「過剰な客観性」

 

一元的価値観になることにも関連する影響ですが、トラウマを負った人の特徴として、「過剰な客観性」というものがあります。
自分の主観で生きているというよりも、世界という舞台の上に自分がいるという感覚。当然そこには外部に善悪、正誤のルールがあり、そこに従おうとする感覚です。

でも、そのルールを自分は「未熟さ」「至らなさ」によって知りえていない、と感じているので、自信がありません。

あるいは、そのルールを知ってそうな人に憧れたり、怖れたりするようになります。

 

 

 

過剰に客観的であるので、自分が行った行為についても、間違っていなかったか、正しかったかを判定しようとします。
自分に厳しく、ちょっとのことでは喜びません。
自責感が強く、「すみません」が口癖です。

会社で会議や、プレゼンをしていても、自分の発言が間違っていないか?浮いていないか?とどこか自信がありません。

 

 

「過剰に客観性」を重んじるために、主観的に生きている、安定型の人たちにはその場の勢いで負けてしまいます。

他人から反論されても、「正しいかどうか?」の判定に頭がグルグルして、自分の気持ちで押し通すことができずに、反論を受け入れてしまい、意見が通らなくなります。

 

 

本当は、この世には、ルールなどなく、多元的であり、主観同士のぶつかり合いですが、そうした感覚がありません。

 

 

「主観」や「感情」を意識の低いものとして嫌悪します。
自分はそうななりたくない、と思っています。でもイライラして、嫌になります。

なぜなら、それらは自分を苦しめた親や周囲の人たちが「主観的」で「感情のまま」にふるまっていたからです。
(例えば、子どものこともかまわず夫婦げんかをしていた。感情的に子どもへの対応がコロコロ変わった、など)

そうした意識の低いものからは逃れたいし、自由になりたいと願っています。

 

 

人からの誘いがあっても、常に、そうしたことを断ってよいか?恐れています。
なぜなら、「客観的に」見て、そうした誘いを断ったらチャンスが減ったり、もう次のチャンスは来ないように感じるからです。

休みでも、どういう過ごし方をしたら適切なのか?を考えて動けなくなってしまいます。結局、街を当てもなくぶらぶらして、ごまかしたりします。

自分の外に、正しい過ごし方の基準があるように感じています。

同時に、どこかむなしい感じがあります。「今ここ」を生きている感覚がありません。

 

 

思わせぶりな人の発言にも振り回されてしまい、とても気になります。占いなども、ばかばかしいと思いつつも、もしかしたら?と気になって仕方がありません。
「過剰な客観性」を持っていると、ハラスメントを行うような、相手をコントロールするタイプの人にはやられっぱなしとなります。
なぜなら、そういう人たちは、相手をコントロールするためのポイントを心得ていて、 自分の都合の良いようにゴールポストを動かし続けるからです。

 

「過剰な客観性」にとっては、ゴールポストは絶対ですから、動かされていることに気が付かずに、自分の蹴ったシュートが外れたことを指摘されて落ち込み、相手のゴールは常に入ることを見て自信を無くして、相手のほうが正しいと思わされ、支配されてしまうのです。
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トラウマを負うと一元的価値観になる

 

 トラウマを負った人(不安定型愛着)の特徴の一つとして、一元的な価値観になる、ということがあります。

 

一元的価値観とは何か?というと、簡単に言えば、善悪(正誤)の基準がこの世で一つだけ、ということです。

 

トラウマを負うと、この世が危険な場所であると感じられ、常に漠然とした不安になります。不安から逃れる方策として、どこかに絶対の価値観があるという観念を持ったり、自分がその価値観から外れた罰としてトラウマを負ったのだ、という感覚を持つようになるのです。

 

さらに、トラウマは人から、特に親から、負わされることがあります。本来であれば、親に対しては、反抗期を経て、自らの価値観を確立して、多元的になるものです。
しかし、トラウマの影響で、親には反発しながらも、依存させられる、ということが起きるために、本当の意味での反抗期を経ることができません。結果、世界が絶対的な一つの基準でできている、といった価値観を自然と持ってしまいます。
一元的価値観があると、その価値観の中で力の強いものが上位に来て、そうではないものが下位に来て、支配されてしまう、ということが起きます。

