理不尽さを「秘密」とすると、人間関係がおそろしく、おっくうなものとなる。

 

理不尽さを「秘密」として隠し持つようになると、人間関係が気まずいものとなります。
人間も一階部分ではネガティブな感情が渦巻く世界ですが、そこを都度キャンセリング(ストレス処理)していく必要があります。

 
例えば、相手がおかしな行動をした、失礼な言動があれば、

「どうしたの?」とか
「失礼なこといわないでください」といったことをその場で言い返す必要があります。

 

 

会社で無理な仕事や目標を課されれば、時には「それはできません」ということも必要です。
(No といわないことの美徳を称揚する経営者がいますが、それはそれが自分にとって都合がいいからです。)

 

 

理不尽さを「秘密」として持つことが習い性となっていると、そうしたことができず、相手がおかしなことをしたら、それはすべて「秘密」となってしまい、自分で抱え込むこととなってしまいます。
人間関係はどんどんと、気まずいものとなります。
 

世の中は理不尽なことだらけです。

人間は、頻繁に解離(発作)を起こしています。
そのため、まともに見えてもおかしな言動は日常茶飯事です。

そのすべてを「秘密」としてしまっては、生きづらくもなって当然です。

そのうち、逃げ場がなくなって、誰とも付き合いたくない、と人間関係が「おっくう」になってしまいます。

 

 
小さい子どもにとっては、親は「神」ですから、その神が理不尽な行動をとる、ということは、なかなかショッキングなものです。そこを正当化して、「秘密」として隠して、ということはしばしばあります。

 
例えば、あるクライアントさんの親は、応答が不自然で、自然な会話が成り立たない。
電池が切れたように急に黙り込んだり、
ある時は、なんでそんな冷たい応答するの?、というような会話になるそうです。

その時に、良い子ほど取り繕うために、それを「秘密」としてしまう。その場を取り繕うためにぶつぶつと一人芝居のように、独り言を言うようになってしまう。

 

 

漫才のつっこみみたいに、「おいおい、どうしてん!」となれば、その理不尽さはキャンセルされるのですが、なかなかそれができません。
理不尽さを「秘密」としているうちに自己愛が傷つくと、人間観が歪んだまま発達が止まってしまいます。
相手は「神」のままか、「神が堕落した化け物」のような存在としてしか見えなくなってしまい、どちらにしても、ありのままには見えなくなります。

相手は「神」か「化け物」だから、つっこめくなるのです。
ありのままに見えないというのは、神の似姿としての立派な人間がおかしくなった(化けにものになった)と感じられるということ。そうなると、秘密にもしたくなります。

 

 

一方、普通の人たちの世界観、言い換えれば、落語の世界観のようにもともと人間とはどうしようもないものだと思っていれば、それは滑稽となります。
私たち人間は、落語の主人公たち、江戸っ子みたいに、人間はどうしようもないものととらえていて、少々怒りっぽく、ユーモアがあって、つっこめるほうがいい。
実はそのくらいで普通なのです。

「おいおい、どうしったってんだよ!」
「いい加減にしなさいよ!しまいにゃあ、怒るよ!」
「あいつは、頭でもおかしくなっちまったのかね!?」と。

 

 

おかしな行動を、奇怪で、おどろおどろしいもの、としてとらえずに、ユーモラスなものととらえて、つっこむことは、自然な行為です。

ということは周囲の普通の人たちも、どんどんとこちらにもつっこんできます。
「~~さんって、こういうところあるよね。」とか、
「~~さんって、自分のこと何も話さないよね」とか、

そうして人間関係は豊かなものとなってきます。
しかし、トラウマを負った人は、そのつっこみを「攻撃」ととらえてしまい、自分の奥底に立ち入ってこられた感じがして、さらに人間関係が怖くなってしまう悪循環に陥ってしまうのです。

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

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お悩みの原因や解決方法について

 

理不尽さを「秘密」とすることは、トラウマ、生きづらさを生む

 

トラウマを負った人は、自分のウソや隠し事をする代わりに、家族など周囲の理不尽さを内側に隠し持つようになります。
いわゆるアダルトチルドレンとは、「依存症の親を持つ子ども」という意味ですが、親が酒を飲んで、くだを巻いたり。親同士がケンカをしていることであったり、あるいは、母親が男性を連れ込んでいる姿であったり、ということを「秘密」として隠し持つようになります。

 

 

(参考)→「<家族>とは何か?家族の機能と機能不全

 

 

「自分」のウソや隠し事は健全な自我を育みますが、環境からもたらされる理不尽さを「秘密」として隠し持つことはトラウマとなり生きづらさを生みます。

なぜなら、トラウマとはストレスや理不尽さを記憶として処理できない“記憶の失調”のことを言うからです。

 
私たちは通常、ストレスや理不尽な目にあったときは、ストレスホルモンが急上昇して、理不尽さに感情をぶつけることで、それらを中和して処理します。脳内では偏桃体や海馬がそれを担います。理不尽さは記憶として整理されて収められていきます。
しかし、理不尽さを当たり前のこととして、「秘密」として内面化することになれてしまうと、それが条件づけられてしまい、ストレスホルモンのセンサーが狂い、偏桃体や海馬が機能しなくなっていきます。理不尽さは記憶として処理されず、冷凍保存されて残ってしまうのです。
またストレスのセンサーが狂うことで、例えば、嫌なこと、理不尽な目にあっても、その場では対処できなくなってしまうのです。
何にも感じずに固まるか、血の気がスーッと引くような感じになります。

