最近、ふと思ったことは、悩みの解決に、サイコパスの力を借りることができないか?ということです。
「サイコパス」というと、とってもイメージが悪いと思います。おそらくは、「羊たちの沈黙」のレクター教授のような猟奇的な殺人者というイメージ。冷徹で残酷な支配者、というイメージ。
できればお近づきになりたくない、私もそう思います。
確かにそういう人もいるのですが、実際は少し趣が異なります。
サイコパスとは、脳のタイプであり、人間の発達凸凹の一つの次元ということです。
サイコパスか、そうではないか、という単純な分け方ではなく、スペクトラムになっていて、私たちの中にもそれぞれにサイコパス性、というのは潜んでいます。
サイコパスでも向社会性サイコパスは、社会でも活躍できて人類の発展には欠かすことができません。
リスクを冒した起業、革命、探検、戦争などはサイコパス性のなせる業です。
悩みが強い人は、ある意味、サイコパス性が少なすぎて苦しくなっている、といえるでしょう。
サイコパスとは何か?というと、
・偏桃体の活動が低い
・内側前頭前皮質と眼窩前頭皮質の機能不全、
・偏桃体と眼窩前頭皮質の結びつきの弱い
という脳の特徴がある人たちです。
偏桃体は情動の中枢であり、眼窩前頭皮質は衝動性制御を行っている部位です。
それによって、感情に振り回されず、自分を抑えすぎもせず、冷静で客観的で、自分を責めたりせず、魅力的にふるまうことができます。
政治家や社長にはこういう人が多く、歴代のアメリカ大統領もそうだったといわれています。実はマザーテレサもそうだった、といわれています。
(マザーテレサはとっても冷酷な人だったようで、そのことを指摘した本が実際にあります)
日本だと、わかりやすく言えば、最近総選挙で惨敗した緑の知事なんかは典型的にあてはまります。逆に、トラウマを負ったりした人は、
・偏桃体が過活動を起こして、感情に振り回されやすい。
・内側前頭前皮質と眼窩前頭皮質の機能が強すぎて、自由にふるまえない。生きづらい。
・偏桃体と眼窩前頭皮質の結びつきが強すぎて、感情が表に出せない。
ということで苦しんでいるわけです。
嫌な相手が来たら、「やめてください」と冷静に言い返したい、そう思うけども、心臓バクバク、胃腸がキリキリ、および腰になってできません。
今すぐその場を離れたくなります。
離れた途端、相手への馬頭が頭の中で渦巻いて、お酒でも飲まなきゃやってられない、ということになります。
では、こうした生きづらさを解決するのに、逆にサイコパス性を強めて緩和できないか?
と考えました。