 

そのため、トラウマを負った人は、常に、どこか自分はダメなおかしな人間だとして、自信がありません。また、社会に出ると、その場で力の強い人にいいようにされたり、支配されやすい傾向があります。

 

逆に、躁的防衛として、妙に尊大になって、相手を見下したり、自信満々になりますが、周囲に反発されると脆い性質があります。
とってもピュアで理想主義的ですから、自分の価値観を他者に押し付けてトラブルになりがちだったり、他人が高い理想を求めないことについて落胆することがあります。

 

よくあるのは、感情的になったり、他者の悪口などの意識の低い発言をする身近な人を見て、「なんで、この人はもっと高い精神性を持つように努力できないんだろう? 気が付けないんだろう?」と感じてイライラする、といったことです。

 

 

一元的価値観ですから、他人も自分と同じように考えるはずだ、として、相手に期待しますが、当然ながら相手は同じようには考えてくれずに、失望してしまいます。

 

 

さながら、テロリストのような心性をもっています。
(理想主義的で、モチベーションが高く、正義感も強く、他人に期待して失望する、ということです。)

 
 自他の区別がつかないために、相手の言葉を真に受けやすいです。
なぜなら、一元的価値観ですから、相手の言葉≒事実 として受け取ってしまうからです。
「相手は相手。自分は自分」とは思えないのです。

 
トラウマを負った人は、一元的価値観を持つという性質を利用されて、親や上司の言うことは自分よりも正しい、としてハラスメントに遭いやすく職場や家庭でいいようにされてしまいがちです。

 

→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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単純化された目標は依存症状態にする

 

摂食障害という病気があります。
拒食症、あるいは過食症などのことですが、痩せることにすべてをかけてしまって、ガリガリになり、入院にまで至ったり、我を忘れて大量の食事を胃に詰め込み嘔吐したり、という症状です。

思春期の女性が発症することが多く、愛着不安などを背景にしていると考えられます。思春期特有の複雑な人間関係や人生の悩みを自分の体重をコントロールすることで、絶対の安心や自信を得ようとします。「自己への不信や不安の病」という性質があります。

複雑な自分や世界を、「体重」というわかりやすい指標にすべて置き換えて、安心を得ているわけです。

 

 

摂食障害にはある種の依存症という側面もあります。依存症はある限られたことにしか頼れなくなることを言います。その限られたことにすべてを集約して、自己を癒したり、人生をシンプルにしようとしているとも言えます。
 

これと似たようなことに、仕事などにおける、過度な「動機付け」があります。

ある種の会社は、会社の単純化された目標に社員の人格などもすべてを集約して、動機付けて業績を上げようとしています。本来仕事とは総合的で複雑なものです。社員の能力も複雑ですが、単純化することで疑似的に依存症状態を作り上げます。
シンプルに絞られた目標めがけて、社員が馬車馬のように働かせます。

自己愛性障害の社長が作ったしくみの中で そうした社員たちも愛着不安を抱えていることが多く、まさに、摂食障害の患者のように、極端に単純化された目標(数字)を猛烈に追いかけようとします。

 

問題なのは、「単純化された目標」が人格のすべて、だという極端な動機付けをしているために、それが達成できない人がいた場合、苛烈に否定し、こき下ろしてしまうのです。

「あんな、仕事のできないやつ。いなくなればいいのに」
「なんで、会社に来ているんだ」

といったような暴言や陰口が飛ぶようになります。同じ職場で働く人も、「仕事ができるかできないか」だけで判断しようとします会社もそれを暗に肯定します。会社におけるモラハラ、パワハラの背景にもなっています。

