裏ルールを身に着ける方法はあるのか?

 

 裏ルール(一階部分)は
本来は、学校や地域などでの人間関係、の中でもまれて身に着けていきます。

 

 例えば、
ちょっとしたやり取りでなぜか友達や先輩がへそを曲げた。うそをついたり、隠し事をしたりといった経験。
信頼している友達に裏切られたことがある、など。

 

 そうした中で、他者が自分とは同じではないことを体感していき、どうすれば、相手の“ややこしさ”を引き出すことなく、うまく付き合えるのか?を学んでいきます。

 

 

 友情や信頼、といった表面的なキレイゴト(二階部分)ではなく、その土台にあるどろどろとした人間の在り方(一階部分)を知るようになります。

 

 

 

 ただ、トラウマを負った人は、そこを回避して、ファンタジー、ニセ成熟状態で生きていますから、二階部分(キレイゴトの表ルール)のみで一階部分(裏ルール)が抜けてしまって、社会に出たときにうまく対応できなくなるのです。

 
 ※学校というのは、ローカルな全体主義がはびこりやすいところですから、かならずしも学ぶ機会としては万全の場所ではありません。結構難易度の高い場です。

(参考)→「いじめとは何か?大人、会社、学校など、いじめの本当の原因

 
 そのために、少なくない人がそこから挫折していきます。挫折することが異常なことではありません。

 

 

 

 

 では、裏ルールをうまく身に着けられなかった人が改めて身に着けることができるのか?

臨床の経験でいくつか有力なヒントがあります。

 

 
 カウンセリングの中で、生きづらさを抱えるクライアントさんに、生きづらさがなぜ起こるのか?そのメカニズムを説明する中で、裏ルールとは何か?についても整理してお伝えすることがあります。

 

 面白いことは、裏ルールとは何か?を知識として知るだけで、メキメキと安定して、よくなっていくケースがあるということです。

 

 これは、実は普通であれば暗黙知として知っているであろうことをただ知らないだけ、教えてくれる人がいないだけなので知識として知ってしまえば、短期間で急激に成長するということのようです。

 

 

 ただし、その際には条件があって、
裏ルールを知らないということを劣ったことであるとカウンセラーもクライアントも思わないこと、自分を「大丈夫だ」と信頼すること、安心、安全な環境があることです。

 ティーチング(教示)が挫折するのは、教える側に知らない相手が劣っているという意識があることや、教えられる側も、知らない自分はダメで、ダメだと思われている、という意識があることがあります。

 

 

 実は、裏ルールというのは、普通でも異文化を理解するように、知ってはいても、なかなか理解が難しいものも多く、そんなに簡単なものではないのです。実は、人間は誰しも少なからずなんらかの裏ルールが抜けて生きているといえなくもないのです。

 

 
 ですから、知らないものを、あたかも学者が研究対象を解明するようにニュートラルに、伴走者や理解者(カウンセラーなど)とともに知っていくというのは、一つの有力な方法です。

 
 「自分(あなた)は大丈夫」という土台、器があれば、裏ルールはどんどんと身についていきます。

 
 翻って考えれば、裏ルールが身に着けられない足場が奪われる一番の理由は、「お前はおかしい」というメッセージ(暗示)を身近な人たちから浴びてきた、ということかもしれません。

 
 実際に、裏ルールは、成人してからも身に着ける機会は実はたくさんあります。ただ、土台や器にひびを入れられていますから、そこから学んだことが漏れていくのです。

 
 トラウマを負った人が一番感じるつらいことは、学んでも学んでも経験が積みあがっていかない、という感覚です。

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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トラウマ的環境によって、裏ルールを身に着けるための足場を失ってしまう

 

 筆者は、昔少年野球のチームに入っていました。
父が見つけてきた、なぜか他の校区のチームでした。

 チームに入ったはいいのですが、みんな知らない子ばかり。先輩ともどう話をしていいかわからず、筆者はずっと黙っていました。
(今でいう緘黙というものだったのかもしれません。)

 

 

 

 野球は厳しくて、練習は大変でした。
当時は、水を飲んではいけない、という時代でしたので、昼の1時から7時まで休憩なしで練習していたこともあります。

 

 先輩たちは、うまくさぼったりするようなこともできていて、ボールを外にとりに行くふりをして水を飲んだり、
監督が来ないように、コーチから連絡先を尋ねられても知らないととぼけたり、と悪ガキぶりを発揮していました。

 

 

 

