ローカルな表ルールしか教えてもらえず、自己啓発、スピリチュアルで迂回する

 

 トラウマを負った方に多いのですが、やはり、養育環境が機能不全家庭であったことが多いため、機能不全家庭のローカルな表ルールしか教えてもらえずに育ってしまう、ということがあります。

 

 表ルールとは、「こうるすべき」「こうすることが正しい」という一面的で硬直的なルールを言います。 二階建ての説明でいえば、「二階の部分」のことです。

(参考)→「世の中は”二階建て”になっている。

 

 

 

 しかも、そのルールは、その家庭だけで通用するローカルルールですから、一面では正しい、けど、それでは世の中では窮屈、といったことが多いのです。
身に着ける規範とは本来、立体的で、柔軟で、更新可能で、諧謔的(ユーモア)であることが必要です。

 

 よくあるのは、
「ミスをしてはいけない」「口応えしてはいけない」といったようなこと。
「勉強で頑張らなければ、価値がない」といったようなこともそうです。

 

 さらに、トラウマを負うと、同年代よりも大人びていますから、機能が偏った親を補完するように、先回りして自らニセ成熟で得たルール(自分ルール)も身に着けます。

 

 「感情を殺して、場を盛り上げたり/コントロールしようとする」こともそうです。
それらは、表のルールですが、実は、そうして生きていると、裏のルール(≒一階部分)というものが、ごっそりと抜けてしまって生きていくことになります。

 

 すると、思春期を越えたあたりから、裏ルール(≒一階部分)が分からないことが強烈なハンディキャップとなって、襲ってくるのです。

 

 しかも、勉強しようにも、裏ルールはどこにも書かれていないし、誰も言葉でも教えてくれない。

 言葉でいうと、どうしても表のルールっぽくなるからです。野暮なこととして言葉にはしてくれません。

 

 しかたがなく、トラウマを負った人は、まじめなので、本で勉強しようとします。
そこでひっかかるのは、いわゆる「自己啓発本」です。

 

 「自己啓発本」は、「二階部分≒表のルール」と「自己責任(生きづらいのはあなたのせいだ)」のブレンドでできていますから、初めはいいのですが、やればやるほど、つらくなる。

 

 でも、麻薬のように、つらくなると読みたくなって、一瞬癒されて、でも、「自己責任(生きづらいのはあなたのせいだ)」という苦みが襲ってきて、またつらくなる、ということを繰り返してしまいます。
(ヒーラーや、講師に相談するようなこともこれには含まれるかもしれません。実は、ヒーリングというのは、反近代のように見えて、西洋の近代個人主義の流れの中でできてきているので、自己責任といったニュアンスも含んでいて、うまくいかなくなると、「あなたのせいだ」として責められるようになります。)

 

 

 裏ルール(≒一階部分)は、本来は、正常な成熟ルートで、社会の先輩たちや同輩たちにもまれながら非言語に身に着けていくものですから、機能不全家庭で育つと、それが全く身につかないまま育っていってしまうのです。

 

 それを補うために、登場するのが、迂回ルートとしてのポップ心理学(自己啓発)やスピリチュアルや、ファンタジーや自分ルールになるのです。

 

 例えば、引き寄せの法則ということなどもその一つです。
裏ルールを理解できないでうまくいない、でもなぜかわからない人がその現象を理解しようとするときに、トラウマを負っていない安定型愛着の方であれば、裏ルールを動員して、世の中のしくみをとらえて、うまく乗り切って成功していきます。

 

 しかし、トラウマを負った人は、「私に運がなく、引き寄せられていないからなんだ」と迂回して解釈して納得してしまうのです。
でも、それは世の中をありのままにとらえたものではありませんから、当然ながらうまくいきません。

 

 ※先輩のカウンセラーの中に、はじめてクライアントに会うときに、手首に水晶のブレスレットをしていないかチェックしている人がいました。おそらく、迂回ルートで世の中を解釈している人≒トラウマを負っている可能性があるかも、ということを見るためだったのかもしれません。自己啓発やスピリチュアルを通じて世の中を迂回して解釈しても、自己実現、成功にはつながりません。

 

 
 筆者も、トラウマに苦しんでいるときは認めたくなかったのですが、世の中を渡るためには裏ルール(≒一階部分)を知る必要はどうしてもあって、それが分からないと失敗し続けてしまうようです。
(裏ルールというのは、ベタに言えば、大人のルール、大人の世界、といった、子供の時は嫌悪していたような処世術のことです。)

 

 

そのうち、自己啓発やスピリチュアルにも嫌気がさしてきます。
自己啓発やスピリチュアルに嫌気がさすのは、良い兆候で、嫌気がさしたら、トラウマから抜け出し始めている証拠でもあります。逆に「今まではやり方が悪かったんだ」としてセミナーや本にまた興味を持ち始めているうちは、まだまだ五里霧中、ということになります。)

 

 
(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

●よろしければ、こちらもご覧ください。

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お悩みの原因や解決方法について

 

夫婦げんかを普通と思っていた

 

 トラウマを負った人たちは、しばしば、夫婦げんかなど家庭の中の理不尽さを普通のことだと思っていることがあります。

 

筆者もそうでした。

 

 家が自営業をしていました。
父親は、話すと止まらなくなるような性格の人で、テンションが上がって母とけんかをしていました。
父は「段取りが悪い」というのが口癖で、今思えば、怒るような必要もない些細なことで怒っていました。

 

