主婦、ビジネス、学校、自己啓発・スピリチュアルの世界でも幻想のチキンレースは蔓延っている

幸せイメージ、こうあるべき、という幻想のチキンレースは、主婦、会社員、学校でも氾濫しています。

 

クライアントで主婦をされている方が悩むのは、
「主婦としてこうあるべき」「妻としてこうあるべき」「母としてこうあるべき」という圧力。
「ほかの奥さんたちはテキパキうまくやっているのに」
「私は(子どもは愛情をもって接しないといけないのに)子供にイライラしてしまう」

「私は子育てがうまくできない」

といったことで苦しんでいます。
実はこれも、試験勉強で勉強をしているのにしていると正直に言わない同級生と同じで、ほかの奥さんたちもそれぞれにできておらず、それぞれに不器用なのです。
でも本当のことは誰も教えてくれません。

(お客さんには冷蔵庫の中身は隠すものだし、散らかった部屋はカーテンをするものです。ありのままには見せてくれません。)

 

 

最近は芸能人ママ、カリスマ主婦がTVに出たり、本を出したりして、そのファッショナブルなイメージと比べて、自分はうまくできていない、と感じています。

自然体で、肩の凝らないママ像、主婦像も広まってきて、それ自体は良いことなのですが、今度は、自然体ではない自分と理想とを比較して、苦しむ人が出てきます。
実は、芸能人ママも、カリスマ主婦も当然ながら、見せたい部分だけを見せる演出が入っています。彼女らは、そうしたイメージを商品として世に出ているタレント達ですから、どれだけ自然体に見えてもリアルな姿ではありません。

それはフィクションであり幻想なのですが、真面目な人、悩んでいる人ほど真に受けてしまいます。

 

 

 

幻想は家族からももたらされます。

あるクライアントさんは、仕事と家事を両立できない、ということで悩んでいました。

すべてを完璧にしようとしてうまくいかず、ストレスから夫に暴言を吐くようになって、離婚寸前までいっていました。

カウンセラーは、両立なんて無理ですよ、といいますが、どうしてもその忠告は頭に入りません。

母親が完璧な主婦だったからで、そのイメージを忠実に内面化しているため、どうしてもそこから撤退することはできないのです。

 

「パーフェクトマザー」という極端な幻想は最近はなくなってきましたが、いまでも現代的な形で形を変えて幻想は続き、自分ができていないことは隠し、我慢しあうチキンレースは続いています。

 

 

 

 

職場でも同様です。
「デキる人」「デキるビジネスマン」という幻想はあります。

これも実はビジネス書であったり、社内の見栄で作られた幻想にすぎません。
人間の能力はそれほど差があるわけではありません。
単に見せ方がうまかったり、装飾されていることも多いのです。

少し前までは、残業してバリバリ働くことが善だったわけですが、最近急速に、それは「ブラック」とされるようになりました。
「時代のせいだ」というかもしれませんが、生物学的には同じ人間ですから、今と昔で何が違うのでしょうか?
今でも過労死するのであれば、昔も同じくしんどかったはずです。

結局、皆無理をしあう苦しいチキンレースをしていただけかもしれません。

 

 

 
かつて、中国の毛沢東の時代に、
「農業は大寨に学べ、工業は大慶に学べ」といって、共産主義社会の成功例をされていた地域がありました。
当時は日本など海外で共産主義を信じる人たちも、成功例として信じていました。
実はのちにわかったことは、それは役人が出世のために作ったヤラセで、本当は宣伝されていたようにはうまくいっていませんでした。

しかし、成功例があると知らされると、疑問を感じていても、自分たちはできていないだけと感じて、無理をして頑張ろうとしてしまいます。
結果、中国では無理な政策によって大飢饉が起きたり、多くの人が餓死したりといったことが起きてしまいました。

 

 

宗教の世界でもこうしたことはあります。

モデル、成功例を出して、「あの人はうまくいっている(デキていないあなたたちは足りていない)」として、信者をコントロールしようとします。

でも、実際はそのモデルの信者はただふりをしているだけで、実際はうまくいっていなかった、ということがあります。
オウム真理教でも解脱したとされる幹部たちは、「解脱したふりをするワーク」をしていたそうです。

 

 

 

機能不全家庭では、兄弟がいた場合にある子を「良い子」としてモデルにして、他の子どもをコントロールしようとします。
疑問を持った子供は「素直じゃない(だから愛されないんだ)」といって押さえこまれてしまうのです。

 

 

ビジネス本、自己啓発やスピリチュアル本の世界でもこうしたことはあります。
華々しく成功した、~~の方法で一週間で億を稼いだ、~~を引き寄せて幸せになった、といった内容の本があります。
その内実はどうだったか?を伺ったことがあります。

実は本を売るために事実が装飾されていたり、継続できない一時的なものであったり、本当はもうかっていなかったり、カリスマといわれながら社内や家庭内はボロボロだったり、のちに不正などで摘発されたり、疑問を持った読者を追い出したり、などなど

