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公認心理師・大阪大学大学院卒(臨床20年)など

三木 一太朗(みき いちたろう)公認心理師。大阪大学文学部卒業、同大学院修士課程修了。大学院修了後、大手電機メーカー勤務を経て、大阪心理教育センター等で研鑽を積み、ブリーフセラピー・カウンセリング・センター(B.C.C.)を設立。

20年以上の臨床経験を持ち、トラウマ、愛着障害、ハラスメント、吃音などのケアを専門とする。著書『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(著書累計約4万部超)のほか、テレビドラマの医療監修やメディア出演・掲載実績も多数。

伝統的なカウンセリングからボディワーク、最新のブリーフセラピーまで幅広く研鑽。臨床での実践と、10年以上にわたる膨大な参考文献に基づいた知見の言語化・発信や、より良いケアの開発と提供に努めている。

他人の言葉に振り回されるのはなぜ?「自他未分」の心理と対処法

 

「人の何気ない一言が頭から離れない」
「相手の機嫌や言葉に強く振り回されてしまう」
そんな状態に心当たりはありませんか?

それは、心理学でいう「自他未分」という状態が関係している可能性があります。

この記事では、なぜそうしたことが起きるのか、その仕組みと、少し楽になるための考え方を解説します。

  

■「自他未分」とはなにか?

自他未分とは、「相手と自分の境界が心理的にあいまいになる状態」です。

そのため、人の言葉や態度を「ただの意見」として受け流すことができず、
まるで自分そのものを否定されたかのように感じてしまいます。

 これは、もともとは発達障害における特徴の一つとされてきたものです。トラウマを負うことでも、後天的に「自他未分」というものが生じます。

 内的言語がダメージを受けて、自分と他人の区別があいまいになるのです。

 

 ■ なぜ人の言葉が頭から離れなくなるのか

 もちろん、意識の上では、自分と相手は区別しています。
そこに疑いはありません。普通は問題はありません。

 しかし、コミュニケーションを取り始めたりすると、「自他未分」の問題点は明らかになってきます。

 「相手の言葉が自分そのものではない」という感覚がないため、相手の言葉がまさに自分の中に入ってくるかのように、相手の言うことを真に受けてしまいます。

 

 例えば、「~~さんって、自己中なとこあるよね~」といわれると、「えっ、自己中?どういうこと?」と相手の言葉がグルグル頭の中で回るようになります。

 

 気にしないでおこうと思うのですが、グルグルが収まらず、だんだん不安になってきたり、相手への怒りに変わったり、皆がそう思っているのでは?という「被害関係念慮」が生じてきます。

 

 

 ■ なぜ強い不安や恐怖、イライラが生まれるのか

 自他未分というのは、相手と自分は全く違う人間だ、という感覚が薄いということです。
そのため、自分の考えていることは相手も考えているだろう、と素朴に思います。

 

 しかし、実際はそうではないので、相手はそっけない態度や、否定的な反応を返してきます。

 すると、なんでもないことなのに自分自身を否定されたかのように、見捨てられるかのような極度の恐怖がわいてきます。

 

 例えば、「ここのコーヒーはおいしくないよね?」といった簡単な会話で「そうかな~?」と言われただけでも、どん底に落とされたような気になるのです。
 自分でもなんでそんなにショックを受けるのか、意識ではわかりません。でも抑えられないのです。

 

 そのうち、自分の本音を押さえるようになってしまいます。
自分と他人が同じであるという感覚があるため、人のふるまいにとてもイライラしがちです。

 なんでそんなにイライラするのかがわからないのですが、イライラがわいてきます。自分と他人が同じ、なのですから、たとえて言うなら、自分の体が思うように動かないイライラのようなものともいえます。


 また、自分と他者とは、異なる価値観に住む異文化の住人である、という感覚が薄いことも大きな原因です。価値観が同じ、価値観は一つであるとすると、相違に直面した時に相手を憎むほどにイライラするのです。
(宗教戦争や、左翼の内ゲバなどはまさにそうです)

 

■ なぜ人に振り回されてしまうのか

 相手をコントロールするタイプの人にはとても恐怖を感じます。そうした人のナメた言動、押しつけがましい言動を軽くいなすことができないのです。頭で対策をシミュレーションをしますが、現場ではうまくいきません。跳ね返されてしまいます。

 

 これも、「自他未分」であるため、相手との間に間合いを置くことができないのです。相手の言う言葉を、「事実」としてとらえてしまうのです。

 

