夫婦、恋愛の悩みも「機能」として捉えれば、役に立つ

 

 

 前回は、親などの家族について取り上げました。

 家族にはいろいろなしがらみ、幻想が付きまといますし、各々の価値観はさまざまですが、「機能」(≒機能を果たしている存在こそが家族である)としてとらえると問題を解決する際には役に立つ、ということを書きました。

(参考)→「親、家族についての悩みは厄介だが、「機能」としてとらえ、本質を知れば、役に立つ~家族との悩みを解決するポイント

 

 

 これは、いわゆる夫婦、恋愛の問題でも同様になります。

 

 結婚、恋愛も、幻想も多く、盲目にもなりやすい、
モラハラ、パワハラ、DVなども問題もしばしば起こります。それぞれの価値観も多様ですから、なかなか一様には片づけることはできません。

(参考)→「恋愛依存症の本当の原因と治し方~6つのポイント

(参考)→「家庭内暴力、DV(ドメスティックバイオレンス)とは何か?本当の原因と対策

 

 

 しかし、配偶者や恋人も「機能」としてとらえると、悩みの解決に役に立ちます。

夫婦が夫婦として、恋人が恋人であり得るのは、それぞれが「機能」をはたしているからです。
(子どもが生まれれば「父親」「母親」としての機能も)

 

 

 問題を生む多くの場合は、いずれかが未熟で「機能」が満たされておらず、「機能」が満たされていないことを「恋」「愛」というフィルタで見えなくなっていたり、
共依存関係になっていたり、「相手がかわいそうだから」といって決断ができなくなっていたり、

 「個別性」(自分たちの関係は特別だから常識は当てはまらないんだ)の名のもとにごまかしていたり、といったことが起こっています。

 

 確かに、夫婦の形、恋人の形は様々です。そのことを誰も口をはさむことはできません。「機能」をはたしている限りは、スタイルは自由です。

 ただ、夫や妻が、彼氏、彼女が、その社会で求められる「機能」が果たされておらず(機能不全)、もしそれでどちらかが苦しんでいるなら、関係を続けることは不自然なことです。

 

 

 別のたとえで表現すると、
野球におけるピッチャーには、さまざまなタイプがいます。個性的な投げ方選手もいます。オーバースロー、サイドスロー、アンダースロー、二段階モーションなどなど。どんな投げ方でも構いません。ただ、ピッチャーに求められる「機能」(バッターを抑えたり、試合を作ったり、敗戦処理など)が果たされていなければ、ピッチャーを続けることはできません。配偶者、パートナーでも同様です。

 

 

 「機能」とは、愛情といった感情の問題ではなく、経済的な責任や、相手と信頼関係を守る責任、相手を思いやり、尊重する姿勢などのことを指します。
機能には、Being(存在の尊重、安全基地など)-Doing(行動、行為、ふるまいなど)-Having(成果、収入など) の3つをバランスよく満たしている必要があります。

 

 そして、その「機能」の具体的な中身は、理想主義や個人の価値観などで決まるものではなく、時代錯誤を排したその時の“社会通念”で決まります。
(現在であれば、従来のように、性別で決めつけてはいけないし、特に女性の地位、権利は十分に尊重されないといけない)

 

 ハラスメントを行う人は、ゴールポストを自分に都合よく動かして、相手を支配しようとします。そんな時、社会通念に基づく「機能」という視点は、私たち守ってくれる道具にもなります。

 

 

 もし、夫が働かずに妻に寄生するような状態で、家事や子供の面倒も見ず、妻が困っているのに、「俺たちの関係は特別なんだ」「愛しているからいいだろう」といっても通用しません。明らかに機能不全。夫婦であれば、それぞれ(場合によってはいずれかが)が経済的な責任も負い、相手を尊重し、協力していくことがなければなりません。

 

 また、いくらパートナー同士でも、パートナー同士だからこそ、相手を傷つける言動は許されず、社会で必要とされるマナー、敬意は当然守られなければなりません。

 

