先日テレビのバラエティ番組を見ていました。
その番組では、ドッキリで、マネージャーがある芸人のケンカネタのマネをして、ケンカのフリをして、仲裁に入った仕掛けられた芸能人に失礼なことを言って反応を見る、という内容のものでした。
いくつかのタレントにそれを試して放送していましたが、その中の一人にイタリア人タレントのパンツェッタ・ジローラモさんがいました。
ジローラモさんが、仕掛け人のマネージャー2人がケンカをしているところに止めに入ったところ、仕掛け人のマネージャーが「うるせえなぁ! お前、日本でのイタリア人のイメージめちゃくちゃ下げてるぞ」と暴言を吐きます。
すると、ジローラモさんが、「殴ろうか?」と一歩前に踏み出して詰め寄ったのです。
視聴者も、大丈夫か?とドキッとする場面ですよね。
筆者はそれを見てて、「なるほど。自尊心っていうのはこういうものだよね」と思いました。
もし、トラウマを負った人ならどう反応したでしょうか?
「いや、もしかしたらそういうところがあるかも?」とか、
「自分でもうすうす思っていたことがバレた」とか、
あと、
「こういう時でも、優しい人、理性的な人でいなければならない」
などと考えて、
絶句(フリーズ)して、反応できないかもしれません。
言葉が出てこなかったりする。
というか、言葉の内容を真に受けて、反省したりしてしまうのです。
さらに、以前の記事でも見たような「加害強迫」みたいなものもあり、怒って相手を傷つけることを恐れたりすることもあります。
(参考)→「加害恐怖(強迫)」
しかし、ジローラモさんは、「殴ろうか?(なんでお前にそんなことを言われなきゃならないんだ?)」と詰め寄ったのです。
これは“正しい(ふさわしい)”反応です。
「自尊心」っていうと、自己啓発や心理の本などを読めば、スマートに、理性的に返す方法が書かれていますが、おそらく、そんなことでは自尊心は身につかない。
相手の言い分にも耳を傾けて、それに対して、理性的に応対して、なんていうことは生き物の姿としておかしい。
例えば、免疫システムなどはわかりやすいですが、外から入ってきたバイキンは、免疫細胞が戦って排除しにいきます。
まずは、バイキンを受け取って・・・なんていうことはしない。
そんなことをしていたらやられてしまうかもしれません。
スマートに理性的に、となると発せられた戯言に巻き込まれやすくなりますし、自分には反撃する資格があるのか?といった余計なことを考えて、反応できなくなる。
被害を受けた側が「自分に訴える資格があるのか?」なんて通常考えない。
加害者の罪と、被害者の側の資格とは全く関係しない。
こちらがどんな人間であっても、相手がおかしなことをしたら「おかしいだろ!」というのが本来です。
自尊心に根拠や資格など要らない。
「自尊心」というのは本来はこうしたもののはずなのです。
もちろん、実際の現場では、例えば会社であれば相手が上司、お客さんであることがありますから、「殴ろうか!」とは言えない場面のほうが多いものです。当然、やんわりとした言い方になります。
しかし、内心では、「なんでお前にそんなことを言われなきゃならないんだ?」という気持ちを持っていることが自然です。
その内心が醸す雰囲気が、「この人は無碍にできないな?」とか、「侵し難いな」と相手に思わせ、それが相手のローカルルールを冷やして、まともに戻す作用があるのです。
(参考)→「ローカルルールとは何か?」
いわゆる理性的な対応というのは、2階以上の「応用技」。
基本は、その土台に「殴ろうか?」といったような意識が必要です。
(参考)→「世の中は”二階建て”になっている。」
それがあるから、応用技にも魂が入ってくる。
冷静にスマートに返せる人、人格者と言われるような人も、それは表面のことで、土台には、「殴ろうか?(なんでお前にそんなことを言われなきゃならないんだ?)」というものが必ずあります。
だから世の中で人望のある人、まとめ役の人ほど、怒りっぽかったり、怖さも持っているものです。
その上でなら、具体的な反応の仕方は無数にあります。
「わ、ひどいこといいますね」といったような反応をしたり、表面的には「そうですよね~」と自虐的になりながら内心では全くそんなこと思ってない、とか。
トラウマを負っているということは、こうしたアタリマエのことに対して、因縁をつけられている状態。
ある意味マインドコントロールを受けている状態。
「あなたなんかにそんな事を言う権利があるはずがない」とか、
「良い子ならば反撃する権利があるが、根本的に悪い子だからそれはできない」といったもの。
(参考)→「自分にも問題があるかも、と思わされることも含めてハラスメント(呪縛)は成り立っている。」
トラウマで苦しんでいる人は、ものすごい一生懸命、頭の中で複雑な連立方程式を解き明かすがごとく、戯言でしかない相手の言葉、理屈を何年もかけて考え続けていたりします。
(参考)→「おかしな“連立方程式”化」
健康な人から見たら、「なんでそんな事考えないといけないの?」と言われてしまうような状態です。
(「嫌だ!って言ってもう会わなければいのに」「もう縁を切ればいいんじゃない?」と)
さらに、そうした因縁を土台にした上で、“反面教師”“解決策”“理想”みたいものでニセ成熟になっていたりする。
(参考)→「“反面教師”“解決策”“理想”が、ログインを阻む」
「自尊心を高める方法」みたいな心理の本、自己啓発の本というのは、そのニセ成熟の上に、さらにニセの成熟をかさねるようなものになってしまうために、真に自尊心を回復させることにならないのです。
人工的なテクニックで1階部分を仮設にしておいて、ログインしないままになんとか相手をコントロールできないか?というものだからです。それをしているといつまでたってもログインできない。
(参考)→「ログインを阻むもの~“私は~”を出すと否定されると思わされてきた」
今回取り上げた、ジローラモさんの反応っていうのは、(もちろんバラエティ番組のちょっと極端な例ではありますが、)自尊心ってどんなものかを知る上ではわかりやすいものかと思います。
自尊心とは、根拠のないものです。
ただ、存在Beingとしてあること自体が、根拠になります。
(参考)→「存在(Being)は、行動(Doing)とは、本来全く別のもの」
だから、免疫システムのように、内心が理由もなくサッと反撃の体制になるのが正しい。
ちなみに、番組では、ジローラモさんが、殴ることなく、マネージャーをフォローして、種明かしをされて事なきを得ていました。
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