 相手の「否定的な感情」にもとても弱いです。

 相手がこちらに敵意や反感を向けてくると、恐ろしくて腰が砕けるようになってしまいます。本来であれば、その感情にはこちらも感情でノイズキャンセリング(否定的な感情を打ち消す)して解消すればよいのですが、それができません。

 

 内面はとてもビビりです。
 でも、表面的には割とこわもてで、淡々としていて無表情と言われることがあります。

 

 ノイズを自然にキャンセルできないことと、他人への怖さから、ついつい言動がきつくなってしまうのです。
※TVに登場する芸能人などでもそうした人はよく見かけます。こわもてだけど、実は生い立ちの問題からそうなっているだけで、内面はとてもビビりだという人は多いです。

 

 そのうち、「人見知り」になり、人とうまく付き合えなくなってきます。本当は「人見知り」ではないのですが、相手が侵入してくる怖さに、相手との相違をどう対処したらいいかわからないしんどさに
上手く人と付き合えない自分の状態に疲れてしまうのです。

 

 ■ 自他未分への対処のヒント

では、どうすればよいのでしょうか。

まず大切なのは、「相手の言葉は相手のものであり、自分そのものではない」と意識的に区別することです。

自他未分の状態では、この境界感覚が弱くなっているため、相手の言葉を「事実」ではなく「一つの意見」として捉え直す練習が必要になります。

また、強く反応してしまったときは、「今、自分は影響を受けすぎている状態かもしれない」と一歩引いて認識することも有効です。

すぐに変えることは難しいですが、この感覚を少しずつ取り戻していくことで、人との関係は楽になっていきます。

→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

●よろしければ、こちらもご覧ください。

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お悩みの原因や解決方法について

 

 

過剰な「まじめさ」

 

 トラウマを負った人のもう一つの特徴(症状)は、「まじめさ」です。過剰なほど「まじめ」なのです。
 なぜまじめかと言えば、「一元的価値観」で、さらに「過剰な客観性」を持っていて、「世界には善悪、正誤の基準がある」という感覚があるからです。

 

 

 そのため、目の前にあるものを相対化して受け取ることができないのです。相対化とは、もっと簡単に言えば、「茶化したり」「諧謔(面白い気のきいた冗談。しゃれ。ユーモア)」をもって接することです。

 それができません。


 なぜなら、目の前にあることが客観的に事実だと思い込まされているから。

 人の言動も真に受けすぎてしまいます。

 とても傷つきやすいのです。

 なぜなら、人の言葉も事実だと思い込まされているから。

 

 

 もう一つの理由は、トラウマを負った出来事によります。

 自分勝手な親のふるまい、人によってはレイプといった理不尽な出来事によってトラウマを負いますから、そうした勝手な人間の行動については嫌悪しますし、自分はそうはなるまいとかたくなに考えています。それもまじめさを後押しします。

 

 まじめさは、学校の勉強など決められた線路を進む場合は強力な推進力になりますが、広い世の中を渡る場合には、足かせになることが多く、生きづらさの原因にもなります。

 

 人生の意味や目的を考えすぎて、虚無的になり、人によっては自ら死に至る、というケースもあります。

 

 

 本来の人生は、「ただ生きるだけでよいもの」

 

 価値観も多元的で、落語の人物たちのような人生観(業の肯定≒人間とはどうしようもないもの)です。


「借金を負えば自己破産すればいいじゃないか」

「ひどい家族なら捨てればいいじゃないか(仏陀もキリストも家族を捨てているし)」

「仕事も変えればいいじゃないか」

 

 

 でも、なぜかそうは考えられない。

 トラウマを負ったゆえの「まじめさ」ゆえに「人生とは立派に生きるもの」と考えさせられてしまっているからです。

 

 社会とは、「自分が楽しく生きるためなら、少々のズル賢さがあったり、グダグダしてもいいじゃないか」という価値観でぼちぼちと進んでいくものですが、それがありません。

 

 残念ながら、会社などに入ったり、社会に出ると、実は暗にそのように生きている人たちにいいようにされてしまうのです。

 

 

 トラウマを負った人たちは、その苦難に際してどうするか?と言えば、自分を見つめなおして、自分を高い精神性へと高めることで生きづらさを乗り越えようとします。
 しかし、ほとんどの場合は破れてしまいます。
 なぜなら、それはトラウマを負ったニセ成熟の夢、幻想だからです。

 

 トラウマによって幼いまま時間が止まり、青くウブなままなのです。そのウブで清廉潔白な自分が好きでもあり、とても辛くもあるのです。

 

 

→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

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自分の判断に自信が持てないのはなぜ?「過剰な客観性」という状態

 

「自分の判断に自信が持てない」
「人の意見を気にしすぎて決められない」
そんな状態に心当たりはありませんか?