そして、その場ではクールに対応していますが、のちにストレスホルモンが上昇してきて、自分の中では、反省大会、次回へのシミュレーションなど、頭のぐるぐる回りが始まって、家でもリラックスできず、眠れない夜を過ごすことになるのです。

 

 

 

例えば、筆者も実家が自営業で、子どものころは夫婦げんかが当たり前でした。
ある時、自営業の父親について、お客さんの家に配達にお手伝いに行きました。その際にその家に子どもがいて、筆者が玄関先で配達が終わるのを待っていると、大人が見ていないときに筆者に意地悪をしてくるのです。
「お前なんでここにいるねん、しばくぞ」と耳元で囁いてくるのです。
大人が見ている時は、その意地悪な子どもは知らんぷりをしています。

筆者は、そのことが怖くて固まってしまっていました。

なぜ、子どもがそのようなことをしてくるのか、まったく意味が分かりませんでした。そして、反撃もできず、それは父親にも言えずに、理不尽さはその意地悪な子供と筆者との間の「秘密」となってしまったのです。

おそらく筆者の場合は、夫婦げんかなどで理不尽さが条件づけられているところに、外での理不尽を経験しても、血の気が引いて対処できなくなっていたということだったのだと思います。
こうしたことはパターンとなって、大人になっても苦しめられるようになります。

 
レイプなどの被害者は、レイプという出来事自体もひどいことですが、なにより、加害者との間に「秘密」を抱え込むことが、とてつもないダメージとなってしまうのです。

 

 

 

震災などの自然災害や事故でもこうしたことは起こります。災害はあまりにも理不尽な出来事です。それを周囲とうまく共有できずに「秘密」として抱え込むと、最初は淡々としていても、ある時うつ状態になってバタンと倒れてしまいます。

 
会社でもそうです。
職場では理不尽さは横行しています。それをうまく発散できれば良いですが、真面目な人ほど抱え込んでしまいます。会社という閉鎖空間の中で理不尽な上司の発言、無理な目標は会社や上司との間の「秘密」となってしまい、家族にも言えずにトラウマとなって苦しめてしまうのです。
いつしか、真面目な人は、他人の理不尽さを引き受ける「ゴミ箱(ガーベージ)」として扱われてしまいます。

 

 

 

機能不全家庭の親や、自己啓発のグルやブラック会社の経営者などが言うように、「愚痴を言うな」というのは、まったくのデタラメで、愚痴を言うことは良いことです。
理不尽なことを「秘密」とせず、それは理不尽だ、と宣言することですから。ぐちぐち、ぶつぶつと、愚痴は言ったほうが良いのです。

 
このように、理不尽さは都度はねのけて、外側にはき出し、適切に「外部化」する。そして、自分の内面は隠し持つことで健全な自分ができて生きやすいとなります。

 

 

 

しかし、トラウマを負っている人は、その逆に、自分とは関係のない理不尽な出来事を「内面化」させられ、自分の隠し事は隠し持つことを許されないまま、ニセ成熟で大人びた状態で生きさせられているのです。

 

そして、自分の「隠し事」を持とうとしても、それがやましい「秘密」のように感じられてしまい、自我を確立させることができなくなったり、成熟が遅れてしまいます。

 

 
トラウマを負った人は、人に対して内面を開示しない人になってしまうか、逆に、(まれに)何でも開示する、妙にあけっぴろげな人になったりして、どちらにしても本当の意味で人とつながることができなくなってしまうのです。

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

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お悩みの原因や解決方法について

 

ウソや隠し事がないと生きづらさが生まれる

 

ウソをついたり、隠し事をするのは、発達の過程ではとても重要だとされます。ウソや隠し事をすることで、自と他との区別が初めてできるからです。ウソや隠し事を通じて人間は自我を確立していくのです。
(育児や発達の本を読むと登場してきます。)

 

人間とはクラウド的な存在です。
自分というものが初めから存在しているわけではなく、外来要素を内面化して束ねているのが自分です。オープンなスマートフォンのような状態です。スマホ本来の機能は何もない。

ただ、写真やメールなど自分のデータを暗号化して外から読み取れないようにしたときに、はじめてその部分が「自我」になる。

だから、ウソや隠し事はとても大切なのです。

 

 

機能している健全な家族、安定型愛着の家庭であれば、ウソや隠し事もある種のユーモア(諧謔)で対応されます。
「なんちゃって!」が通用することがすごく重要です。
もちろん、「ウソや隠し事はダメよ」とはなりますが、実際は「ウソや隠し事もときにOK」「仕方がないな(人間というのはそういうものだ)」として柔軟に運用されているわけです

(参考)→「<家族>とは何か?家族の機能と機能不全

 

 

機能不全家族の場合は、逆に、とても厳格に真面目に運用されます。人間のイメージが宗教画のように清らかで完璧です。そこでは、「ウソをつくな!」といって、ウソや隠し事は封じられてしまいます。

 

 

 

