心理学、精神医学の由来にも内在するログアウト志向


 

 先日の記事では、セラピーの創始者や治療者の回避傾向、ログアウト志向が、セラピーの効果のいま一歩感の原因となっているのではないか?ということを見てまいりました。

 ログアウト志向のままでは、短期的には効果があっても、結局は解決しきれない、本来の自分として生きていく実感が十分に持てないままにになっている恐れがある。

 そして、自分のIDでログインしていくということがこれからのセラピーにおいては必要になってくるのではないか?ということでした。

(参考)→「ログアウト志向と、ログイン志向と

 

 他の記事でも見ましたが、自分のIDでログインしていると、他者は干渉することが非常に難しい。
 かなり強引に因縁をつけてでもしなければ、干渉する筋合いがない。

 自分のIDでログインして生きていくことが、人格が成熟していくということです。

 

 反対に、ログインしないままでいると、「ログインしていないのだから、あなたはあなたものではないでしょ?だったら、私が口出すよ」と、他人から干渉され続けてしまうのです。
 
 さらに、自分の感覚がなにかもよくわからなくなっていってしまう。

 このような自分のIDでログインしないままでいる、ログアウト志向の状態にとどまっている方は非常に多いのです。
(参考)→「自分のIDでログインしてないスマートフォン」 

 

 ※ここで整理すると、ログインというのは、「自分として社会の中で生きる」という意味です。ログアウトというのは反対に、「自分じゃないもので社会の中で生きる」あるいは、「社会から自分が排除される」ということです。

 

 

 

 さらに、検討をすすめると、実は、このログアウト志向というのは、心理学や精神医学の起こり自体にもその要因があります。

 それは、フランスの哲学者、心理学者のフーコーが「狂気の歴史」という本で書いていますが、心理学や精神医学が対象とする狂気というのは、もともとは社会の中でそれなりに役割があったり、神の現れとして敬意さえ示されていたものが、近代化する中で、病気という扱いを受けて区別されていきました。

 通常の理解では、科学が進歩したから狂気の原因が解明されて病気として扱えるようになった、ということですが、フーコーによれはこれはそうではありません。

 科学の進歩で病気として扱えるようになったのではなく、狂気を病気として区別する(社会からログアウトさせる)ことによって心理学や精神医学自体が科学として成立してきた、というのです。

 上の定義でいえば、まさにもともと社会にログインしていた狂気を、隔離してログアウトさせることで、生まれてきたのが心理学や精神医学である、ということです。

 

 単にこれは、論理の遊びではありません。
 実際に臨床現場の治療においても、このことを証明するかのようなエピソードがいくつもあるのです。

 
 たとえば、18世紀末の精神医学では統合失調症の治療として、フランス人のピネルがそれまでは鎖に繋がれていることが当たり前だった療養所の患者たちを鎖から解放したことがありました。

 鎖から解放するかわりに暴れないと約束させ、患者に仮の役割、たとえば「下士官」とか「召使い」とかを与えて患者の症状が安定した、ということがありました。
 それまでは、怒り狂って看守を殴り殺してしまうような患者もすっかり落ち着いて、その役割を生きるようになったのです。

 

 

 それまでの概念とは全く異なる対応で、その後の精神医療の出発点となる出来事でした。

 現代の臨床現場でもこうしたことは受け継がれていて、腕のある精神科医は、患者の中の本来の自分が機能するように働きかけることをしています。

 近年、統合失調症の治療での目覚ましい効果で注目されているオープンダイアローグも、患者の目の前で、治療者や家族が話し合い、患者自身が意思決定するという形を取ります。

 

 このように、自分や社会からログアウトされるように扱われると悩みは解決にはつながらず、ログインするような環境が与えられると重いケースでも軽快していく、ということから、フーコーが発見した「狂気を病気として区別する(社会からログアウトさせる)ことによって心理学や精神医学自体が科学として成立してきた」というのは、核心をついているといえそうです。

 

 さらにフーコーは、フランス人のピネルがおこなった鎖からの解放はまだ本物のログインではない、ということも指摘をしています。
 
 ピネルが与えた仮の役割とは、あくまでピネルの道徳的価値観に基づいたものですから、いわば仮のIDでしかなく、患者本来のIDではない、として、精神医学に潜むログアウト志向の一例として批判的に取り上げているのです。

 

 ピネルがおこなった仮のIDを与えるという解決策は、私たちが日常で触れるセラピーにおいても同じ構造が見られます。
 

 以前の記事で、筆者がたまたま見た「私を消す」という言葉を唱えて悩みを解決しようとする、というのもそうかもしれません。
 鎖からは解放されるかもしれませんが、創始者が作った価値観の世界(仮のID)にとどまり、自分のIDではログインできずに、ログアウトしたままになるのです。

(参考)→「ログアウト志向と、ログイン志向と

 

 このように、精神医学や心理学自体もその内に、ログアウト志向を内在させているのです。

 

 

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