それは、「過剰な客観性」という状態が関係している可能性があります。

この記事では、なぜそうしたことが起きるのか、その仕組みと、少し楽になるための考え方を解説します。

 

・「過剰な客観性」とは何か? 

 過剰な客観性とは、「自分の感覚よりも外側の基準を優先してしまう状態」です。

そのため、自分の判断に自信が持てず、常に「これで正しいのか?」と考え続けてしまいます。

 「トラウマによって生じる症状としてよく見られる現象のことです。
 自分の主観で生きているというよりも、世界という舞台の上に自分がいるという感覚。外部になにか絶対的な基準があって、それを参照しなければならないという感覚のことをいいます。
 
自分にまつわって何かが起きたときに、自分の感情や考え(主観)から反応するのではなく、常に他の人ならどうか? と考えてしまうのです。

(参考)→「トラウマ(発達性トラウマ)、PTSD/複雑性PTSDとは何か?原因と症状

 

・外部にある絶対的な基準を知りえていないという自信のなさ

 しかし、その外部にあると思うルールを自分は「未熟さ」「至らなさ」によって知りえていない、と感じているので、自信がありません。

 あるいは、そのルールを知っていそうな人に憧れたり、怖れたりするようになります。

 過剰に客観的であるために、自分の言動についても、間違っていなかったか、正しかったかをその基準から判定しようとします。

 「過剰な客観性」にさいなまれていると、自分に厳しく、ちょっとのことでは喜びません。そのため、自責感が強く、「すみません」が口癖となっていることがあります。

 例えば、会社で会議や、プレゼンをしていても、自分の発言が間違っていないか?浮いていないか?と感じて、どこか自信がないのです。

 

・他者の「主観」に負けてしまう


 「客観性」を過剰に重んじるために、主観的に生きている他者には負けてしまいます。

 他人から反論されても、「正しいかどうか?」の判定に頭がグルグルして、自分の気持ちで押し通すことができません。相手の反論を”客観的な意見”としてそのまま受け入れてしまいやすく、自分の意見が通らなくなります。

 本来、社会での関係性においては、まったく客観的といえるルールなどなく、いわば主観同士の関わり合いともいえますが、そうした感覚がありません。

 実際には絶対的な基準などありませんから、結局は声の大きな他者に従わされてしまうこともよくあります。他者の理不尽な考えや感情に振り回されてしまう結果となるのです。

 

 

・「主観」や「感情」への嫌悪


 トラウマを負った方は、「主観」や「感情」を意識の低いものとして嫌悪します。

 過去に他者のエゴや感情に振り回され、傷つけられるなど、理不尽な経験、逆境経験で苦しんできたためです。

 自分を苦しめた親や周囲の人たちが「主観的」で「感情のまま」にふるまっていたため、自分はそうななりたくない、と思っています。
(例えば、親が、子どもの自分の前で夫婦げんかをしていた。感情的に不安定で、自分への対応がコロコロ変わった、など)

 「主観」や「感情」といった意識の低いものからは逃れたい、自由になりたいと願っています。

 

 

・客観的な基準を意識してしまい、自分の考えや決断に自信が持てない


 自分の考えや感情についても、適切なものであるか判断することができません。不満を表現してよい場面でも「もっとしんどい人がいる」と考える。あるいは、対人関係で理不尽な目にあっても“喧嘩両成敗”といった感覚が湧き、「自分にも悪いところがあった」と考えてしまうのです。

 

 トラウマの影響でもともと自信がなかったりすることもありますが、客観性を過剰に意識することで、意思決定を行うことが難しくなります。

 自分の価値観や考えで人生を選択していく必要があるはずですが、それができません。常に外側にある基準から見て自分の選択が間違っていないかが気になってしまい、自信がないのです。他者の誘いを断ることができないこともしばしばです。
 誘いを断ることでチャンスが減るかも?もう次のチャンスは来ないかも?と不安に感じてしまうのです。

 

 休みでも、どういう過ごし方をしたら”最適”なのか?を考えて動けなくなってしまいます。結局、街を当てもなくぶらぶらして、ごまかしたりすることもあります。

 

 一般的には、こうした判断は、自分の感覚に合うか合わないか?で決めるようなものですが、外側に正しい判断の基準があるかのような感じがして自分の主観から決めることができないのです。