 
人間というのは総合的なものであり、単一の目標で表すことなどできません。いろいろな面があり、多元的です。

しかし、特定の数字や“達成動機”という一側面に、人格も何もかもすべてを代表させて、それを追いかけさせることで、結果として会社の業績は急成長します。
ただ、社員はボロボロになったり、成功したとしても、どこか違和感のある「意識高い系」の人として他の会社に行くと宇宙人扱いされたり、するようになります。
世の中で社員のモチベーションが高い、と言われる会社でも、内実を見てみると、上記のように、パフォーマンスが低い同僚に平気で暴言を吐いたり、バランスを欠いていたり、宗教的な雰囲気があったり、といったことがあります。満足して会社を評価しているのは、そうした雰囲気にハマった人たちだけ。

そうした会社でたまたま働かされて、心に傷を負ってしまった人も多くいます。実際に社員が自殺してしまって問題なったり、ということも生じています。

 

 大切なのは、バランス。人間とは総合的なものである、価値観も多元的である、という観点です。

戦後の高度成長期の猛烈なワーカホリックな風土は、もしかしたら、戦争の傷を仕事という極端な行為で癒そうとしていた、ある種の依存症的な現象だったのかもしれません。

昨今の、ワークライフバランスの重視や働き方改革といった動きは、社会の成熟化を示しているといえそうです。

 

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”やる気が高い”は要注意

 
やる気が高い人、モチベーションが高い人は優れているといわれています。確かに仕事でも、情熱をもって働くことは良いことです。

 

しかし、実は、臨床心理の専門家からは、やる気が「極端に」高い人は、実は自己愛性パーソナリティ障害ではないか?とされます。

愛着が安定している方であれば、「そこにいるだけで承認されている」という感覚があり、物事全般にバランスが取れていますから、極端に何かを達成しなければならない、という感覚はないからです。

ほどほどにやる気がありますが、一定以上働くと疲れるし、飽きも来るし、やりすぎることはありません。

 

しかし、愛着が不安定だと、それを仕事で埋めようとしてしまいます。その結果、極端なやる気となって表れて、疲れも知らずに働こうとしてしまうのです。

会社の経営者(特に創業者)などに多いとされます。

 
もちろん、愛着が不安定であることが必ずしも悪いことではありません。社会的成功のエンジンともなります。
しかし、ある期間を過ぎたら、どこかでバランスを保つようにシフトをする必要があります。そうして大成していく方はいらっしゃいます。

 

それが上手くいかないと、家庭が壊れたり、会社でも行き過ぎて破綻してしまったり、ということが起きます。

 

昨今のブラック会社として話題になるような会社は、自己愛の強い経営者によって創業されて、そうした経営者の価値観でなりたっていますので、通常のやる気や働き方、そして「ただ存在しているだけではだめだ」として、過度な労働を強要されることで起きているように思われます。
現在の職場で生きづらい、と思っている方は、もしかしたら、そうした職場の「環境」に問題があるのかもしれません。

 

 

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家庭や職場の理不尽さのもう一つの理由~いじめの社会理論

 

職場や家庭の中のハラスメント行為の原因のもう一つは、「いじめの社会理論」と呼ばれる原理によるものです。

これは社会学者の内藤朝雄氏が明らかにしているものです。

→「いじめとは何か?大人、会社、学校など、いじめの本当の原因

 

 

簡単に言えば、学校、職場、家庭などのローカルな共同体のゆがんだ秩序(群生秩序)がもたらす理不尽な行為です。

社会での汎用的な原理ではなく、その場での力関係が生み出す「ノリ」で決められたルールが支配する状況です。

その状況にあると、まともな人でも感染するようにおかしくなり、そのノリに当てはまらない人を苛烈にいじめるようになります。

 

家庭の場合は、「機能不全家族」がまさにそうですし、

→「<家族>とは何か?家族の機能と機能不全

職場の場合は、「ブラック会社」と呼ばれる環境がまさにそうです。

 

 

もともと自責感の強い人をターゲットに、相手のせいにして正当化するため、あることないこと取り上げて責め立てます。

 

 

こうした状況から逃れるためには、環境を変えることももちろんですが、多くの人(特に管理職や親などが)がメカニズムを知ることも大切です。

管理職や親がまさに主犯である場合は、環境から逃れるしかありません。

 

「悩みはその人の内にある」という間違ったテーゼを信じていると、いつまでもその環境にとどまり、内省し続けることになります。

社会学者も明らかにしているように、家庭や職場の生きづらさもすべて外からやってくるものなのです。そのことにそろそろ気づく必要があるようです。

 

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あの理不尽な上司(モラハラ、パワハラ)も、実は○○が原因だった!