あるいは、親が機能していないために、子供が「優等生」となり、親代わりにしっかりしている、という場合もあります。

そこでは、子供がしっかりしているから自我が芽生えているか、というとそうではなく、子どもらしいうそや隠し事ができないまま、子役のようにニセ成熟として親代わりを演じているだけです。ですから、大人になってから「自分がない」という状態になり、苦しむことになります。

 

 

 

ブラック会社やカルトなどはある種の機能不全職場ですが、そこでも、「ウソや隠し事は厳禁」で「社員は素直であること」が強いられます。上司が「俺の目を見ろ!」として、ウソや隠し事がない状態を強います。

社員は隠し事なく、会社の指示に従う。それがいいように聞こえますが、全然そんなことはありません。

昔、元ソニーの社員が書いた「できる社員はやり過ごす」という本がありました。つまり、上司も万全ではないので、健全な組織では、時に上司の指示をやり過ごしたり、部下たちは自分たちの裁量でこっそり開発したり、仕事を進めたりしていた、ということです。

 

 

最近はやりのガバナンスというと、すべてが透明で、指示が徹底される、というように思われていますが、健全な職場というのはそうではなありません。機能する家庭のように、ある意味いい加減で、社員それぞれは秘密はありますが、全体としては成果を上げるように頑張っている、というものです。

 

 

 

トラウマを負った人は、過度に真面目です。隠し事ができません。建前と本音が嫌いです。使い分けることができません。それはピュアでいいこととされますが、実は、真面目で隠し事ができないことが、「自分がない」という生きづらさを生んでいるのです。

そして、“本当の自分”を外に求めてさまようことになります。

 

(参考)→「<家族>とは何か?家族の機能と機能不全

 

 

 

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親からの暗示で、感情、怒りを封じられる。

 

親からの暗示で、さらによくあることとしては、感情、とくに怒りを封じられる、ということがあります。
怒りというのは、自分を守るためのもので、ストレスに対処して、記憶を処理するうえでもとても重要です。

そして、怒りは決して大きな怒りばかりではない、小さな怒りというのは日常にあって、それはテンションをコントロールするうえでもとても重要です。

普通の人たちを見るとよくわかりますが、小さな怒りはそこここにある。

「なんだよ!!お前、ひどいな!」といいながら、友人同士、同僚同士で小さな怒りをやりとりしあう、というのはよくあることです。

その小さな怒りでテンションを上げて、人同士はつながることもできるのです。

 

 

 

一方、もし怒りを封じられてしまうと、人同士がつながることがうまくできなくなってしまいます。
「ほら、あなたはすぐに怒る。親戚の~~さんみたいだ」
「すぐ怒るから、あなたは誰ともうまくいかない」
「親に向かって怒るとはひどい人間だ。あなたはおかしい」

といったように、感情を先回りして封じられることがあります。また、怒りは、受け止めてくれる相手がいないといけないのです。でも、先回りして暗示を刷り込まれることで受け止められることもありません。それをされると、人間が機能するうえで必要な怒りも発散できなくなります。

 
怒りが発散できなくなると、

怒りが脳内に帯電して、感覚麻痺や過敏を引き起こしたり、脳の過活動で低血糖状態を引き起こしたり、人間関係で計算違いを引き起こしたりして特に対人関係がうまくいかなくなります。

 
もちろん、怒りを封じられても怒っていることがあります。
例えば、機能不全家族の中で、ずっとそのことに怒っている子供はいますが、それは、本当に怒っているわけではなくて、「非機能的な怒り」といわれるものです。
本当に心から怒って、発散しているというよりは、捻じ曲げられてゆがめられたような怒り、発した後に後悔が襲ってくるような怒りです。

あるいは、怒りでキレて、てんかんのようになかば人格がスイッチしてしまって、自分ではない、親が刷り込んできた「おかしな人間」の自分が前面に出てくるような怒り、もあります。本来の自分ではないので、むしろ怒りはたまるばかりです。

 

 

そうした「非機能的な怒り」は、本当の怒りの発散にはつながらずに、怒れば怒るほど、後悔が襲ってきて自尊心は傷つき、ますまず頭で帯電してしまいます。

 

 

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親が子に植え付ける負の暗示

 

私たちは、まさにそのものといってもよいくらいに環境を内面化しています。環境≒自分 といっても過言ではありません。一番の影響は、長い時間を過ごす家族からの影響です。

 

 

セッションをしていて、クライアントさんからよく耳にする親からの暗示は、
「あなたは素直ではない」

「あなたは、(家族親戚の中で厄介者とされている人物)によく似ている」

「あなたは協調性がない、どこに行っても通用しない」
など、といったこと。
親がどうしてそんなことをするのか?ということは、おそらく突き詰めれば、生物学的にどうもそうらしいとしか言えませんが、

親だから愛情を持っている、というのは神話で、
親も子に嫉妬するし、恐れるし、
子育ての大変さにイライラもするし、
家庭の中も小さな社会だから、そこを支配しようという支配欲もあります。

 