 もし、夫婦、恋人同士において、いずれかが相手に暴言を吐いたり、あるいは相手をコントロールするような場合、「私は、あなたを教育するためにあえて厳しく注意しているんだ」といっても、それはダメです。これも機能不全。
自分にとっての要望を相手に伝えることはもちろんOKですが、パートナー同士の機能には「相手を教育する」といったことは、含まれないからです。

 

 本来、機能にないことを許容すると、結局、どちらかが片方を支配、コントロールする歪な関係になってしまうのです。

 

 

 「機能」は、状況とともに変化してい行く必要があります。恋人同士の時と、結婚後は異なりますし、子どもが生まれてからも変化し、子の成長ともにさらに変わっていきます。互いの年齢や仕事、家庭の状況に合わせてどんどんと変わっていく必要があります。

 

 特に、男性はこの変化を自覚して合わせることが苦手な傾向があります。よく男性は「結婚すると女性は変わる」と戸惑いを口にすることがありますが、「機能」の視点からは当たり前のこと。

 

 男女問わず、自分の信念にこだわり、変化を拒むことはトラブルのもとになります。常に、求められる「機能」は何かを自覚し、学習し、絶えず変化をしていかなければなりません。

 

 

 ご自身が、配偶者、恋愛の問題で悩んでいる場合、「機能」とそれは変化する、という視点でとらえてみると、何が問題かが明確になり、相手にも要望を伝えやすくなったりし、問題の理解、解決がスムーズになります。

 

 

 

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お悩みの原因や解決方法について

親、家族についての悩みは厄介だが、「機能」としてとらえ、本質を知れば、役に立つ~家族との悩みを解決するポイント

 

 前回の記事でも書きましたが、
悩みの解決では、環境からアプローチすることはとても大事です。

(参考)→「結局のところ、セラピー、カウンセリングもいいけど、睡眠、食事、運動、環境が“とても”大切

 

 

 うつ病でも、本当に治すためには生き方(働き方、暮らし方)の変更が必須といわれます。

(参考)→「うつ病の真実~原因、症状を正しく理解するための10のこと

 

 生き方がそのままでいては、いくら薬やカウンセリングでよくしても、また再発したりして戻ってしまうようです。

 

 

 

 私たちが直面する中でもなかなか厄介な問題である「家族との関係」の問題をどうするか?ということについても、環境を変える工夫が必要になってきます。

 

 ただ、やはりネックになるのは、経済的な問題です。
特に女性にとって、日本はとても暮らしにくい社会です。平均年収は男性の半分程度。ある調査ではシングルマザーの8割以上が生活が苦しいと回答しています。軽々には自立しては?とは言い難いところがあります。それぞれの価値観も多様ですから、治療者が「こうしなさい」と押し付けることもできません。

 

 そのため、医師や、カウンセラーも、なんとか現況のままで打開策を探ろうとしますが、それでも症状が変わらず環境が明らかに原因であるならば、自立への一歩を勇気をもって進む、ということも必要になってきます。

 

 

 「家族」というものは、どんな方にとっても、厄介なものです。実の家族だから(実の家族だからこそ)、ややこしい。

 

 家族だからといって、愛してくれるとは限りません。
家族だからといって、味方をしてくれるとも限りません。
家族だからといって、自分を認めてくれるとは限らないのです。

 

 でも、私たちはいつのまにか、「家族」に対して幻想を抱かされてしまっていて、「(他の家庭は仲がいいのに)仲が悪い、私はおかしいに違いない」と思い悩んだり、「世話をしなければならない」「見捨ててはならない」といった「~~ねばならない」のとりこになってしまいます。

 

 また、セラピストが書いた本にあるような美談、宣伝にも影響されて、「解決出来ていない自分に問題がある」というに思われている方もいらっしゃるかもしれません。本に書いてあるようにはなかなかうまくいかないものです。