 同時に、どこかむなしい感じがあります。「今ここ」を生きている感覚がありません。

 

・ローカルルールなど、他者に振り回されやすくなる

 

 過剰に客観的であるとは、結局、他者の意見を客観的な情報として過度に重んじてしまう、ということです。

 そのため、思わせぶりな人の発言がとても気になります。人によっては、占いなども、ばかばかしいと思いつつも、もしかしたら?と気になって仕方がなくなることもあります。

 「過剰な客観性」を持っていることで、ハラスメントを受けやすくもなります。
 別の記事で「ローカルルール(偽ルール)」について解説させていただきましたが、「これはルールだ」「これが常識だ」といった言葉を真に受けてしまいます。

(参考)→「ローカルルールとは何か?」 

 

 特に、ローカルルールで自己の不全感を解消したいと考えている人たちは、相手をコントロールするためのポイントを心得ていて、自分の都合の良いようにゴールポスト(≒正しさの基準)を動かし続けるからです。

 しかし、「過剰な客観性」を持つ人にとっては、ゴールポスト(客観的と感じる基準)は絶対ですから、ゴールポストを動かされていることに気が付かずに、自分の蹴ったシュートが外れたこと(ミス)を指摘されて落ち込み、相手のゴールは常に入ることを見て自信を無くして、相手のほうが正しいと思わされ、支配されてしまうのです。

 

・ローカルルールなど、他者に振り回されやすくなる

「過剰な客観性」は、性格の問題ではなく、トラウマなどの影響によって生じる“状態”です。

そのため、「自分がおかしいのではないか」と責めるのではなく、「今こういう状態にあるのだ」と理解することが出発点になります。

この感覚を取り戻していくことで、少しずつ自分の判断や感覚に対する安心感が戻ってきます。

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トラウマを負うと一元的価値観になる

 

 トラウマを負った人(不安定型愛着)の特徴の一つとして、一元的な価値観になる、ということがあります。

 

 一元的価値観とは何か?というと、簡単に言えば、善悪(正誤)の基準がこの世で一つだけ、ということです。

 

 トラウマを負うと、この世が危険な場所であると感じられ、常に漠然とした不安になります。不安から逃れる方策として、どこかに絶対の価値観があるという観念を持ったり、自分がその価値観から外れた罰としてトラウマを負ったのだ、という感覚を持つようになるのです。

 

 さらに、トラウマは人から、特に親から、負わされることがあります。本来であれば、親に対しては、反抗期を経て、自らの価値観を確立して、多元的になるものです。

 

 しかし、トラウマの影響で、親には反発しながらも、依存させられる、ということが起きるために、本当の意味での反抗期を経ることができません。結果、世界が絶対的な一つの基準でできている、といった価値観を自然と持ってしまいます。


 一元的価値観があると、その価値観の中で力の強いものが上位に来て、そうではないものが下位に来て、支配されてしまう、ということが起きます。

 

 そのため、トラウマを負った人は、常に、どこか自分はダメなおかしな人間だとして、自信がありません。また、社会に出ると、その場で力の強い人にいいようにされたり、支配されやすい傾向があります。

 

 逆に、躁的防衛として、妙に尊大になって、相手を見下したり、自信満々になりますが、周囲に反発されると脆い性質があります。


 とってもピュアで理想主義的ですから、自分の価値観を他者に押し付けてトラブルになりがちだったり、他人が高い理想を求めないことについて落胆することがあります。

 

 よくあるのは、感情的になったり、他者の悪口などの意識の低い発言をする身近な人を見て、「なんで、この人はもっと高い精神性を持つように努力できないんだろう? 気が付けないんだろう?」と感じてイライラする、といったことです。

 

 

 一元的価値観ですから、他人も自分と同じように考えるはずだ、として、相手に期待しますが、当然ながら相手は同じようには考えてくれずに、失望してしまいます。

 

 

 さながら、テロリストのような心性をもっています。
(理想主義的で、モチベーションが高く、正義感も強く、他人に期待して失望する、ということです。)

 
 自他の区別がつかないために、相手の言葉を真に受けやすいです。
なぜなら、一元的価値観ですから、相手の言葉≒事実 として受け取ってしまうからです。

 「相手は相手。自分は自分」とは思えないのです。

 


 トラウマを負った人は、一元的価値観を持つという性質を利用されて、親や上司の言うことは自分よりも正しい、としてハラスメントに遭いやすく職場や家庭でいいようにされてしまいがちです。

 

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