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、
子を愛せない親、について書いた記事は、職場やその他にも当てはまります。

 

理不尽な上司や同僚、部下からのハラスメントといったものも、同じ並列の人間同士の人間関係によって生じているものではありません。

 

理不尽な行動をとる背景には、発達障害や愛着障害、トラウマ、てんかん、双極性障害などが潜んでいます。
※パーソナリティ障害とは、実は上記を原因とする表面的な症状です。

 

 

最近、暴言議員としてニュースで取り上げられた国会議員も、医師やカウンセラーからみれば上記の何かに当てはまります。単にエリートで傲慢だから・・・といった性格の問題ではありません。

 

 

「まさか、あの上司が発達障害?確かにモラハラはひどいけど、本で読んだアスペルガーの特徴とは違うど・・」
と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。

端的に、わかりやすく言えば、世の中のアスペルガー障害(発達障害)の本は、簡単に書きすぎて発達障害の実情を正しく伝えているとは言えません。

なぜなら、発達障害とは「空気が読めない人」ということではないからです。
(逆に、とても気を使う人はたくさんいます。)

→「大人の発達障害の本当の原因と特徴~様々な悩みの背景となるもの

 
発達障害の中核の一つにあるものは、内的言語の障害だと言われています。世界を把握する内的言語に障害があり、自他未分のまま他者と接しています。

そのため、自分の価値観を他者に押し付けて、苛烈に攻撃する、ということが起こります。自分の常識が他人の常識であるということから、他者が思い通りに動かないと、完全否定するところまで至ってしまいます。

 

内的言語において、「私」「あなた」の区別が上手くできないため反転して相手の立場に立つことがとても苦手です。だから、お互いさまという感覚がなく攻撃もとことん貶めるところまで至るのです。
また、記憶の処理がうまくいかないため、フラッシュバックを起こしやすく、一度他者について否定的な印象を持ってしまうと評価を戻すことができません。
過去の失敗もシャッフルして思い出して、相手を怒り出したりします。(「お前は以前もそうだった!」)

 

 

関係念慮も強いことが多く、そのため、些細なことを誤解して、他者が自分を貶めようとしているとして「あること、ないこと」取り上げて責め立てることがあります。

 

 

他者との付き合い方について定型発達の場合は、直感的に理解して学んでいきますが、発達障害の場合は、頭で理解していきます。
そのため、意外ですが、発達障害の方に多いケースに、身内に非常に厳しく外面はとても気にする、ということがあります。
これも、知識として社会性を身に着けているため、外面はとても気にしますが、直感的に相手の立場に立つことができているわけではないため、自他の区別があいまいになりやすい身内ほど厳しく、容赦ない態度をとるようになります。

 

会社でも、「~さん」とさん付けで呼んでいる時は良いですが、呼び捨てになるほど親しくなると、とたんに、厳しくなって、容赦なくなることがあります。

発達障害において、もう一つの特徴は、「発達の時間的な遅れ(=幼さ)」です。総じて考え方、態度が「幼い」のです。

 

他者に接する際は、目下であっても別の価値観を持つ者同士、礼儀を持って接することが普通ですが、そうした感覚がありません。
成熟すればするほど、価値観の多様性、多元的世界観を身に着けるものですが、それがありません。まさに、子どものような感覚なのです。子どもが純粋さと残酷さとをともに持ち合わせていますが、まさにそのように残酷です。

 