 

 

 他の悩みでも同様ですが、
「家族」というものを考える際は、歴史や、常識(古典)を知ることはとても役に立ちます。
 多様な価値観の元に、判断を迫られる問題については、軸となる知識を持っておくことは大切です。

(参考)→「<家族>とは何か?家族の機能と機能不全

 

 

 まず第一に知らなければならないのは、
家族、特に「生みの親」とこれほどまでに密着した関係を持つようになったのは、現代に特有のことであり、かならずしも、皆さんが直面している家族のスタイルは歴史的に見て普遍的なものとは言えない、ということです。

 

 過去の時代では、生みの親は自分の子どもを産んでもさほど関心を示さない社会もありました。

 

 また、生みの親を離れて奉公に出て、そこでの親方と疑似的な親子の関係になる、ということも普通のことでした。やくざの世界では、親子、兄弟の契りを交わして、ということですが、あのような感覚です。


 やくざほど極端でなくても、現代でも、例えば部活とか、会社などで、ある種疑似的な親子の機能をそれぞれが果たしていたり、といったことはあります。監督、上司のあだ名が「親父」「~~の母」だなんて、ということを耳にしたことはないでしょうか。

 

 簡単に言えば、「親」「家族」とは、機能であって、実の家族かどうかとはイコールではない、ということです。ですから、生みの親、実の家族とうまくいっていないことについて罪悪感を持つ必要もありませんし、こだわって問題を解決しようとする必要もありません。

 

 生みの親、実の家族が必ずしも親、家族の機能をはたしている「良い親、良い家族」とも限りません。どうしてもわかってくれない、家族の機能を果たせない人たちもいます。その場合は、家をの外で、社会の中で少しずつ親の機能の代替を得ていくものです。

 

 人間には生理的に、反抗期が存在する、ということも見逃せません。私たちは、反抗期に、“精神的に親を殺して”自立を果たすとされます。社会的には、経済的にも独立をしていき、空間的にも離れて一人前になっていきます。
親子仲良く、べったりということは普通とは言えない。

 

 今の社会は、親元にずっとい続ける、ということも多くなったために、自立の境目があいまいになってしまっていて、それも問題を生む原因になっているようです。

 

 普通の人でも、家族とはややこしいものです。皆、それぞれ問題を抱えています。

 

 筆者が子どものころ、ドラマやアニメでは、親子の葛藤(葛藤する親子)というの珍しくなかったように思います。父親というのは決まって頑固で、雷を落とす、というのが定番でした。

 わからず屋の親に反発して家を出て、ということも陳腐すぎるくらいによくある題材でした。
(そういえば、マンガ「美味しんぼ」も父子の葛藤が物語の軸でした。)

 

 逆に、物分かりのいい親、というのはとても珍しかった。筆者が、1988年公開の「となりのトトロ」を見たときに一番印象的だったのは、糸井重里が声を演じていた、優しい友達みたいなお父さんでした。父親というの親父で頑固で、ということがお決まりだった中で、画期的で驚いたのを覚えています。

 

 本来、家族、親とは「機能」ですから、機能がどうしても満たされない場合、本人が家を飛び出して自立する。社会(特に仕事)に出た中で出会う人たちとのやり取り中で 代わりに少しずつ親、家族からもらえるはずの機能が満たされていく。そして、自分が自立に成功した暁に、生みの親、家族にも“遠くから恩を返す”というものだったのではないか?