本に書いてあることはまったくの嘘ではないかもしれませんが、ありのままではありません。

セミナーで登壇するカリスマは、演者としてカリスマを演じているのです。

 

 

でも、トラウマを負った人、真面目な人は実際のことはわからないまま、真に受けてさせられてしまっています。

成功例のようにうまくいかない自分を責めて、悩んでしまうのです。

(さらに、「成功を引き寄せるためには、素直になりなさい。ポジティブな部分だけを見なさい」といわれていますから、余計に疑問は持ちづらいです。)

 

 

これも、一階部分(裏ルール)を知らないまま、二階部分だけで生きることを余儀なくされているからかもしれません。

 

環境(クラウド)からもたらされる幻想はあちらこちらにあって、解決手段であるはずのものや助けてくれる人の中にも幻想は埋め込まれています。

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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お悩みの原因や解決方法について

 

世の中の幸せイメージは実は幻想かも

 

カウンセリングをしていて、
クライアントさんが共通して悩んでいることとして、自分は普通の人と比べておかしい、不幸である、ということです。
例えば、友人がほとんどいない。
私は結婚もしていない、家族もいない、といったようなこと。

 

 

実際にお話をお伺いすると、確かにそうです。
なるほど、その通りなのです。

そこで感じる苦しみも他人が相対化できるものではありません。

よく自己啓発などやポップ心理学が言うように、
「あなたの考え次第」といったようなことでは解決できない。

なぜなら、本当に本当に辛く、苦しいからです。
ホームレスなど経済的に苦境にある方などもそうですが、
ネットワークから切れてしまい、また社会からのまなざしも影響して、本当にそこから抜け出せなくなる。
本人の意識、考え方ということだけでは解決などできない。
本人を苦しめる考えというのはクラウドを通じて本人の外からやってくるのです。

 

 

 

その苦しめる考えというのは負の暗示であり、暗示であるという点である種の幻想です。実際ではありません。でも、個人の思い込みなどではない。

 

 

例えば、友人がいない、ということについても、実は、普通の人も案外いないのです。

 

筆者も、昔、海外留学していた際に知り合った年上の友人がいて、その人は、とても社交的でした。
何人も彼女を作るような人でした。
自分とは違うな、と思ってあこがれていました。

しかし、ある時、語学学校のアクティビティで、課題に取り組んでいた時に、友達に関する問いに対して、その社交的な友人は、「友達を作ることは難しい」と書いていたのです。

筆者はそれを見て驚きました。

筆者は友人との付き合い方がうまくわからなくなって落ち込んでいた時期だったので、自分だけが友人を作るのが難しいと思っていたのです。
でも、その社交的な友人にとっても「友達を作ることは難しい」ことだったのです。

 

 

 

「友人がいない≒人間性に問題がある」という誤った観念が世の中にはあるように思います。でも、それらは実際ではありません。誰でも友人を作るのは難しいし、厄介です。

友人に裏切られたり、がっかりさせられたりすることも珍しくないことです。

 

 

でも、だれも、その裏ルール「一階部分」をわざわざ教えてくれません。だから、チキンレースのように心を病むまで我慢し、取り繕い続けるのです。

最近は、大学でも、便所飯といって、一人でお昼を食べる恥ずかしさから、お昼をトイレの個室で食べる人がいるそうです。それも、「友人幻想」からくる作られたコンプレックスなのかもしれません。

 

 

 

大嶋先生が書籍で書いていますが、
釈迦の逸話で、
夫と子どもを失った女性がおかしくなってしまって、釈迦(ゴータマ)に相談します。
すると、釈迦は、「一度も死者が出たことがない家から、からし種をもらってきなさい」といって、村の家々を歩き回らせます。

 

その女性が訪ねていく家々では、「実は、私の家でも・・・」といって、どこの家にも不幸があったのです。
そうしていくうちに、女性の悩みはほどかれていきます。
この逸話で大切なのは、その女性個人の考え方を変えたから悩みがなくなったのではない、ということ。

おそらく、その女性も、「家族を失う≒穢れている」という共同体(クラウド)の幻想に縛られていたのだと思います。
その幻想は、個人の意識ではどうにもならない。個人の意識転換だけで乗り切ろうとすると、つっぱったり、ひらきなおったりと奇抜な言動に陥ることも多い。

でも、共同体全員が、「実はうちでも・・・」と、ある意味「裏ルール(一階部分)」を確認し合ったことで、
チキンレースは終了し、クラウドから流し込まれる(上書きされる)幻想がなくなったことが解決につながるポイントだったのです。

 

 

 

悩み、トラウマにさいなまれると、裏ルールは本当にわからなくなります。実は、だれも不幸であることは隠そうとするのです。

最近は、芸能人のぶっちゃけ話を放送する番組が増えましたが、そこで語られるのは、華々しく見えても、皆それぞれに不幸であるということです。

明石家さんまさんも、離婚で、自宅の借金を何億も背負ったそうです。でも、その当時は、お笑い界に絶対的に君臨する順風満帆な人にしか見えていませんでした。そんな苦悩はその時は隠されています。