一元的で、過度に理想主義的で、強圧的な世界観の中で、自分よりも序列が低いとみなした人は、その世界で序列が高い「指導して良い」「罰して良い」という感覚なのです。

理不尽な上司や同僚など、見た目は年を取っていますが、実は内面はとても「幼い」ことが多く、その幼さ、理不尽さを「お前の能力の無さ、ミス、態度の悪さに怒っているからだ」「会社のルールだ」「上司、先輩だからだ」と理屈で正当化しているだけであることが多いのです。

 

発達障害様の症状は、後天的にも同様の症状が起きます。これを、「第四の発達障害」といい、いわゆる愛着障害や発達性トラウマ症候群がそれにあたります。
繰り返しになりますが、パーソナリティ障害とはこうした症状の別名です(てんかん、双極性障害なども含まれます)。

 

モラハラを受けるのは、あなたのせいではありません。まったく関係がなく、実は相手に原因があるのです。
このような実態を知るだけでも、会社で苦しさ、生きづらさを抱えている人は楽になっていきます。

 

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親に検査を受けさせたい。

前回の記事で、愛せない裏にある、疾患、障害(=失調、いわゆる障がい者という意味ではありません。)についてお伝えさせていただきました。

そのように書きますと、当然のこととして、「では、検査やカウンセリングを受けさせた方がいいのでしょうか?」とおっしゃる方もいらっしゃいます。

結論から言えば、本人が望めば受けてみてもいいけど、必ずしも必要ない、ということになります。
(認知症など器質的な問題についてはちゃんと受けた方がいいと思います。)

なぜかというと、ご本人にお会いしなくても、ある程度、医師やカウンセラーが概要を伺えば、その可能性を見立てることはできますし、その見立てや理解してもらったこと自体が、これまでのわだかまりを一定程度解消させる力があるからです。

極端に言えば、現行の発達検査も絶対完璧ではありませんし、答え合わせができないので、本当にそうかどうかまではわからない、ということもあります。
また、本人が望まなければ受けさせることはできない、という現実的な問題もあります。

当事者が、納得する材料や適切な対応方針を知るために、その可能性を知っておく、ということが大切になります。知っていれば、自分自身が適切なカウンセリングを選ぶ材料にもなります。

 

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子を愛せない親の”意外な理由”

前回の記事でも書きましたが、ご両親に愛情をもって接してきてもらえなかった、そして、現在も苦しんでいる、という方はとても多いです。

「いや、親子の対立をあおるようなことはすべきではない。」
「親はやっぱり子を愛している。そうではないのは余裕がなかったからだ」

といった価値観を持つ支援者もいます。
家族研究や、最近の臨床の知見からすれば、それは正しいとらえ方とは言えません。家族は自然と成立するものではなく、社会的機能であり、条件が欠けて機能が満たされないことのほうが多いですし、他の生物でも育児放棄がみられることから、人間の家族も理想通りにはいかなくて当たり前だ、という前提に立つべきなのです。

臨床をしていて感じるのは、残念ながら、いろいろな理由から、親とは言え愛情を持てない人たちは確実にいらっしゃる、ということです。
そうした環境の渦中にいる方が知っていただきたいのは、大きく2つです。

 

まず一つには、
 「愛されないのは自分のせいではない」

ということです。
ご両親がいくら、「あんたは憎たらしい」とか、「かわいげがない(だから私は愛さないのだ)」と言っていたとしてもです。それは、相手を攻撃するための言葉です。攻撃することが目的だから傷つくのであって、発言内容は真実ではありません。そして、その言葉は下記に記す問題からくることも多いのです。
その問題とは、障害・疾病の可能性です。

愛情を持てない方の中には、今でいう発達障害(≒愛着障害、パーソナリティ障害、トラウマ)を持つ人が多くいらっしゃる、ということです

→「大人の発達障害の本当の原因と特徴~様々な悩みの背景となるもの

→「「愛着障害」とは何か?その症状・特徴と治療、克服のために必要なこと

→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

アスペルガー障害が正式に取り上げられたのは、1980年代でごく最近のことです。 乳幼児健診でスクリーニングされるようになるのも昭和40年以降のことです。
(乳幼児健診では、軽度の発達障害は見逃されることも多いです)