 
支配のために手っ取り早いことは、裏ルールは隠して、表ルールのきれいごとだけでゴールポスト(善悪の基準)を勝手に動かすこと、

ゴールポストを勝手に動かしていると、そのうち子供も疑問を持ち始めます。
それをごまかすために次にすることは偽の成功例(失敗例)を作ること、派閥を作ること。

兄弟がいれば、兄弟に理想の「優等生」を作って、
それに従わない子を「素直じゃない」として貶めます。

実際に成功例があるものだから、叱られた子は真に受けてしまい、自分を責めて追い込んでしまいます。

皮肉にも、素直であればあるほど「素直じゃない」といわれるものだから、さらに素直になろうとして、親からの罵倒を内面化してスポンジのように吸収してしまいます。

「素直じゃない」とはかくも恐ろしい言葉です。

 

 

兄弟がいない場合(いる場合でも)は、家庭の外に理想の優等生像を作り出します。親戚や近所のお兄さん、お姉さんだったり、架空の子どもだったり。

あるいは、親戚の厄介者、たとえば鼻つまみ者で知られるおじさん、おばさんを例に挙げて、「あなたはあの人に似ている」と繰り返し子供にレッテルを貼ります。

すると、子どもはそのレッテルをはがそうと一生懸命自分を変えようと努力します。
よく考えれば、そんな努力は最初から必要ありません。
なぜなら、そのレッテルは真実ではないから。

そうして努力をしているうちに、自然の植物を造花にするかのように、本来の自分が歪められ、自分が何かもよくわからなくなってしまいます。

 

 

 

「あなたはどこに行っても通用しない」というのもすごい暗示です。

常に、根拠なく、自分は異質で他者から受け入れられない恐怖を植え付けられます。その恐怖から逃れるために、対人関係で必要以上に気を使ったり、相手に合わせたり、ということをしてしまうようになるのです。
そして努力して、自分を変えようとして、苦しみを与えた加害者であるはずの親に、そうとは知らずに、「私は変わった?」「いい子になった?」と承認を求めてしまうのです。すると、またゴールポストを勝手に動かされて、苦しみを与えられるという無限ループにはまっていっています。もし、認められるとしてもそれは「行動の結果」であって「存在そのもの」を認められることはないのです。

詐欺師にだまだれた人が、だまされてもなお詐欺師を信じて「どうしたらいい?」と当の詐欺師に相談するかのようです。とんでもない矛盾ですが、こういうことが起きます。

 

 

 

自我の形成期である、子どもにとって親は“神様”です。
“神様”から、上記のような負の暗示を植え付けられるわけですから、その暗示はなかなか落とせるものではありません。
よくセラピーで「真のビリーフ」「コアビリーフ」などといって、それらを解きます、と喧伝するものがありますが、本当にうまくいったケースを聞いたことがありません。
なぜなら、“神”からのご託宣ですから。セッションで変えようとしても上書きされてすぐまた元に戻ってしまうのです。

 

 

 

結局、クライアントさんは、その答えの出ない暗示をずっと解こうとしてぐるぐる考えさせられています。

「どうすれば素直になれるのか?」
「人と仲良くするためにはどうすればいいのか?」
「自分は、人とは違って本質的におかしな人間なのではないか?」

 

そして、親は、自分たちにとって都合のよい「表のルール≒二階部分」しか教えていませんから、子どもは、裏ルール≒1階部分が分からないまま、痛い目にあい続け、特に人間関係で負け続けてしまいます。
人に聞いてみても、裏ルールは野暮なことで誰も教えてくれません。本当は、皆それぞれに不幸で、それぞれにうまくいっていないものなので、チキンレースをしていたりするのですが、それは隠されたまま、自分はできていると見栄を張ったままです。

 

うまくいっているように見える他者に

「どうすれば素直になれる?」
「私っておかしくない?」

と相談すれば、

「もっと話し方を変えれば?」
「明るくすればいい」
「空気が読めないからじゃない?」
といったような余計なアドバイスが返ってきて、

 

真面目な子供はそれを真に受けてしまい、

「(他者はできているのに)自分だけできていない」
「(他者はできているのに)自分は友達もいない」
「(他者はできているのに)自分は仕事もできない」

として、
また自分を変えるための当てもない努力を強いられることになるのです。

 

 

その頭の中では、

「あなたは素直ではない」

「あなたは、(家族親戚の中で厄介者とされている人物)によく似ている」

「あなたは協調性がない、どこに行っても通用しない」

という親の暗示が、ずっとこだましています。

 

 

 

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主婦、ビジネス、学校、自己啓発・スピリチュアルの世界でも幻想のチキンレースは蔓延っている

幸せイメージ、こうあるべき、という幻想のチキンレースは、主婦、会社員、学校でも氾濫しています。

 

クライアントで主婦をされている方が悩むのは、
「主婦としてこうあるべき」「妻としてこうあるべき」「母としてこうあるべき」という圧力。
「ほかの奥さんたちはテキパキうまくやっているのに」
「私は(子どもは愛情をもって接しないといけないのに)子供にイライラしてしまう」

「私は子育てがうまくできない」

といったことで苦しんでいます。
実はこれも、試験勉強で勉強をしているのにしていると正直に言わない同級生と同じで、ほかの奥さんたちもそれぞれにできておらず、それぞれに不器用なのです。
でも本当のことは誰も教えてくれません。

(お客さんには冷蔵庫の中身は隠すものだし、散らかった部屋はカーテンをするものです。ありのままには見せてくれません。)