 

 

 国や会社でも他社(他国)に経済的な実権(株など)を持たれたり、借金をしたりすると、依存している分だけ口を挟まれます。これは資本の論理です。同様に、経済的に親を頼るということは、精神的にも束縛される(口を出される)ということを意味します。経済的な依存関係にある場合、親子が問題を抱える、共依存関係になる、ということは構造的には当たり前とも言えます。

 

 家族の問題とは、心理主義の風潮の中で勘違いされているような「心理」の問題ではなく、本来は「機能」の問題であり、「経済的」問題でもあるのです。ケースによっては、経済的にも独立して、対等な関係を築いて初めて関係が良くなることもあります。

また、時間が立ち、互いの成熟を待たないと解決しない問題だってある。

 

 

 逆に、「愛着」だとか「支配」といった理屈を根拠に、機能不全の家族が経済的、空間的にも一緒のままで、「親、家族に変わってほしい」とこだわり続けることは果たして生きやすさにつながるのか?冷静に検討してみる必要があります。結局、カウンセリングを受けてみても、親は変わることなく、生きづらさは解消されないまま時間とお金だけがかかることになりかねません。

 

 さながら、うつ病の人が、生き方を変えないまま、薬やカウンセリングだけで症状を回復させようとして、結局再発を繰り返すような状況です。

 

 ※「愛着」理論は大変便利な仮説ですが、ただ、生みの親との関係をあまりにも強調しすぎる、という短所もあるように思います。本来は、生みの親に限らず「社会的なネットワークが絆を作る」と広く捉えられるものです。

(参考)→「「愛着障害」とは何か?その症状・特徴と治療、克服のために必要なこと」  

 

 

 

 人類の中で、精神的な文化に大きく寄与したゴーダマ・シッダールタ(仏陀)、とキリストも、ともに故郷や家族を捨てて悟りや教えを啓きました。

 

 彼らほどの人物であれば、家族のもとにいたままで悟りを開いてはどうか?と思うのですが、どうしてもそれはできなかったようです。

 

 

 特に、キリストについて、指摘されている、とても面白い有名な事柄があります。

 キリストは弟子を連れて各地で奇跡を起こしていますが、唯一、故郷に戻った時には、奇跡は起こせていないそうです。つまり、しがらみのある家族のもとではキリストでも本来の力を発揮することはできなかった、というのです。

 

 彼らほどの天才でも、親元、家族の元にいては精神的に自立を果しえなかったのですから、凡人の私たちにおいては、なおさら、その難しさは自覚する必要がありそうです。

 

 

 

 当然ですが、何でもかんでも、自立が解決策とは言えません。それぞれの価値観、経済的な事柄にも慎重な配慮が必要です。冒頭にも書きましたが、特に女性は経済的にも生きづらい社会ですし、発達障害傾向や体質的に家から出れない、という深刻な問題を抱えている人も少なくありません。

 

 ケースによっては家族のもとにいたままでカウンセリングなどを通じて解決を目指さざるをえないものもあります。

 

 ただ、どのケースにおいても、環境にはあらがえないという人間の限界を踏まえて、「家族」については、機能的、構造的にとらえる必要があります。

 

 

 

 「家族」との悩み解決を考える際のポイントを簡単にまとめるてみます。

 

1.機能をはたしている存在こそが「親」「家族」である、ということ踏まえる。

2.そのため、機能不全に陥っていたら、まず、機能を満たすように働きかける。

3.それがかなわなければ、機能を外に求めてその家族の元を離れる、ということになります。

 

 仮にカウンセラーに役割があるとしたら、1~3それぞれのパートを支える、ということになろうかと思います。

 特に、家族に対しては幻想や罪悪感を持たされやすく、一人では行動が制限されてしまいますから、「機能(環境)」という判断材料を軸に、クライアントがより良い機能(環境)を得られるように側面から支援するということになるのではないか?と思います。

 憎しみやわだかまりについてはトラウマケアなどで解消していくことになります。

 

 

 こうしたことを自分で判断するためにも、「家族」というものを相対化する目をもっておく。そのために、家族の歴史や機能などについての知識を持っておくことはとても役に立ちます。
(知識があると、カウンセリングを受けても、解決は早くなります。)

 

(参考)→「<家族>とは何か?家族の機能と機能不全

 

 

 

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お悩みの原因や解決方法について