 
昔、中学生の時に、中間、期末試験の際に、「どのくらい勉強した?」と聞くと、「勉強していない」と真顔でウソをつくやつが何人もいました。
当時、ウブだった筆者はそれを信じて「勉強していないのに、あんなに成績がいいのは、(勉強している)自分は劣っているのかも」と思ったことがあります。でもそれも“幻想”でした。

 

 

中学生でもそうなんですから、大人の世界はもっと見栄っ張りで、ウソや虚構も多いことでしょう。

特に、私たちはテレビやネットの影響をものすごく受けます。
テレビは、あくまで「TVショー」であり、作られたショーですから本当のことではないのですが、なぜか真に受けてしまいがちです。

 

 

それも「裏ルール」がわかれば、「なんだ、みんなそれぞれに苦労があるし、大したことないんじゃないか」となります。
「自分だけ、人とうまくいかない」
「自分だけは、親もひどいし、愛着が安定している人にはかなわない」

と悩んでいる人はたくさんいます。
でも、それ自体がクラウドから流し込まれた幻想です。

ただ、繰り返しになりますが、「本人の考えを変えれば解ける」といったような簡単なものではない。

クラウドからの上書きされる影響もシャットアウトして、はじめて幻想から抜け出すことができます。

そこに悩み解決の核心が見えてきます。

 

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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トラウマの世界観と、普通の世界観

トラウマなどで自己愛が傷ついた方は、ややこしい人を好きになる傾向があります。自分が何とかしてあげたい、と思う人に惹かれます。

 

ストレートではない、ひねくれたような
ややこしいやり取りが好きです。

そうして、心が擦れ合うようでないと実感がわきません。

その心が擦れ合う状態が、「恋愛」だと錯覚しています。
たまに、愛着が安定した普通の人がやってきますが、つまらなく感じてしまいます。

そして、またややこしい人に惹かれてしまいます。

 
これは恋愛に限りません。

日常や仕事でもそうで、旅行だとか、イベントだとか、成功だとか、大きな刺激や冒険でないと
幸せとは感じられません。

日常とは空疎で、つまらないものと感じられてしまいます。

今の自分は成功者ではないと感じています。
一生懸命、坂の上の雲を追いかけようとします。
こうした感覚は、文学の世界などや、起業家、政治家なども持っていて、彼ら(彼女ら)が書く作品や発言には、その世界観が反映されます。

 

 

 

しかし、精神科医やカウンセラーから見ると、名を成す人というのは自己愛が傷ついた人が多く、その考えには彼らの世界観が投影されています。自己愛の傷つきが活力となって才能と結びついて、爆発的な成果を産みます。

成果が上がることはまれなことで、多くの場合はそうではありません。
多くの人は、もがいて、もがいて、疲れ果ててしまいます。

 

 

 

ただし、“成功”できないからといって、それが悪いことではありません。
実は、成功や幸福や成長(「自分を治そう」)ということ自体が、自己愛を傷つける原因を作った人たちから刷り込まれた幻想だからです。
「(愛情(成功)が与えられないのは)お前が素直な子じゃないからだ」
「いい成績を取らないと(成功しないと)、生きている価値がない」

といったように。

釈迦の掌の上で、踊らされた孫悟空のように、飛び回らされますが、“成功”とは、実はそれ自体が、非愛着的(トラウマ的)なスキームであった、というわけです。
一方、トラウマが取れてきて、愛着が安定してくるとどうなるか、というと、

例えば、日常で、
ぶらぶらと散歩していて
猫があくびをしているのを見つけたら、心が和む。
道端の花に目が行く。
というように、日常の些細なことで満足できるようになります。

また、
トラウマを負っているときにはあった、あのファンタジックな、ヒロイックな感覚が襲ってこない。
運や縁に任せる感覚がある。
不安感がほとんどない

ということもあります。

 

 

トラウマが取れて気が付くのは、トラウマを負っていた時の感覚っていうのは、結局、症状だったということ。

刺激を渇望するように、成功だとか、自分を治す、といったことを追いかけていたけども、それらは必要なかった、ということです。

日常とは“つまらない”もの、だけど、つまらないからいい。
そこにこそ安定であり、本当の幸せ、よさがある、ということが分かるようになってきます。

 

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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自分に問題があるという前提の取り組みは、最後に振出しに戻されてしまう

トラウマを負った人は、頭のいい人や本当は力のある人が多いです。過酷な環境をサバイブしてきていますから、サバイバル能力もあります。向上心もあります
そのため、自分の弱点や、悪いところを改善しようと一生懸命になります。ビジネス書を読んだり、自己啓発の本を読んだり、セミナーを受けたり、セラピーを受けたりと、一生懸命に取り組みます。

 

そして、弱点の発見→解消、弱点の発見→解消、と続けていきます。

最初は、ぐんぐんと成長している、ように見えます。
それを糧にさらに努力します。また、成長を感じます。
さらに頑張ろうとします。少し疲れてきます。
でも、頑張ろうとします。周囲とのギャップを感じ始めます。さらに疲れます。
もっと頑張ろうとします。周囲から批判が来ます。
あれ?と気持ちが折れてしまいます。
もうこれ以上は頑張れなくなってしまいます。
最後にはまた元に戻ってしまう。結局、成長していない自分に直面するのです。
ジェットコースターのカーブのように上がった果てに、落ちてしまうのです。

 

なぜでしょうか?