 一方、前回も書きましたように夫婦ケンカばかりの家で育った私は、それらを回避する手段として、キレイな表のルールを身に着けていて真面目でした。
(特に母親の性格もあってか、地元の子供のグループには入らずに、仲良くしていたのは、近所でキリスト教会を管理している家のお兄さんでした。それもあって余計に、先輩との関係というのは苦手だったのだと思います。)

 筆者は、真面目だったので、体育会系の悪ガキな雰囲気に戸惑って、罪悪感もあり、うまくさぼれず、ウソもつけませんでした。

 

 

 

 では、悪ガキの先輩たちがいつもさぼっていたかといえばそんなことはなく、練習は厳しいので取り組むところは取り組んでいたと思います。
結構強いチームでしたから、卒業してしばらくして後に甲子園に行くようなうまい人もいました。

 

 言葉を換えれば、「要領がいい」ということかもしれません。
少年野球はしんどかったですが、それがなかったら、もっと表のルールだけの人間になっていたかもしれません。

 

 裏ルールというのは、一つにはそういうところでもまれて何となく身につくものかもしれません。

 

 かつて(今でも?)就職でも体育会系が好まれたり、というのも、そうしたことを表しているのでしょうか?
 トラウマを負うというのは、そうした裏ルールを身に着ける経験を積むような足場を奪われてしまう、ということになります。

クラスや部活などにもうまく適応できない、ということが起こってしまって、裏ルールが身につかないから、次の学年へと上がっていっても、さらにうまくかかわれない、ということが起きます。

 

 

 

 筆者の場合は、中学で大きく人間不信に陥ることがありました。父が、(仲良くしている親戚のお兄ちゃんが)「お前のことを嫌いらしいで」と余計な告げ口をしてきたことで、衝撃を受けてしまったことに端を発します。その時は頭が真っ白になって、その後の父の言葉は耳には入ってきませんでした。

 

 芸人の千原ジュニアも、友達のお母さんから「あんな子と遊んだらあかん」という言葉を耳にしたことがきっかけでひきこもりになったエピソードを話していたことがありますが、それと似たような感じです。

 

 それから、高校では、スランプに陥ったかのように友達の作り方が分からなくなってしまうようになります。
(おそらく、一つのエピソードだけのことではなくて、長年のトラウマの累積効果ということも重なっていたと思います。)

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 どうしようもなく、ガリ勉になることで大学受験を乗り越えますが、王道の発達ルートの(つまり、裏ルールも身に着けながらもまれて成長していく)足場を失ってしまったことで、その後、大学、社会人ととても苦労するようになります。

 
 生きづらさを抱えたり、悩みにある方たちも、それぞれに躓いていたり、足場を失ったような、そんな経験をお持ちであることが多いのです。
 ただ、本人は一生懸命に努力して生きてこられているので、それが当たり前だと思って気が付かずにいることがあります。

 

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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ローカルな表ルールしか教えてもらえず、自己啓発、スピリチュアルで迂回する

 

 トラウマを負った方に多いのですが、やはり、養育環境が機能不全家庭であったことが多いため、機能不全家庭のローカルな表ルールしか教えてもらえずに育ってしまう、ということがあります。

 

 表ルールとは、「こうるすべき」「こうすることが正しい」という一面的で硬直的なルールを言います。 二階建ての説明でいえば、「二階の部分」のことです。

(参考)→「世の中は”二階建て”になっている。

 

 

 

 しかも、そのルールは、その家庭だけで通用するローカルルールですから、一面では正しい、けど、それでは世の中では窮屈、といったことが多いのです。
身に着ける規範とは本来、立体的で、柔軟で、更新可能で、諧謔的(ユーモア)であることが必要です。

 

 よくあるのは、
「ミスをしてはいけない」「口応えしてはいけない」といったようなこと。
「勉強で頑張らなければ、価値がない」といったようなこともそうです。

 

 さらに、トラウマを負うと、同年代よりも大人びていますから、機能が偏った親を補完するように、先回りして自らニセ成熟で得たルール(自分ルール)も身に着けます。

 

 「感情を殺して、場を盛り上げたり/コントロールしようとする」こともそうです。
それらは、表のルールですが、実は、そうして生きていると、裏のルール(≒一階部分)というものが、ごっそりと抜けてしまって生きていくことになります。

 

 すると、思春期を越えたあたりから、裏ルール(≒一階部分)が分からないことが強烈なハンディキャップとなって、襲ってくるのです。

 

 しかも、勉強しようにも、裏ルールはどこにも書かれていないし、誰も言葉でも教えてくれない。

 言葉でいうと、どうしても表のルールっぽくなるからです。野暮なこととして言葉にはしてくれません。

 

