づくようになります。

 

 「この感情もそうかな?」「この動きもそうかも?」とチェックしていくと、自分の内側がだんだんと静かになり、他者から切り離されて防壁ができてくることを感じるようになります。

 

 

(参考)→「ローカルルールとは何か?」 

 

 

●よろしければ、こちらもご覧ください。

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