 

 

 

弱点の発見→解消 ということで自分を高めるやり方は、
自分の愛着の土台を掘り崩していってしまうからです。
おもちゃのジェンガのように、掘り崩しては上に立て、上に立て、としていくので、最後は崩れてしまうのです。
さらにいえば、自分の弱点そのものが養育環境で刷り込まれた幻想(負の暗示)です。最初に一言、「お前は変だ」「お前はよくない子だ」という呪い、スティグマを貼られたために、その解消の旅に出る主人公です。

 

 

本当に必要な前提は、自分は大丈夫、と知ること。本来、親にしてほしかったこと(愛着)を自分にするということです。
(でも自分だけでは暗示が解けないからカウンセラーの力を借りることになります。)

ただ、あまりにも生きづらく、苦しいために自分を改善しようと躍起になってしまうのです。

 

 

 

あるクライアントさんは、
自分は醜い、人よりも劣っている、という考えの元、
美容整形をしたり、一生懸命にセミナーや、セラピーをあちこちに受けに行っていました。カウンセラーから見ると、容姿は美しく、チャーミングですが、本人はまったくそうは思っていなかったのです。
人からほめられたり、大丈夫ですよ、といっても、励まし、お世辞ととらえて、まったく満足することはありません。
良くなって、もうカウンセリング終結というところまで行きましたが、友人からひとこと言われた言葉で、「私は何も変わっていない」とパニックに陥ってしまいました。
(カウンセラーから見れば改善しているのですけれども)

次から次と改善点を見出しては、振出しに戻ってしまうのです。

 

 

 

自分を自覚的にとらえて高めようとするのはポップ心理学や自己啓発と相性のよい価値観だったりします。

 
よく考えると、そこで語られていることは、昔自分をひどい目に合わせた親の言葉と変わらないものです。
「自分がおかしな人間だと認めて、もっと努力しろ」ということですから。

 

 

 

 

トラウマを生む虐待、ハラスメントとは、存在(Being) を 行動面(Doing や Having) にすり替えて、ダメ出しして負の暗示を入れていくことです。

 

 

 

仕事で知識がない、経験がない、とか、試験に受かるために勉強する、スポーツで頑張る、といった行動面(Doing)では一定の努力は必要かもしれません。

しかし、存在(Being)という領域に関して、自分を高める必要などまったくありません。もともとちゃんと自分はありますから。むしろ、適当に、自分に甘く、ゆるく、そこにあるだけでいい。なりたい自分は年表の先にあるのではなくて、今そこにある、ということなのかもしれません。

 

 

 

自分はおかしな人間だ、という幻想からスタートさせられているため、トラウマを負った人は、自分を否定しながら努力を続けさせられ、水が漏れるようにスキル、経験が積みあがらず、最後に振出しに戻るパラドクスに陥らされてしまうのです。

 

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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裏ルールを身に着ける方法はあるのか?

 

裏ルール(一階部分)は
本来は、学校や地域などでの人間関係、の中でもまれて身に着けていきます。

 

例えば、
ちょっとしたやり取りでなぜか友達や先輩がへそを曲げた。うそをついたり、隠し事をしたりといった経験。
信頼している友達に裏切られたことがある、など。

そうした中で、他者が自分とは同じではないことを体感していき、どうすれば、相手の“ややこしさ”を引き出すことなく、うまく付き合えるのか?を学んでいきます。

 

 

友情や信頼、といった表面的なキレイゴト(二階部分)ではなく、その土台にあるどろどろとした人間の在り方(一階部分)を知るようになります。

 

 

 

ただ、トラウマを負った人は、そこを回避して、ファンタジー、ニセ成熟状態で生きていますから、二階部分(キレイゴトの表ルール)のみで一階部分(裏ルール)が抜けてしまって、社会に出たときにうまく対応できなくなるのです。

 
※学校というのは、ローカルな全体主義がはびこりやすいところですから、かならずしも学ぶ機会としては万全の場所ではありません。結構難易度の高い場です。

(参考)→「いじめとは何か?大人、会社、学校など、いじめの本当の原因

 
そのために、少なくない人がそこから挫折していきます。挫折することが異常なことではありません。

 

 

 

 

では、裏ルールをうまく身に着けられなかった人が改めて身に着けることができるのか?

