バレていない欠点があって、それを隠してコソコソ生きている感覚

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 愛着が不安定な方、トラウマを負っている人によくあることとして、「自分には他人にはバレていない欠点がある」という感覚があり、「それがばれないように隠してコソコソ生きなければならない」という意識があります。

 
 実際に他人が聞いてみたら、なんてことはない話だったりします。

 しかし、当人の中では、それは致命的な欠点であるかのように思わされていて、ずっと秘密にしなければ、と考えているのです。

 

 これは、ローカルルール人格によってなされていることです。

 なんでもない出来事がさもその方にとって致命的であるというニセの常識を強いてきます。

 

 

 恥や後悔といった念が湧いてきます。この念は、本当の感情ではありません。ニセモノの感情ですが、とても強く、全身がしびれるようにめぐります。

 その恥や後悔から逃れるためには、ローカルルール人格の言うことに従って、世間の目から逃れなければならない、と感じさせられます。
(当人にとっては、自分の考え、常識だと感じられます。)

 その結果、ローカルルール人格が延命してしまい、バレていない欠点というのは永続することになるのです。 

 

 

 実際にセッションでも、かなり長く行っているにも関わらず、そうした秘密というものが出てくることがあります。ようやくローカルルール人格の呪縛が解け始めた頃に起こります。

「先生、実は・・・」ということで話を始めますが、一般の方が聞けば、「誰にでもあるから大丈夫ですよ」「あなたはなんにも悪くないじゃないの」と思う、なんてことはない話だったりするのです。

 でも、本人にとっては重大な秘密を暴露する、というような深刻さがあります。

 

 造られた欠点を他者に話す、ということはとても大事なことで、それを通じて、ローカルルール人格が生き延びる根拠(正統性と協力)が崩れていきます。

 しかし、ここに至るまでにはかんたんではありません。
 この秘密の暴露がなされるまでには、かなり厄介なトラップがあることもしばしばです。

 

 特にローカルルール人格の存在に気がついていない、あるいは、ローカルルール人格がまだまだ元気なときは、仮にその秘密の暴露がなされたとしても、ローカルルール人格の邪魔が入り、「誰にでもある話だなんて、ちゃんと話を受け止めてくれなかった」とか、「自分をおかしな人間を見るような目で見た」といったようにニセの文句を言わされたりすることがあります。

 それによって、「やっぱり、自分の欠点は世間の目からは侮蔑にさらされるのだ→秘密にしなければならない」ということにされてしまいます。

 

 ローカルルール人格というものの存在や影響に気づくことは大切ですし、その上で、自分の中にある、植え付けられたローカルルールとそれによって造られた秘密というものを白日にさらしていく、ということは悩み解決のためには大きな一歩になります。

 

 秘密というと大きなことのように見えますが、コンプレックスといったものなどもそれに当たります。

 「容姿のコンプレックス」
 「学歴コンプレックス」
 「過去に仕事でうまく行かなかったコンプレックス」
 「人間関係でうまく行かなかったコンプレックス」
 「いじめのコンプレックス」
 「恋愛のコンプレックス」
 「人生に失敗したというコンプレックス」
 などなど

 こうしたことは、実は事実ではなく、ローカルルールによって造られたものであるということです。

 

 ただ、当人にとっては、「事実なのだから、コンプレックスがあるのは当然だ」とおもっていて、見過ごされていますが、実はそれらは造られたもので、ローカルルール人格が延命する根拠にさせられています。
 
 
 もとを辿れば、ローカルルールとは外部から感染するものですが、あるときに人格単位でローカルルールに感染します。それから雪だるま式に、新しいコンプレックスを作り出していって、肥大化していく。
 

 気がつけば、「欠点を隠して、コソコソしている」感覚を持ちながら生きている、というようなことが起きているのです。

 

 

(参考)→「ローカルルールとは何か?」 

 

 

 

●よろしければ、こちらもご覧ください。

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