「学校スキーム」を捨てる

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 学校とは、文字通り、社会に出るために必要なことを学ぶ場所の一つです。

 そこでは、教科教育から始まり、美術、音楽、体育、道徳、進路選びなど様々なことを学びます。

 

 一番大きなことは集団での生活、人間関係になれることです。クラスの仲間との付き合いは、その後の社会に出るためには必要なことです。

 

 ただし、多様な人間をクラス単位で特定のルールでまとめ上げることについては、弊害も指摘されています。

 社会学者の内藤朝雄氏は、中間集団全体主義と呼んでいます。

(参考)「いじめとは何か?大人、会社、学校など、いじめの本当の原因」

 

 合わないタイプの友達とも仲良くしなければいけないとされます。学校という空間の過度な密着がいいじめにつながるのです。教科ごとにクラスを変えるなどの解決策が学者から提案されています。

 

 もう一つ学校で学ぶこととしては、特定の環境・ルートで挫折を乗り越えて頑張る、ということです。様々な紆余曲折はありますが、その中で苦手なことにも取り組んで小学校‐中学-高校-専門学校・大学と進学していく。真っ直ぐレールが引かれていてその中を忍耐と努力で通っていくというスキーム(枠組み)です。

 

 

 さらに、表向きは、とても道徳的できれいな善の価値観のスキームです。正直で、ずるをするよりも真向努力することなどが優等生として、奨励されます。
(実際、容量の良い子や、不良っぽい子は、ずるやショートカットを身に着けますが)

 

 こうしたことは社会に出ていくうえで、役に立つとされていて、だから教育で教えられますが、実は社会に出ると、全く真逆の環境が待っています。

 

 社会では、360度選択肢がある中で、自分がどの方向に進むかを選ばなくてはなりません。一か所でかんばっていればよいわけではなく、その場所がダメならば、場所を変えなくてはいけない。頑張るべき時と、他へ移るべき時とを見極める目が必要です。

 

 また、社会で出会う人たち、上司や先輩、配偶者、もそうですが、彼らは「先生」ではありません。彼らは、私たちを必ずしも庇護してくれるわけではありませんし、実はその義務もありません。

 

 上下の権力関係にあり、パワハラ、モラハラもしばしば受けます。ダメなら関係を切られることもあります。単に業績や出世のために、社員を利用する、といったことは珍しくありません。
(もちろん学校でも良くない先生がいたり、会社でも良い上司はいますが、「教育」現場と社会とは違います。)

 

 

 「学校スキーム」を真に受けたままに社会に出ると、特に相手が年上だと、先生-生徒の関係のように面倒をみてもらえるのかな、とか、理不尽なことをされても、厳しい中にも教育的な意味があるのかな、と思ったりして、ずっとその場にい続けてしまいます。

 

 

 また、人間関係についても、学校と社会とは異なります。
合わないお友達とも仲良く、ではなく、合わなければ適度な距離を取ったり、関係性も変わっていったりということは当たり前ですし、そうしたほうが良い。社会的なネットワークは日々変わりゆくものです。

 

 「学校スキーム」の過度な密着のまま、対人関係をとらえていると、社会ではうまくいかなくなってしまいます。

 

 さらに、社会は清濁併せのむ二階建ての世界です。悪もあるし、嫌なこともあって、それをうまくいなさないといけないし、世の中にある見えない仕組みやコツを盗むことも必要になります。まじめにやっていてはそうしたことはなかなか見えなかったり、見えていても利用できなかったりします。

(参考)→「世の中は”二階建て”になっている。

 

 

 トラウマを負っている人に多いのは、「学校スキーム」をそのまま引きずってまじめに世の中を歩いてしまうことです。「学校スキーム」と社会人になってからの景色は全く異なります。進路の選び方も人間関係も、社会への向き合い方も。

 

 比較的安定している普通の人は、「学校スキーム」と社会人のスキームとは異なることを育つ中で薄々感じて、スタイルをチェンジしていきます。

 

 例えば、会社があまりに変(ブラック)だな、と感じたら、極端に言えば、入社式の段階でも会社を辞めてしまいます。そして、次の環境へと移っていきます。とてもさっぱり、あっさりしています。

 

 人間関係でも、おかしいなと思ったら、さっと距離を取ります。

 建前で語られるきれいごとと、裏の仕組みとを切り分けて感じ取ったりします。

 

 しかし、トラウマを負っている人は、「学校スキーム」を守って、妙に耐強く、義理堅いので、そのまま変な会社に居続けてしまい、ボロボロになるまでやめないで頑張るようなことが起こります。人間関係でもおかしな関係を続けてしまい、支配されてしまったり。表のきれいごとを真に受けて信じたり。心身共に疲れ果てて、自信も喪失させられてしまうようになります。

 

 

 筆者も昔、モラハラ環境で働いていたことがありますが、そこに入ってきた後輩たちは学歴もあり素直で優秀な社員たちでした。彼らは、職場に違和感を感じるや否やあっさりと辞めていったのが印象的でした。

 

 ある後輩は大学の応援団出身でしたが、忍耐強く理不尽な環境になれていそうなその後輩でさえ、ブラックな職場だと見るや、サッとやめていったのは驚きました。一方、筆者は頑張らねば、とストレスを浴びながら耐えていたのはトラウマを負ったものによくある態度だったのかもしれません。

 

 実は、親も、学校スキームをカーボンコピーしたような教育方針を取っていることもあります。相談をしてみると、「一か所で頑張れ」「人間関係がうまくいかないのはお前が悪い」といった間違った後押しをして、環境を変えることを妨げてしまいます。

 

 もし、ひどい環境であるにもかかわらず、「そこから逃げたらだめだ」とか、「自分にも原因があるかも」といった考えがよぎったら、自分は「学校スキーム」で目の前の問題を捉えていないか?と考えてみる必要があります。

 

 「学校スキーム」は、正常な発達ルートに鎮座しながら、とても特殊なものであり、社会に出た後は、スタイルチェンジをして、あらたなスキームを獲得しなければなりません。

 

 「学校スキーム」を捨てる、というのも、二階建ての社会の一階部分に相当するものであり、わざわざ教えてくれない世の中の“裏ルール”の一つといえます。

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

●よろしければ、こちらもご覧ください。

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