臨床の経験でいくつか有力なヒントがあります。

 

 
カウンセリングの中で、生きづらさを抱えるクライアントさんに、生きづらさがなぜ起こるのか?そのメカニズムを説明する中で、裏ルールとは何か?についても整理してお伝えすることがあります。
面白いことは、裏ルールとは何か?を知識として知るだけで、メキメキと安定して、よくなっていくケースがあるということです。
これは、実は普通であれば暗黙知として知っているであろうことをただ知らないだけ、教えてくれる人がいないだけなので知識として知ってしまえば、短期間で急激に成長するということのようです。

 

 

ただし、その際には条件があって、
裏ルールを知らないということを劣ったことであるとカウンセラーもクライアントも思わないこと、自分を「大丈夫だ」と信頼すること、安心、安全な環境があることです。

ティーチング(教示)が挫折するのは、教える側に知らない相手が劣っているという意識があることや、教えられる側も、知らない自分はダメで、ダメだと思われている、という意識があることがあります。

 

 

実は、裏ルールというのは、普通でも異文化を理解するように、知ってはいても、なかなか理解が難しいものも多く、そんなに簡単なものではないのです。実は、人間は誰しも少なからずなんらかの裏ルールが抜けて生きているといえなくもないのです。

 

 
ですから、知らないものを、あたかも学者が研究対象を解明するようにニュートラルに、伴走者や理解者(カウンセラーなど)とともに知っていくというのは、一つの有力な方法です。

 
「自分(あなた)は大丈夫」という土台、器があれば、裏ルールはどんどんと身についていきます。

 
翻って考えれば、裏ルールが身に着けられない足場が奪われる一番の理由は、「お前はおかしい」というメッセージ(暗示)を身近な人たちから浴びてきた、ということかもしれません。

 
実際に、裏ルールは、成人してからも身に着ける機会は実はたくさんあります。ただ、土台や器にひびを入れられていますから、そこから学んだことが漏れていくのです。

 
トラウマを負った人が一番感じるつらいことは、学んでも学んでも経験が積みあがっていかない、という感覚です。

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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人間、クラウド的な存在

さまざまな研究でわかってきているのは、人間はスタンドアロン(単独で成立している)ではなく、どうやらクラウド的な存在であるということです。

ネットワークの切れたスマホが機能しないように、人間も外部のネットワークに主体があって、そこからの影響を受けて存在しています。

そのため、人間の中にある無数のモジュールのすべては外部から取り込んだものであり、本来の自分の考え、感覚ではありません。外からの影響を内面化しているだけです。

例えば、
夜中にラーメンを無性に食べたくなることがあります。
後で後悔してしまうように、これは本来の自分の欲求ではありません。

買い物でも、買いたくないものを買いたいと錯覚して買い、後悔することもあります。
直前に見たCMや他人の持ち物に影響されて動かされていることも多いです。

人間の心は環境に拡がっている、ということはアフォーダンスといいます。哲学の世界では昔から言われていることです。

 
環境の影響を内面化しながら人間は成立しています。
外部からの影響を玉ねぎのように削いでいったら、自分というものがどこにあるかが確定できなくなります。

そのため、心理学では、「自由意志信念」といい、「“自由意志”とは、信念でしかない(本人が自分の意志で動いていると思っているだけで本当はその確証はない)」ということが当たり前に言われるようになってきています。

私たちが感じる、ネガティブな感情や感覚はほぼ99.9%が自分のものではありません。

「自分に自信がない」
「他人への嫌悪感や怒りが収まらない」
「不安でどうしようもない」

という時、よく考えてみれば、それらは自分の家族の考え(声)だったりします。

忠実なサラリーマンや官僚が組織の指示をそのまま内面化するように、機能不全家族でトラウマを負った子どもも、“優等生”として理不尽な親の影響(方針)を内面化します。時間がたつにつれ内面化したものが自分のものかどうかもよくわからなくなり、苦しむようになるのです。

 
悩みを「自分のものだ」と真に受けてしまっているうちは、なかなかよくなりません。
反対に、悩みとは環境からの影響にすぎない、と気が付くとその影響を受けにくくなります。

 
カウンセリングの究極的にめざすところも、その人がおかしいところを治そうとするのではなく、「“悩み”とは、自分のものではない」ということに気づくためのお手伝い、この一点になります。
※クライアントもカウンセラーも、自分たちがクラウドであることをついつい忘れて、自分たちそのものがおかしいととらえ、そのおかしな自分を治療しているとおもってしまいがちです。

 

 

「心に聞く」も遺伝子コードもトラウマケアもすべてそのための技術です。

(参考)→「「心に聞く」を身につける手順とコツ~悩み解決への無意識の活用方法

 

例えば、本人が、「これ(悩み)は私のものではない」と気づけば、遺伝子コードを唱えなくても、悩みは収まります(エピジェネティクス?)。
でも、意識的な言語ではどうしてもそれが達成できないので、遺伝子コードを使っているだけなのです。
(これが遺伝子コードを唱えることの本来の意義です)
人間がクラウド的存在だからこそ、意識的ではないアプローチが効果を発揮します。

 

 

 

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「心に聞く」のさらなるしくみ

ダメ出しを避けて、本質に迫るための方法の一つに、「心に聞く」というメソッドがあります。

(参考)→「「心に聞く」を身につける手順とコツ~悩み解決への無意識の活用方法

 
「心に聞く」を何か、神秘的な、不思議な技術であるかのように誤解している方もいますが、実はそうではありません。ちゃんと、合理的な仕組み、種があります。
人間の脳とは、社会脳脳といって、複数のモジュール(ネットワーク)から成り立っているといわれています。
アメリカの心理学者マイケル・S・ガザニガなどが提唱している仮説です。人間は一枚岩ではなくて、複数のネットワークがいつも並行して動いているような存在です。