 しかたがなく、トラウマを負った人は、まじめなので、本で勉強しようとします。
そこでひっかかるのは、いわゆる「自己啓発本」です。

 

 「自己啓発本」は、「二階部分≒表のルール」と「自己責任(生きづらいのはあなたのせいだ)」のブレンドでできていますから、初めはいいのですが、やればやるほど、つらくなる。

 

 でも、麻薬のように、つらくなると読みたくなって、一瞬癒されて、でも、「自己責任(生きづらいのはあなたのせいだ)」という苦みが襲ってきて、またつらくなる、ということを繰り返してしまいます。
(ヒーラーや、講師に相談するようなこともこれには含まれるかもしれません。実は、ヒーリングというのは、反近代のように見えて、西洋の近代個人主義の流れの中でできてきているので、自己責任といったニュアンスも含んでいて、うまくいかなくなると、「あなたのせいだ」として責められるようになります。)

 

 

 裏ルール(≒一階部分)は、本来は、正常な成熟ルートで、社会の先輩たちや同輩たちにもまれながら非言語に身に着けていくものですから、機能不全家庭で育つと、それが全く身につかないまま育っていってしまうのです。

 

 それを補うために、登場するのが、迂回ルートとしてのポップ心理学(自己啓発)やスピリチュアルや、ファンタジーや自分ルールになるのです。

 

 例えば、引き寄せの法則ということなどもその一つです。
裏ルールを理解できないでうまくいない、でもなぜかわからない人がその現象を理解しようとするときに、トラウマを負っていない安定型愛着の方であれば、裏ルールを動員して、世の中のしくみをとらえて、うまく乗り切って成功していきます。

 

 しかし、トラウマを負った人は、「私に運がなく、引き寄せられていないからなんだ」と迂回して解釈して納得してしまうのです。
でも、それは世の中をありのままにとらえたものではありませんから、当然ながらうまくいきません。

 

 ※先輩のカウンセラーの中に、はじめてクライアントに会うときに、手首に水晶のブレスレットをしていないかチェックしている人がいました。おそらく、迂回ルートで世の中を解釈している人≒トラウマを負っている可能性があるかも、ということを見るためだったのかもしれません。自己啓発やスピリチュアルを通じて世の中を迂回して解釈しても、自己実現、成功にはつながりません。

 

 
 筆者も、トラウマに苦しんでいるときは認めたくなかったのですが、世の中を渡るためには裏ルール(≒一階部分)を知る必要はどうしてもあって、それが分からないと失敗し続けてしまうようです。
(裏ルールというのは、ベタに言えば、大人のルール、大人の世界、といった、子供の時は嫌悪していたような処世術のことです。)

 

 

そのうち、自己啓発やスピリチュアルにも嫌気がさしてきます。
自己啓発やスピリチュアルに嫌気がさすのは、良い兆候で、嫌気がさしたら、トラウマから抜け出し始めている証拠でもあります。逆に「今まではやり方が悪かったんだ」としてセミナーや本にまた興味を持ち始めているうちは、まだまだ五里霧中、ということになります。)

 

 
(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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人格者になりたい

 

 

 トラウマを負った人が望むことの一つが「人格者になりたい」ということです。

 

 

 親など理不尽な人たちのように醜い感情のとりこになりたくない。あんな奴らのようにはなりたくない。

 

 できれば自分の感情もどこかに取り除いて押しやりたい。
怒り、不安、恐怖、嫉妬もすべてなくしたい。

 

相手の否定的な感情を受けても、動じない人間になりたい。そうして、人格的にも優れた人になって、思うように生きたい。

 
 しかし、なかなか果たせることができません。

 

 それどころか、ちょっとしたことで動揺したり、不安から取り乱したり、恐怖から相手を厳しくこき下ろしたり、そうした自分に失望してイヤになったり。
 人間は二階建てなのに、一階部分を取り除いた家を建てるものですから、不安定になるのも当然です。

 

 わがままに我を出している人たちにやられてしまうのです。

 
 人格的な完成は正規の発達ルートでもまれる必要がありますが、なかなかそれができずにもがき苦しむことになります。

 醜い「大人」にはなりたくない、その代わりに、大人は通り越して、高潔な「人格者」になりたい。

 

 トラウマを負った人たちにとって、人の感情は恐怖ですから、できる限り直面せずに回避して成長したい、というのが本音です。

 

 回避の手段として、宗教や、哲学や、セラピーに興味を持ったりしますが、なかなか願望は果たせることができません。

 

どこかじぶんは子供のようで、いつまでも未熟で、それが誰かにばれないか、びくびくしているのです。

 

 

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