 

 

最近は芸能人ママ、カリスマ主婦がTVに出たり、本を出したりして、そのファッショナブルなイメージと比べて、自分はうまくできていない、と感じています。

自然体で、肩の凝らないママ像、主婦像も広まってきて、それ自体は良いことなのですが、今度は、自然体ではない自分と理想とを比較して、苦しむ人が出てきます。
実は、芸能人ママも、カリスマ主婦も当然ながら、見せたい部分だけを見せる演出が入っています。彼女らは、そうしたイメージを商品として世に出ているタレント達ですから、どれだけ自然体に見えてもリアルな姿ではありません。

それはフィクションであり幻想なのですが、真面目な人、悩んでいる人ほど真に受けてしまいます。

 

 

 

幻想は家族からももたらされます。

あるクライアントさんは、仕事と家事を両立できない、ということで悩んでいました。

すべてを完璧にしようとしてうまくいかず、ストレスから夫に暴言を吐くようになって、離婚寸前までいっていました。

カウンセラーは、両立なんて無理ですよ、といいますが、どうしてもその忠告は頭に入りません。

母親が完璧な主婦だったからで、そのイメージを忠実に内面化しているため、どうしてもそこから撤退することはできないのです。

 

「パーフェクトマザー」という極端な幻想は最近はなくなってきましたが、いまでも現代的な形で形を変えて幻想は続き、自分ができていないことは隠し、我慢しあうチキンレースは続いています。

 

 

 

 

職場でも同様です。
「デキる人」「デキるビジネスマン」という幻想はあります。

これも実はビジネス書であったり、社内の見栄で作られた幻想にすぎません。
人間の能力はそれほど差があるわけではありません。
単に見せ方がうまかったり、装飾されていることも多いのです。

少し前までは、残業してバリバリ働くことが善だったわけですが、最近急速に、それは「ブラック」とされるようになりました。
「時代のせいだ」というかもしれませんが、生物学的には同じ人間ですから、今と昔で何が違うのでしょうか?
今でも過労死するのであれば、昔も同じくしんどかったはずです。

結局、皆無理をしあう苦しいチキンレースをしていただけかもしれません。

 

 

 
かつて、中国の毛沢東の時代に、
「農業は大寨に学べ、工業は大慶に学べ」といって、共産主義社会の成功例をされていた地域がありました。
当時は日本など海外で共産主義を信じる人たちも、成功例として信じていました。
実はのちにわかったことは、それは役人が出世のために作ったヤラセで、本当は宣伝されていたようにはうまくいっていませんでした。

しかし、成功例があると知らされると、疑問を感じていても、自分たちはできていないだけと感じて、無理をして頑張ろうとしてしまいます。
結果、中国では無理な政策によって大飢饉が起きたり、多くの人が餓死したりといったことが起きてしまいました。

 

 

宗教の世界でもこうしたことはあります。

モデル、成功例を出して、「あの人はうまくいっている(デキていないあなたたちは足りていない)」として、信者をコントロールしようとします。

でも、実際はそのモデルの信者はただふりをしているだけで、実際はうまくいっていなかった、ということがあります。
オウム真理教でも解脱したとされる幹部たちは、「解脱したふりをするワーク」をしていたそうです。

 

 

 

機能不全家庭では、兄弟がいた場合にある子を「良い子」としてモデルにして、他の子どもをコントロールしようとします。
疑問を持った子供は「素直じゃない(だから愛されないんだ)」といって押さえこまれてしまうのです。

 

 

ビジネス本、自己啓発やスピリチュアル本の世界でもこうしたことはあります。
華々しく成功した、~~の方法で一週間で億を稼いだ、~~を引き寄せて幸せになった、といった内容の本があります。
その内実はどうだったか?を伺ったことがあります。

実は本を売るために事実が装飾されていたり、継続できない一時的なものであったり、本当はもうかっていなかったり、カリスマといわれながら社内や家庭内はボロボロだったり、のちに不正などで摘発されたり、疑問を持った読者を追い出したり、などなど

本に書いてあることはまったくの嘘ではないかもしれませんが、ありのままではありません。

セミナーで登壇するカリスマは、演者としてカリスマを演じているのです。

 

 

でも、トラウマを負った人、真面目な人は実際のことはわからないまま、真に受けてさせられてしまっています。

成功例のようにうまくいかない自分を責めて、悩んでしまうのです。

(さらに、「成功を引き寄せるためには、素直になりなさい。ポジティブな部分だけを見なさい」といわれていますから、余計に疑問は持ちづらいです。)

 

 

これも、一階部分(裏ルール)を知らないまま、二階部分だけで生きることを余儀なくされているからかもしれません。

 

環境(クラウド)からもたらされる幻想はあちらこちらにあって、解決手段であるはずのものや助けてくれる人の中にも幻想は埋め込まれています。

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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世の中の幸せイメージは実は幻想かも

 

カウンセリングをしていて、
クライアントさんが共通して悩んでいることとして、自分は普通の人と比べておかしい、不幸である、ということです。
例えば、友人がほとんどいない。
私は結婚もしていない、家族もいない、といったようなこと。

 

 