 

解離性障害の研究をされている岡野憲一郎教授は、
「心のどこかに無意識と呼ばれる部分があるのではなく、意識やとのつながりが現在立たれているネットワークが、無意識とよばれる」(「心のマルチ・ネットワーク」) としています。

パソコンやスマホを思い浮かべるとよいと思います。
LINEを操作している裏では、FacebookやYahooのアプリが動いていて、ニュース速報などを知らせてくれたりします。その時、LINEは「意識」で、その他のアプリは「無意識」になります。

 

バックグラウンドアプリのアラームが制御できないと、人間の場合それは「幻聴」「幻覚」と感じられます。
たしかに、スマホでもポップがうるさい時はありますね。
人間は、生まれてくる中で、他人の考えや社会の規範などをモジュールとして“内面化”しています。
自分の考えと考えているものの正体は、実は内面化した他人の考えだったりするのです。

ダメ出しが激しい両親のもとで育つと、それらがモジュールとして常に作動し、邪魔をして物事の本質をとらえること、無意識に任せることを妨げます。

 

 

 

 “「心に聞く」のさらなるしくみ”とは何かといえば、自分を助けてくれる、味方となるモジュールを「心(あるいは光)」と意図的に名付けて、名指しで指名することで、それ以外のモジュール(ダメ出しやノイズ)の邪魔を排除する技術、言葉によって脳内の特定モジュールとつながる方法なのです。

 

 

 

(参考)→「「心に聞く」を身につける手順とコツ~悩み解決への無意識の活用方法

 

 

 

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判断しない(無意識に任せる)とはどういうことか?

 

先日、サッカー日本代表の試合を見ていました。

いつものメンバーとは違い急造チームだったためか、連携もうまく取れておらず、ミスも多い。
もどかしい試合展開でした。

見ていると、
「なんで、そこでミスをするんだ」
「どうしてこの選手が先発なんだ」
といったことが頭で沸いてきます。
ただ、そうした頭で沸いてきたことを客観的に眺めながら、ふと、最近読んだ新刊の「大嶋信頼「無意識さんに任せればうまくいく」」のことがよぎりました。

「ああ、意識で判断しているな」と。

すると、
「監督が何か意図があるのかも?」とか、
「この選手も何か理由があってうまくいっていないのかも」
「選手を身近で見ているのは監督だから、起用されるには意味があるんだろうな」
「なのに、意識で判断するのって、おかしいな」
と判断を打ち消すようなカウンターとなる疑問も浮かんできます。

優れた監督であれば、どうとらえるのだろうか?と本質について考えるようになってきます。

 

 

 

そうしているうちに気が付いたのは、

「最初に頭に浮かんできたことって、「判断」うんぬんというよりも、”ダメ出し”なんじゃないか?」ということです。
単に、判断する、しない、といった高尚な段階ではなく、そもそも”ダメ出し”というプロセスが常に頭にあって、それが物事をありのままに見えなくさせているんだ、ということに気づきます。
判断しないようにしよう、とすると難しくてできなくなりますが、それ以前の”ダメ出し”が問題なのだということです。
普段、自分を責める声だったり、恥ずかしさがわいてきたり、というのも、判断というようなこと以前にダメ出しが頭を支配している。
人間というのは、一枚岩ではなくて、複数のモジュール(プログラムや人格のようなもの)で出来ているということが分かってきています。

モジュールというのは、育ってきた中での規範や周囲の声を内面化したものです。

例えば、親が批判的であったり、厳しかったりすると、よい子であればあるほど、優等生としてそれを内面化しますから、大人になるにつれて苦しむようになります。
例えば強迫的な”ダメ出し”が沸いてきて、周囲との人間関係が悪くなったり、頭の中が騒がしくなってしんどくなるということが起きてきます。

クライアントさんでも、頭の中で自分や他人への”ダメ出し”が止まらずに苦しんでいる方は少なくありません。

それらを、無意識とつながることで、ではなく、妄想やファンタジーで何とかしのいだり、リストカットなど外部からの刺激やマヒでごまかしたりしてしまうのです。
無意識は「判断」しないか、といえば、「判断」している、と思います。
例えば、ジュリアン・ジェインズの「神々の沈黙」では、古代の人々は、無意識のみで生きていた、という仮説が紹介されています。

無意識のみで生きるといっても、酩酊状態というわけではなく、危険を察知して避けたり、何かを「判断」したりはしていたことでしょう。
心(無意識)に聞けば、答えが返ってきますが、それも、「判断」があるから返ってくるといえます。

(参考)→「「心に聞く」を身につける手順とコツ~悩み解決への無意識の活用方法

 

では、偽の判断、と本来の判断との違いは何か?といえば、まず、ノイズがないこと、”ダメ出し”というプロセスが排除されていること、といえます。

 