年配のご両親だと、そのスクリーニングがないまま、現在に至っていると考えられます。

ご両親が発達障害であることに気が付かないまま、
ご両親と言い合いになったり、愛情を求めて通じずに傷つく。デリカシーの無い言動を繰り返されて、ボロボロになる、といったことがあります。

現在は発達障害の知見も積みあがってきているため、あらためて医師やカウンセラーが見ると、発達障害の疑いが濃厚であるというケースは多いのです。
あと、別のケースでは、ある女性のクライアントが父親からずーっと虐待(暴力)を受けていて、そのことを問いただしても父親はそのことを全く覚えていない、ということがありました。
そのケースでは、クライアントの主治医曰く、「お父様はてんかんかもしれないね」ということもあります。
※てんかんと発達障害とは併発することも多いです。
また、別のケースでは、これも女性ですが、年配の親の暴言、汚言が止まらず、いつも些細なことでいざこざになって悩んでいた、ということがありました。病院で、検査をしてみたら、認知症によって前頭葉の機能が低下していた、といったことがありました。

 

さらに別のケースでは、実は、チック(トゥレット症候群)であったということもあります。
こうしたことも知らぬままに、同じ土俵で向き合っても何も生み出さず、疲弊するだけ、となってしまいます。しかし、実は発達障害やその他の疾病が関連していたんだ、と知ったとたんに、「スーッと楽になった」「親に執着しなくなった」「あまり関わらなくなった」というクライアントさんはとても多いです。
こうしたことは、まだあまり知られていません。その理由の一つは、臨床心理、心理療法の過度な”心理偏重”があります。「悩みは、心の外にある」という前提に立てば、見えなかったことがいろいろと見えてきます。
親との関係に悩んでいらっしゃる場合は、いきなり親子関係の問題としてとらえずに少し立ち止まって上記の可能性を考えてみてください。”適切な反抗”によって、自他の区別を確立することにも役に立ちます。
そして繰り返しになりますが、お悩みの方ご自身は何も悪くありません。自分に問題があるから愛情が得られない、といったことはありませんから、ぜひご安心いただければと思います。
※発達障害だから必然的に愛情を持てないわけではありません。発達障害とは、とても広範な症状です。とても愛情深い方、その人なりにとても周りに気を遣う方、定型発達では考えられないくらいの人格者もいらっしゃいます。俗に言われるような発達障害=人の気持ちがわからない、ということではないこともぜひお知りいただければ幸いです。

 

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虐待などつらい体験は理解されない

クライアントさんからよく聞かされる話で多いのは、医師やカウンセラーから、養育環境で負った理不尽な経験をなかなか理解してもらえない、ということです。
(真の理解とは何か?というと深いテーマになりますが、それはここでは置いておいて)

目の前にいる方がクライアント(患者さん)なのですから、その方のいうことをまず受け止めずに、あたかも客観的な第三者のようにふるまってしまうことが多いようです。

つまり、
「(酷いことをした)親にも何か事情があったんですよ~」
「お母さんも、余裕がなかったんですね~」

といった反応を返されてしまうのです。

虐待ネグレクトやハラスメント、それに近い目にあったクライアントからすると、心の底からがっかりする対応です。
(ある著名な医師にかかった際も、そのように返答されて失望した、というクライアントが実際にいらっしゃいました。)

 人間は、喧嘩両成敗のような対応が一番傷つくものです。喧嘩両成敗とは、本来の意味から誤解されて広まった悪しき因習・態度だと思います。

残念ながら、子に愛情を持てない親御さんがいらっしゃることは明白な事実です。
(最近では、その裏には発達障害やてんかんといった背景があることも分かってきています。)