実際にお話をお伺いすると、確かにそうです。
なるほど、その通りなのです。

そこで感じる苦しみも他人が相対化できるものではありません。

よく自己啓発などやポップ心理学が言うように、
「あなたの考え次第」といったようなことでは解決できない。

なぜなら、本当に本当に辛く、苦しいからです。
ホームレスなど経済的に苦境にある方などもそうですが、
ネットワークから切れてしまい、また社会からのまなざしも影響して、本当にそこから抜け出せなくなる。
本人の意識、考え方ということだけでは解決などできない。
本人を苦しめる考えというのはクラウドを通じて本人の外からやってくるのです。

 

 

 

その苦しめる考えというのは負の暗示であり、暗示であるという点である種の幻想です。実際ではありません。でも、個人の思い込みなどではない。

 

 

例えば、友人がいない、ということについても、実は、普通の人も案外いないのです。

 

筆者も、昔、海外留学していた際に知り合った年上の友人がいて、その人は、とても社交的でした。
何人も彼女を作るような人でした。
自分とは違うな、と思ってあこがれていました。

しかし、ある時、語学学校のアクティビティで、課題に取り組んでいた時に、友達に関する問いに対して、その社交的な友人は、「友達を作ることは難しい」と書いていたのです。

筆者はそれを見て驚きました。

筆者は友人との付き合い方がうまくわからなくなって落ち込んでいた時期だったので、自分だけが友人を作るのが難しいと思っていたのです。
でも、その社交的な友人にとっても「友達を作ることは難しい」ことだったのです。

 

 

 

「友人がいない≒人間性に問題がある」という誤った観念が世の中にはあるように思います。でも、それらは実際ではありません。誰でも友人を作るのは難しいし、厄介です。

友人に裏切られたり、がっかりさせられたりすることも珍しくないことです。

 

 

でも、だれも、その裏ルール「一階部分」をわざわざ教えてくれません。だから、チキンレースのように心を病むまで我慢し、取り繕い続けるのです。

最近は、大学でも、便所飯といって、一人でお昼を食べる恥ずかしさから、お昼をトイレの個室で食べる人がいるそうです。それも、「友人幻想」からくる作られたコンプレックスなのかもしれません。

 

 

 

大嶋先生が書籍で書いていますが、
釈迦の逸話で、
夫と子どもを失った女性がおかしくなってしまって、釈迦(ゴータマ)に相談します。
すると、釈迦は、「一度も死者が出たことがない家から、からし種をもらってきなさい」といって、村の家々を歩き回らせます。

 

その女性が訪ねていく家々では、「実は、私の家でも・・・」といって、どこの家にも不幸があったのです。
そうしていくうちに、女性の悩みはほどかれていきます。
この逸話で大切なのは、その女性個人の考え方を変えたから悩みがなくなったのではない、ということ。

おそらく、その女性も、「家族を失う≒穢れている」という共同体(クラウド)の幻想に縛られていたのだと思います。
その幻想は、個人の意識ではどうにもならない。個人の意識転換だけで乗り切ろうとすると、つっぱったり、ひらきなおったりと奇抜な言動に陥ることも多い。

でも、共同体全員が、「実はうちでも・・・」と、ある意味「裏ルール(一階部分)」を確認し合ったことで、
チキンレースは終了し、クラウドから流し込まれる(上書きされる)幻想がなくなったことが解決につながるポイントだったのです。

 

 

 

悩み、トラウマにさいなまれると、裏ルールは本当にわからなくなります。実は、だれも不幸であることは隠そうとするのです。

最近は、芸能人のぶっちゃけ話を放送する番組が増えましたが、そこで語られるのは、華々しく見えても、皆それぞれに不幸であるということです。

明石家さんまさんも、離婚で、自宅の借金を何億も背負ったそうです。でも、その当時は、お笑い界に絶対的に君臨する順風満帆な人にしか見えていませんでした。そんな苦悩はその時は隠されています。

 
昔、中学生の時に、中間、期末試験の際に、「どのくらい勉強した?」と聞くと、「勉強していない」と真顔でウソをつくやつが何人もいました。
当時、ウブだった筆者はそれを信じて「勉強していないのに、あんなに成績がいいのは、(勉強している)自分は劣っているのかも」と思ったことがあります。でもそれも“幻想”でした。

 

 

中学生でもそうなんですから、大人の世界はもっと見栄っ張りで、ウソや虚構も多いことでしょう。

特に、私たちはテレビやネットの影響をものすごく受けます。
テレビは、あくまで「TVショー」であり、作られたショーですから本当のことではないのですが、なぜか真に受けてしまいがちです。

 

 

それも「裏ルール」がわかれば、「なんだ、みんなそれぞれに苦労があるし、大したことないんじゃないか」となります。
「自分だけ、人とうまくいかない」
「自分だけは、親もひどいし、愛着が安定している人にはかなわない」

と悩んでいる人はたくさんいます。
でも、それ自体がクラウドから流し込まれた幻想です。

ただ、繰り返しになりますが、「本人の考えを変えれば解ける」といったような簡単なものではない。

クラウドからの上書きされる影響もシャットアウトして、はじめて幻想から抜け出すことができます。

そこに悩み解決の核心が見えてきます。

 

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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トラウマの世界観と、普通の世界観