一級の哲学者や科学者が、表面的な常識や思い込みを排して、物事の本質をとらえますが、まさに、あのような感じではないかと思います。

 

 

冒頭のスポーツの例でいえば、優れたリーダーの在り方もそうだと思います。
優れたリーダーは、意識で沸くダメ出しにとらわれず、例えばマスコミの声がうるさくても、まず、本質をとらえようとします。
例えば、そのサッカーの試合であれば、選手のいい悪いということではなくて、
・システムの問題点
・どこを改善すればいいのか
・(うまくいっていなくても)その選手の強みを探して発揮できるようにする
・そもそも、この試合の長期的な意図

といったことを冷静にとらえます。表層的に目の前の人のせいにすることはありません。

 

 

現象学のフッサールは、「カッコでくくる(エポケー)」と言いましたが、私たちが意識で漠然と持っている常識とは、これまで私たちが内面化してきた他者の意識にすぎません。

それらをいったん、カッコでくくってどこかにやってみる。

そうして心静かに待っていると、、実は、物事の本質とは向こうからこちらの思い込みをねじ伏せるように迫ってきます。

それが、「大嶋信頼「無意識さんに任せればうまくいく」」で伝えている、無意識さんに任せる、ということではないか、と思います。
無意識さんに任せる、という行為は、悩みの渦中にある人、トラウマを負った人ほど、そのことに本質的に触れていたります。
本質的に触れている一方で、ノイズも大きいために、トータルで見ると、安定型の人、トラウマを負っていない人よりも不安定に見えて、思い込みやとらわれが多く見えているだけなのです。

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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お悩みの原因や解決方法について

 

トラウマ的環境によって、裏ルールを身に着けるための足場を失ってしまう

 

筆者は、昔少年野球のチームに入っていました。
父が見つけてきた、なぜか他の校区のチームでした。

チームに入ったはいいのですが、みんな知らない子ばかり。先輩ともどう話をしていいかわからず、筆者はずっと黙っていました。
(今でいう緘黙というものだったのかもしれません。)

 

 

 

野球は厳しくて、練習は大変でした。
当時は、水を飲んではいけない、という時代でしたので、昼の1時から7時まで休憩なしで練習していたこともあります。

先輩たちは、うまくさぼったりするようなこともできていて、ボールを外にとりに行くふりをして水を飲んだり、
監督が来ないように、コーチから連絡先を尋ねられても知らないととぼけたり、と悪ガキぶりを発揮していました。

 

 

 

一方、前回も書きましたように夫婦ケンカばかりの家で育った私は、それらを回避する手段として、キレイな表のルールを身に着けていて真面目でした。
(特に母親の性格もあってか、地元の子供のグループには入らずに、仲良くしていたのは、近所でキリスト教会を管理している家のお兄さんでした。それもあって余計に、先輩との関係というのは苦手だったのだと思います。)

筆者は、真面目だったので、体育会系の悪ガキな雰囲気に戸惑って、罪悪感もあり、うまくさぼれず、ウソもつけませんでした。

 

 

 

では、悪ガキの先輩たちがいつもさぼっていたかといえばそんなことはなく、練習は厳しいので取り組むところは取り組んでいたと思います。
結構強いチームでしたから、卒業してしばらくして後に甲子園に行くようなうまい人もいました。
言葉を換えれば、「要領がいい」ということかもしれません。
少年野球はしんどかったですが、それがなかったら、もっと表のルールだけの人間になっていたかもしれません。
裏ルールというのは、一つにはそういうところでもまれて何となく身につくものかもしれません。
かつて(今でも?)就職でも体育会系が好まれたり、というのも、そうしたことを表しているのでしょうか?
トラウマを負うというのは、そうした裏ルールを身に着ける経験を積むような足場を奪われてしまう、ということになります。

クラスや部活などにもうまく適応できない、ということが起こってしまって、裏ルールが身につかないから、次の学年へと上がっていっても、さらにうまくかかわれない、ということが起きます。

 

 

 

筆者の場合は、中学で大きく人間不信に陥ることがありました。父が、(仲良くしている親戚のお兄ちゃんが)「お前のことを嫌いらしいで」と余計な告げ口をしてきたことで、衝撃を受けてしまったことに端を発します。その時は頭が真っ白になって、その後の父の言葉は耳には入ってきませんでした。

芸人の千原ジュニアも、友達のお母さんから「あんな子と遊んだらあかん」という言葉を耳にしたことがきっかけでひきこもりになったエピソードを話していたことがありますが、それと似たような感じです。
それから、高校では、スランプに陥ったかのように友達の作り方が分からなくなってしまうようになります。
(おそらく、一つのエピソードだけのことではなくて、長年のトラウマの累積効果ということも重なっていたと思います。)

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

どうしようもなく、ガリ勉になることで大学受験を乗り越えますが、王道の発達ルートの(つまり、裏ルールも身に着けながらもまれて成長していく)足場を失ってしまったことで、その後、大学、社会人ととても苦労するようになります。

