自分の文脈を持つということは、多次元並列や構造、手順で世界を捉えるということ。

 

 物理的な世界というのは、つねに多要素、多次元並列で成り立っています。

(参考)→「愛着的世界観とは何か

 そして、それらは構造化されていて、矛盾するようなものが均衡をもって成り立っている。

 多様な存在が、それぞれに存在できる大きな余地(スペース)があります。

 
 そんな現実に対して、どちらか一方、正しい=間違っている、といった一次元的な感覚で語れるわけがありません。

 不思議なことに他人の文脈を丸呑みしてしまい、主体性がないと、
 一次元的な世界観に陥ってしまう。
 

 すべてが一軸に回収されて表現されるような感覚になる。

 その世界の中では、自分は一番下か、根源的におかしな存在として意識されしまう。

 終わらない努力でようやく水面上に顔を出せるような、苦しく、逃げ場のないような感じに感じられる。

(参考)→「トラウマを負うと、手順や段階、多次元多要素並列という視点が抜ける

 

 こうした状態を、単声的(モノフォニー)といいます。

 対して、本来の状態は、多声的(ポリフォニー)と表現されます。

 多元的で多様なものが同時に存在でき、自在に構造化される。

 

 それらを自分の中に内面化して、安心安全に併存させることができるためには、自我、主体性が必要になります。

 自我、主体性がなければ、たちまち、単一の声、次元が圧倒してしまい、単声的(モノフォニー)な状態に陥ってしまうのです。

 
 自分の文脈を持つ、というのは決して、独りよがりになることでも、自分の考えしか持てなくなることでもありません。

 人間は社会的な動物です。

 社会化されなければ、主体性は持てませんし、自我がなければ社会化する基盤もなくなります。
 
 自我というログインIDで、世界に参画して、今度は自分主体で社会を編集する。

(参考)→「世界はあなたがログインすることを歓迎している。

 
 反対に、手順や構造という感覚がなく、「どちらが正しいか?」「どちらかしか成り立たない」という考えに陥っているとしたら、それは自分が失われている、と言えるかもしれません。

 

 

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