トラウマなどで自己愛が傷ついた方は、ややこしい人を好きになる傾向があります。自分が何とかしてあげたい、と思う人に惹かれます。

 

ストレートではない、ひねくれたような
ややこしいやり取りが好きです。

そうして、心が擦れ合うようでないと実感がわきません。

その心が擦れ合う状態が、「恋愛」だと錯覚しています。
たまに、愛着が安定した普通の人がやってきますが、つまらなく感じてしまいます。

そして、またややこしい人に惹かれてしまいます。

 
これは恋愛に限りません。

日常や仕事でもそうで、旅行だとか、イベントだとか、成功だとか、大きな刺激や冒険でないと
幸せとは感じられません。

日常とは空疎で、つまらないものと感じられてしまいます。

今の自分は成功者ではないと感じています。
一生懸命、坂の上の雲を追いかけようとします。
こうした感覚は、文学の世界などや、起業家、政治家なども持っていて、彼ら(彼女ら)が書く作品や発言には、その世界観が反映されます。

 

 

 

しかし、精神科医やカウンセラーから見ると、名を成す人というのは自己愛が傷ついた人が多く、その考えには彼らの世界観が投影されています。自己愛の傷つきが活力となって才能と結びついて、爆発的な成果を産みます。

成果が上がることはまれなことで、多くの場合はそうではありません。
多くの人は、もがいて、もがいて、疲れ果ててしまいます。

 

 

 

ただし、“成功”できないからといって、それが悪いことではありません。
実は、成功や幸福や成長(「自分を治そう」)ということ自体が、自己愛を傷つける原因を作った人たちから刷り込まれた幻想だからです。
「(愛情(成功)が与えられないのは)お前が素直な子じゃないからだ」
「いい成績を取らないと(成功しないと)、生きている価値がない」

といったように。

釈迦の掌の上で、踊らされた孫悟空のように、飛び回らされますが、“成功”とは、実はそれ自体が、非愛着的(トラウマ的)なスキームであった、というわけです。
一方、トラウマが取れてきて、愛着が安定してくるとどうなるか、というと、

例えば、日常で、
ぶらぶらと散歩していて
猫があくびをしているのを見つけたら、心が和む。
道端の花に目が行く。
というように、日常の些細なことで満足できるようになります。

また、
トラウマを負っているときにはあった、あのファンタジックな、ヒロイックな感覚が襲ってこない。
運や縁に任せる感覚がある。
不安感がほとんどない

ということもあります。

 

 

トラウマが取れて気が付くのは、トラウマを負っていた時の感覚っていうのは、結局、症状だったということ。

刺激を渇望するように、成功だとか、自分を治す、といったことを追いかけていたけども、それらは必要なかった、ということです。

日常とは“つまらない”もの、だけど、つまらないからいい。
そこにこそ安定であり、本当の幸せ、よさがある、ということが分かるようになってきます。

 

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

●よろしければ、こちらもご覧ください。

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お悩みの原因や解決方法について

 

自分に問題があるという前提の取り組みは、最後に振出しに戻されてしまう

トラウマを負った人は、頭のいい人や本当は力のある人が多いです。過酷な環境をサバイブしてきていますから、サバイバル能力もあります。向上心もあります
そのため、自分の弱点や、悪いところを改善しようと一生懸命になります。ビジネス書を読んだり、自己啓発の本を読んだり、セミナーを受けたり、セラピーを受けたりと、一生懸命に取り組みます。

 

そして、弱点の発見→解消、弱点の発見→解消、と続けていきます。

最初は、ぐんぐんと成長している、ように見えます。
それを糧にさらに努力します。また、成長を感じます。
さらに頑張ろうとします。少し疲れてきます。
でも、頑張ろうとします。周囲とのギャップを感じ始めます。さらに疲れます。
もっと頑張ろうとします。周囲から批判が来ます。
あれ?と気持ちが折れてしまいます。
もうこれ以上は頑張れなくなってしまいます。
最後にはまた元に戻ってしまう。結局、成長していない自分に直面するのです。
ジェットコースターのカーブのように上がった果てに、落ちてしまうのです。

 

なぜでしょうか?

 

 

 

弱点の発見→解消 ということで自分を高めるやり方は、
自分の愛着の土台を掘り崩していってしまうからです。
おもちゃのジェンガのように、掘り崩しては上に立て、上に立て、としていくので、最後は崩れてしまうのです。
さらにいえば、自分の弱点そのものが養育環境で刷り込まれた幻想(負の暗示)です。最初に一言、「お前は変だ」「お前はよくない子だ」という呪い、スティグマを貼られたために、その解消の旅に出る主人公です。

 

 

本当に必要な前提は、自分は大丈夫、と知ること。本来、親にしてほしかったこと(愛着)を自分にするということです。
(でも自分だけでは暗示が解けないからカウンセラーの力を借りることになります。)

ただ、あまりにも生きづらく、苦しいために自分を改善しようと躍起になってしまうのです。

 

 

 

あるクライアントさんは、
自分は醜い、人よりも劣っている、という考えの元、
美容整形をしたり、一生懸命にセミナーや、セラピーをあちこちに受けに行っていました。カウンセラーから見ると、容姿は美しく、チャーミングですが、本人はまったくそうは思っていなかったのです。
人からほめられたり、大丈夫ですよ、といっても、励まし、お世辞ととらえて、まったく満足することはありません。
良くなって、もうカウンセリング終結というところまで行きましたが、友人からひとこと言われた言葉で、「私は何も変わっていない」とパニックに陥ってしまいました。
(カウンセラーから見れば改善しているのですけれども)