 デパートなどに、外に家族で遊びに行くと必ず夫婦げんか。

 正月も元旦から夫婦けんか。

 時間に家族がそろわない、という、これも今から考えればどうにでもなるような出来事をめぐってのことです。

 

 社会でいう幸せな時ほどけんかが起きる、という考えれば本当にばかばかしい状態です。

 

 ある時は、晩御飯で手巻き寿司の日だったのですが、ケンカをして激昂した父が、寿司桶で母を殴り、母は父方の祖父に連れられて病院に行って、網をかぶって帰ってきたことがあります。

小さい時は、
「今日は二人は機嫌が良いか」と心配して顔色を窺っていましたし、子供なりに、何とか場を和ませようとしていた覚えがあります。

 

 しかし、それも通じなくなると、人に対する効力感が下がってきます。
人間の感情というものが嫌になりますし、大人に対する信頼も下がってきます。

 

 どうしようもないので、布団をかぶって、ぬいぐるみ相手にファンタジーの世界に浸る、ということで何とかしのでいたように思います。

 

 ある時、どういうわけか、ペットの犬が家にやってきたのですが、それでずいぶんと、家庭が和み、けんかが減ったことを覚えています。

 “機能不全家族”は、冗談が通じない、失敗が許されないが、という特徴がありますが、ペットは、そうした異常さを緩和してくれる効果があるのでしょう。

(参考)

→「<家族>とは何か?家族の機能と機能不全

 

 犬が家に来なかったら、もっとひどいことになっていたかもしれません。

 

 

 その後、筆者は大学へと進学します。

ある日、サークルの合宿で確か伊勢に行った際に、夜、先輩たちと話をする機会があって、そこで女性の先輩が言った一言に衝撃を受けます。

それは、
「私、親がケンカしているのを見たことがないんですよね」

という一言です。

 

 

 えっ、夫婦って毎日けんかするものじゃないの?!

と目を丸くしたことを覚えています。
トラウマに小さなカウンターが打たれた瞬間だったかもしれません。

 

 

 夫婦げんかだけではないですが、家の常識や思い込みというのは私たちには強く影響しています。
特にトラウマを負った人にはそれが顕著に現れます。

 

 

(参考)

→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

夫婦げんかは一発レッドカード

 

 カウンセリングにおいて、ご相談者がトラウマを負っているかかどうかを見る、もう一つのポイントとしては、両親(夫婦)の関係があります。

 

 トラウマの研究で明らかになっていますが、他者が怒鳴りあっていたりすることを見聞きすると、自分が直接罵倒を受けた時以上のダメージを受けることが分かっています。
(最も深刻なのは、「DVの目撃と暴言による虐待」の組み合わせとされ、言葉によるDVは、身体のダメージの6倍近いとするデータがあります。)

 

 実際に、視覚野や皮質の容積が減少したり、聴覚野が増加したりします。
(つまり、機能低下を起こしたり、過敏になったりします)。

(参考)

→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 トラウマを負った方はしばしば
人の話を聞くのが苦手な人や、話がまとまらなくて困っている方がいます。

 人の話が聞き取れなかったり、話の全体をまとめてとらえることができず、途中から頭がボーっとすることがあります。

 

 それらは、ケンカの目撃ということが原因の一つと考えられます。

 

 会社員はもちろんですが、ご両親が自営業の場合は、夫婦げんかが多い場合があります。

 職住が一体で、仕事のストレスと家庭との間に切れ目がなく、従業員に怒るかのように夫婦でけんかをする、ということがあるからです。

 
 生育歴を伺う中で、両親の喧嘩が多く、怒鳴りあいが頻繁であった、という場合は、「一発レッドカード!!(トラウマの影響がとても大きい、と考えられる)」となります。

 

(参考)

→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

自分の子供のころの記憶が薄い人はトラウマの疑いが高い

 

 トラウマを疑うポイントとして、よくあげられることの一つは、子供のころの記憶が薄かったりある時期の記憶がポッカリと抜けていたりすることがあります。

 

 
 カウンセリングでは、初回や事前に問診(インテーク面接)を行いますが、その際に、生育歴(育ってきた歴史)を伺います。

 その際に、子供のころの記憶が比較的薄い人がいます。

 若い方でも、過去をほとんど思い出せない、なんていうこともあります。

 

 あるいは本人は思い出しているつもりでも、漠然としていたり、普通の人からすると薄いなあ、と感じることがあります。
 「えっ、過去って皆さん、そんなにはっきり思い出せるものなんですか?」
と尋ねられる方もいます。

 

 

 よく有名人の自伝などを見るとわかりますが、小さいことも詳細に書かれているものもあります。
(三島由紀夫はおなかの中の記憶も覚えていた、という本当かどうかはよくわからない話もあります。)
 普通は、わりと思い出せるものです。

 

 

 一方、トラウマを負っていると、欠けたり、薄くなったりします。それは、そのときの記憶がまったく飛んでいるか、記憶されていても海馬で整理されないままであることが原因です。

 

 

 筆者自身も10年前にトラウマのケアを受けた際には、「幼いころの記憶が薄い」と指摘されたことがあります。
 自分ではそんなつもりはなかったのですが、自分ではわからない記憶の薄さや欠け、というのは知らず知らずのうちに起きている可能性はあります。

 

 
 皆様も、自分自身の過去を振り返ってみて、記憶がほとんどない時代がある、あるいはあまりよく思い出せない、という場合は、結構、トラウマが疑われるかもしれません。

 

 

(参考)

→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服