 
生きづらさを抱えたり、悩みにある方たちも、それぞれに躓いていたり、足場を失ったような、そんな経験をお持ちであることが多いのです。
ただ、本人は一生懸命に努力して生きてこられているので、それが当たり前だと思って気が付かずにいることがあります。

 

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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ローカルな表ルールしか教えてもらえず、自己啓発、スピリチュアルで迂回する

トラウマを負った方に多いのですが、やはり、養育環境が機能不全家庭であったことが多いため、機能不全家庭のローカルな表ルールしか教えてもらえずに育ってしまう、ということがあります。

表ルールとは、「こうるすべき」「こうすることが正しい」という一面的で硬直的なルールを言います。 二階建ての説明でいえば、「二階の部分」のことです。

(参考)→「世の中は”二階建て”になっている。

 

 

 

しかも、そのルールは、その家庭だけで通用するローカルルールですから、一面では正しい、けど、それでは世の中では窮屈、といったことが多いのです。
身に着ける規範とは本来、立体的で、柔軟で、更新可能で、諧謔的(ユーモア)であることが必要です。
よくあるのは、
「ミスをしてはいけない」「口応えしてはいけない」といったようなこと。
「勉強で頑張らなければ、価値がない」といったようなこともそうです。

さらに、トラウマを負うと、同年代よりも大人びていますから、機能が偏った親を補完するように、先回りして自らニセ成熟で得たルール(自分ルール)も身に着けます。

「感情を殺して、場を盛り上げたり/コントロールしようとする」こともそうです。
それらは、表のルールですが、

実は、そうして生きていると、裏のルール(≒一階部分)というものが、ごっそりと抜けてしまって生きていくことになります。

すると、思春期を越えたあたりから、裏ルール(≒一階部分)が分からないことが強烈なハンディキャップとなって、襲ってくるのです。

しかも、勉強しようにも、裏ルールはどこにも書かれていないし、誰も言葉でも教えてくれない。
言葉でいうと、どうしても表のルールっぽくなるからです。野暮なこととして言葉にはしてくれません。
しかたがなく、トラウマを負った人は、まじめなので、本で勉強しようとします。
そこでひっかかるのは、いわゆる「自己啓発本」です。

「自己啓発本」は、「二階部分≒表のルール」と「自己責任(生きづらいのはあなたのせいだ)」のブレンドでできていますから、初めはいいのですが、やればやるほど、つらくなる。

でも、麻薬のように、つらくなると読みたくなって、一瞬癒されて、でも、「自己責任(生きづらいのはあなたのせいだ)」という苦みが襲ってきて、またつらくなる、ということを繰り返してしまいます。
(ヒーラーや、講師に相談するようなこともこれには含まれるかもしれません。実は、ヒーリングというのは、反近代のように見えて、西洋の近代個人主義の流れの中でできてきているので、自己責任といったニュアンスも含んでいて、うまくいかなくなると、「あなたのせいだ」として責められるようになります。)

 

 

 

裏ルール(≒一階部分)は、本来は、正常な成熟ルートで、社会の先輩たちや同輩たちにもまれながら非言語に身に着けていくものですから、機能不全家庭で育つと、それが全く身につかないまま育っていってしまうのです。

 

 

それを補うために、登場するのが、迂回ルートとしてのポップ心理学(自己啓発)やスピリチュアルや、ファンタジーや自分ルールになるのです。

例えば、引き寄せの法則ということなどもその一つです。
裏ルールを理解できないでうまくいない、でもなぜかわからない人がその現象を理解しようとするときに、トラウマを負っていない安定型愛着の方であれば、裏ルールを動員して、世の中のしくみをとらえて、うまく乗り切って成功していきます。
しかし、トラウマを負った人は、「私に運がなく、引き寄せられていないからなんだ」と迂回して解釈して納得してしまうのです。
でも、それは世の中をありのままにとらえたものではありませんから、当然ながらうまくいきません。

※先輩のカウンセラーの中に、はじめてクライアントに会うときに、手首に水晶のブレスレットをしていないかチェックしている人がいました。
おそらく、迂回ルートで世の中を解釈している人≒トラウマを負っている可能性があるかも、ということを見るためだったのかもしれません。
自己啓発やスピリチュアルを通じて世の中を迂回して解釈しても、自己実現、成功にはつながりません。

 

 
筆者も、トラウマに苦しんでいるときは認めたくなかったのですが、世の中を渡るためには裏ルール(≒一階部分)を知る必要はどうしてもあって、それが分からないと失敗し続けてしまうようです。
(裏ルールというのは、ベタに言えば、大人のルール、大人の世界、といった、子供の時は嫌悪していたような処世術のことです。)

 

 

そのうち、自己啓発やスピリチュアルにも嫌気がさしてきます。
自己啓発やスピリチュアルに嫌気がさすのは、良い兆候で、嫌気がさしたら、トラウマから抜け出し始めている証拠でもあります。逆に「今まではやり方が悪かったんだ」としてセミナーや本にまた興味を持ち始めているうちは、まだまだ五里霧中、ということになります。)

 

 
(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

 

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