次から次と改善点を見出しては、振出しに戻ってしまうのです。

 

 

 

自分を自覚的にとらえて高めようとするのはポップ心理学や自己啓発と相性のよい価値観だったりします。

 
よく考えると、そこで語られていることは、昔自分をひどい目に合わせた親の言葉と変わらないものです。
「自分がおかしな人間だと認めて、もっと努力しろ」ということですから。

 

 

 

 

トラウマを生む虐待、ハラスメントとは、存在(Being) を 行動面(Doing や Having) にすり替えて、ダメ出しして負の暗示を入れていくことです。

 

 

 

仕事で知識がない、経験がない、とか、試験に受かるために勉強する、スポーツで頑張る、といった行動面(Doing)では一定の努力は必要かもしれません。

しかし、存在(Being)という領域に関して、自分を高める必要などまったくありません。もともとちゃんと自分はありますから。むしろ、適当に、自分に甘く、ゆるく、そこにあるだけでいい。なりたい自分は年表の先にあるのではなくて、今そこにある、ということなのかもしれません。

 

 

 

自分はおかしな人間だ、という幻想からスタートさせられているため、トラウマを負った人は、自分を否定しながら努力を続けさせられ、水が漏れるようにスキル、経験が積みあがらず、最後に振出しに戻るパラドクスに陥らされてしまうのです。

 

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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お悩みの原因や解決方法について

 

裏ルールを身に着ける方法はあるのか?

 

裏ルール(一階部分)は
本来は、学校や地域などでの人間関係、の中でもまれて身に着けていきます。

 

例えば、
ちょっとしたやり取りでなぜか友達や先輩がへそを曲げた。うそをついたり、隠し事をしたりといった経験。
信頼している友達に裏切られたことがある、など。

そうした中で、他者が自分とは同じではないことを体感していき、どうすれば、相手の“ややこしさ”を引き出すことなく、うまく付き合えるのか?を学んでいきます。

 

 

友情や信頼、といった表面的なキレイゴト(二階部分)ではなく、その土台にあるどろどろとした人間の在り方(一階部分)を知るようになります。

 

 

 

ただ、トラウマを負った人は、そこを回避して、ファンタジー、ニセ成熟状態で生きていますから、二階部分(キレイゴトの表ルール)のみで一階部分(裏ルール)が抜けてしまって、社会に出たときにうまく対応できなくなるのです。

 
※学校というのは、ローカルな全体主義がはびこりやすいところですから、かならずしも学ぶ機会としては万全の場所ではありません。結構難易度の高い場です。

(参考)→「いじめとは何か?大人、会社、学校など、いじめの本当の原因

 
そのために、少なくない人がそこから挫折していきます。挫折することが異常なことではありません。

 

 

 

 

では、裏ルールをうまく身に着けられなかった人が改めて身に着けることができるのか?

臨床の経験でいくつか有力なヒントがあります。

 

 
カウンセリングの中で、生きづらさを抱えるクライアントさんに、生きづらさがなぜ起こるのか?そのメカニズムを説明する中で、裏ルールとは何か?についても整理してお伝えすることがあります。
面白いことは、裏ルールとは何か?を知識として知るだけで、メキメキと安定して、よくなっていくケースがあるということです。
これは、実は普通であれば暗黙知として知っているであろうことをただ知らないだけ、教えてくれる人がいないだけなので知識として知ってしまえば、短期間で急激に成長するということのようです。

 

 

ただし、その際には条件があって、
裏ルールを知らないということを劣ったことであるとカウンセラーもクライアントも思わないこと、自分を「大丈夫だ」と信頼すること、安心、安全な環境があることです。

ティーチング(教示)が挫折するのは、教える側に知らない相手が劣っているという意識があることや、教えられる側も、知らない自分はダメで、ダメだと思われている、という意識があることがあります。

 

 

実は、裏ルールというのは、普通でも異文化を理解するように、知ってはいても、なかなか理解が難しいものも多く、そんなに簡単なものではないのです。実は、人間は誰しも少なからずなんらかの裏ルールが抜けて生きているといえなくもないのです。

 

 
ですから、知らないものを、あたかも学者が研究対象を解明するようにニュートラルに、伴走者や理解者(カウンセラーなど)とともに知っていくというのは、一つの有力な方法です。

 
「自分(あなた)は大丈夫」という土台、器があれば、裏ルールはどんどんと身についていきます。

 
翻って考えれば、裏ルールが身に着けられない足場が奪われる一番の理由は、「お前はおかしい」というメッセージ(暗示)を身近な人たちから浴びてきた、ということかもしれません。

 
実際に、裏ルールは、成人してからも身に着ける機会は実はたくさんあります。ただ、土台や器にひびを入れられていますから、そこから学んだことが漏れていくのです。

 
トラウマを負った人が一番感じるつらいことは、学んでも学んでも経験が積みあがっていかない、という感覚です。

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

●よろしければ、こちらもご覧ください。

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