人は、見たくない事実は見ない。見たいものだけを見る。トラウマ(虐待)への歴史でも、これまで、人間の行う理不尽な行動は否認されてきました。

→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

客観的にふるまう人ほど、無自覚に時代や、時代に影響された自己の価値観を持ち込んでバイアスをかけてしまうようです。

虐待やハラスメントは密室の犯罪行為なのですから、被害者の立場に立って能動的に切り込んでいかなければならないのに、受動的に喧嘩両成敗といった態度でふるまうことは、能動的に問題を理解することを放棄することで共犯(セカンドハラスメント)と言ってもいいような行為です。
→「あなたの苦しみはモラハラのせいかも?<ハラスメント>とは何か

 
喧嘩両成敗とはあたかも客観的にものが見えると勘違いする“エセ神様”状態になることです。クライアントは、世の“真実”を見て、サバイバルしてきた方たちです。
孤独な戦いを続けてきて、解決に必要な切り口、足場、サポートを求めているのです。ともに戦ってほしいのであって、ズレた論点整理など必要としていません。

クライアントは、良い支援者とつながることも自力で行わなければならない、というのはなんともつらいことですが、それでも、理解してくれるカウンセラーや医師は必ずいますから、あきらめないで求め続けていただきたいなと思います。

 

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”適切な反抗”とは何か?

反抗、というと文句を言ったり、暴言を吐いたりするようなことをイメージされるかもしれませんが、そのようなことではありません。

適切な反抗とは

 ・これまでの養育環境から受けた影響を相対化(自他の区別をつける)すること

であり、
さらに細かく言えば、

 1.ダブルバインド(支配)に気づくこと
 2.トラウマを解消すること
 3.一元的な価値観の世界から、多元的な価値観の世界に移ること
   (私は私、あなたはあなた)

です。

 

 ダブルバインド(支配)とは、まさに正論(常識)をもとに相手を支配することです。
→「モラハラへの対策、治療のために知っておきたい6つのこと
ご自身が罪悪感や自信の無さ、惨めさや苦しさを感じていたら、ダブルバインドやトラウマの影響が考えられます。

例えば、「自分が悪い」「自分はダメな人間だ」という根拠はどこから来るのでしょうか?

結局、ゴールポストを自在に動かす人(親、上司など)がいて、シュートが外させられて、「ダメな人間」という烙印を押されているだけなのです。

ダブルバインド(支配)とは、簡単に言えばゴールポストを勝手に動かされてしまって罪や罰を作らされてしまう行為を言います。

 トラウマは、ダブルバインドから抜けられなくしている過去に追った傷、スティグマ(烙印)です。

→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

ダブルバインド(支配)の理屈を聞いても、
「そうはいいますけど、私は“現実に”ダメな人間です。なぜかというとこんなことがあった、あんなことがあった・・・」
と当事者は思ってしまっています。

「こんなこと」「あんなこと」がまさにトラウマです。

普通であれば、記憶とともに流れていくものですが、それが流れず頭に残ってしまっていて「お前はダメな人間だ!」とささやき続けているのです。

さらに、一元的な価値観から多元的な価値観へ、というのはもうすこし簡単に言えば、「私は私」と思えることです。反抗期とはまさにこれを達成するためにあります。

例えば、仕事にしても人生にしても、正しい方法や価値観(反抗期の前は親の価値観)が一つだけあって、自分はそれが身についていない、知らない、と思ってしまうのが、一元的な価値観です。

一方、仕事も人生も人ぞれぞれ、価値観も取り組み方も違う、違ってていい、と思えるのが多元的価値観の世界です。
相手が総理大臣であれ、社長であれ、あなたはあなた、私は私、と思えることです。

支配やトラウマを負っていると、一元的な価値観に染まってしまってそこから抜けられなくなってしまいます。
社会に出ても、支配的な人が寄ってきて「私はあなた以上のものを知っている」と誘惑してきます。

でも、世界は多元的だと知ると、見え方がガラッと変わります。

親も親で、あれはあれでいい、でも私は私、と思えるようになります。動じなくなるし、罪や罰もなくなります。

 “適切な反抗”とは、本来生きる世界への入り口となります。

 

 

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