「心」のメカニズム

 

 「心」に聞いて、「心」が答えてくれる、という方法があります(参考「「心に聞く」を身につける手順とコツ~悩み解決への無意識の活用方法」)。

 

 自分が迷っていること。意識では自分でも知らないようなことについても答えてくれます。わかるようでわからない自分の本心を確認することができます。

 

 なぜ、このようなことが可能なのでしょうか?

 

 今日は、心のメカニズムについて書いてみました。

 

 心というのは「無意識」のことです。

 

 よく聞かれるのは、それぞれに心があって、答えも違うのか?ということです。

 結論から言えば、心(無意識)とは一つであり、人それぞれにあるわけではない、ということです。

 

 おそらく、ユングなどが行っている集合的無意識ということがそうではないかと思われます。

 

 私たちは人間は、意識の生き物ではなくて、「環境の影響を内面化して束にした存在」(無意識)とされます。

 

 脳科学では当たり前のこととのなっていますが、意識が私たちを動かしていることは確認されていません。研究すればするほど、生理的な反射や無意識的な動きばかりに行動の原因は求められ、意識が人間を動かしている証拠は見つからないのです。

 

 意識とは、PCでいえば、せいぜいモニタの役割にしか過ぎないようです。

 

 現代催眠でも、常に、催眠状態(無意識状態)はそこにあって、一日に何度も催眠状態に入っているとされます(例えば、ボーっとしたり、音楽を聴いたり、本を読んだり、TVを観たり、など)。

 

 つまり、私たちは、常に「心(無意識)」とともにあり、無意識は特別な存在ではありません。その「心(無意識)」に聞く、という行為も、別に特別なことではありません。

 ※無意識が遠い縁のないものだと、思わせるのも意識の働きです。私たちはそれに慣れてしまっているだけです。

 

 心は、感じ取って目に見えない情報を言葉にして伝えてきてくれます。

 

 心に聞く、は特別なことではありません。私たちはいつも「内言(自問自答)」していますが、それと同じことです。

 

 ただ、異なるのは、何もしないで聞いていると、当然いろいろな邪魔が入ってしまいます(環境、支配者からの邪魔)。

 

 ですから、その邪魔を取るかとらないかの違いだけで、あとは、内言をして、純粋に無意識の答えを聞くことが「心に聞く」という行為です。

 

 「心に聞く」は難しいものではありません。誰でも、すでに行っている簡単なことです。

 

 

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ニセ成熟は「感情」が苦手

 

 ニセ成熟の状態の人は、「感情」というものをとても嫌います。

 

 感情的な人は苦手です。「あんな自分勝手に感情を表に出すような人には絶対になりたくない」と思っています。

 軽蔑して、嫌悪しています。

 

 しかし、感情を強く怖れてもいます。肝が冷えるというのは、このことか、と思うくらいに恐怖を感じます。

 

 

 感情的に迫られると、頭が解離(ボーっとして)してしまって、対処することができません。

 そして、状況が去ってから、怒りがわいてきたり、恐れから相手を頭の中でコテンパンにこき下ろしてしまいます。

 

 あんな人になりたくない、が原動力ですから、自分の感情も殺そうとします。

 人へのネガティブな意識はなくそうと研さんに励みます。でもうまくいきません。自然な感情なのですから、当然と言えば当然です。

 

 あんな人になりたくない、というモデルは多くの場合親です。理不尽な父、感情的な母になりたくない、と思います。

 

 

ただ、感情を嫌悪して、殺した結果どうなるか?

我を出す人、感情を出す人にやられっぱなしになります。

場合によっては、モラハラをされて、とことん評価を下げられてしまいます。

 

 

 実は、感情というのは、自我(エゴ)を成立させる武器でもあるからです。そのため、ニセ成熟の人は、エゴが十分に育ってしないことがあります。自分が何をしたいのかがわかりません。

 感情というのは、さながら、免疫(警察や軍隊)のような存在です。

 

 

 感情は3つの大きな働きをします。一つは、記憶の処理。経験した出来事を意味づけして、処理していくこと。

二つ目は、環境からのストレスを中和すること。

三つ目は、相手とのチューニング(信頼関係を結ぶ)をすること。

 

 

 感情が十分に社会化して扱いやすくなっていることで、扁桃体がストレスフルな記憶でも処理をしてくれるようになります。しかし、感情を殺していると、それがうまく働かなくて、人よりもトラウマを受けやすくなります。

 

 具体的には、嫌な出来事がいつまでも頭に残り続けて、一人反省会(もっと、~~しておけばよかった。私のバカ!)、一人復讐(あんな失礼なことを言ってきて、あの人は頭がおかしいに違いない、あんな人を世の中にのさばらせてはいけない!)、一人予行演習(次に失礼なことを言われたら~~しよう)を繰り返します。

 

 急に嫌な記憶がよみがえってきて、「いや~!」といてもたってもいられなくなります。

 

 感情が正しく使えていると、嫌な出来事など環境からのストレスを感じても、その感情や嫌な感じを正しく感じて、意味づけし、中和して処理することができます。そのため、ストレスにも強く、自分から距離を離して守ることができます。

 

 感情が正しく使えていると、特に感情的な相手ともチューニング(信頼関係)が取れるようになります。

 

 感情的な相手には、こちらも意識-無意識的に感情的に関わる必要があります。感情的な相手に冷静に対応すると、相手は「自分が尊重されていない」「バカにされている」と思って、余計に感情的になります。

 

 自分は相手とは適切な距離を取りつつも、感情を発揮して、相手の感情を受け止めて中和することで「分かってもらえている」と感じさせることができます。

 

 

 以上は、理屈ですが、しかし、ニセ成熟の人たちは、多くはトラウマを負っているために、感情的なものに触れると、恐れがわいてきて、解離してしまうのです。頭で分かっていても、対処できなくなってしまいます。

 

 そして、能面のようになり、頭では「冷静に対応している」つもりですが、相手からは馬鹿にされていると思われて、さらに攻撃されやり込められてしまいます。

 

 通常の発達(成熟)ルートであれば、感情について理解し、学ぶための機会を経験しています。

 

 

 例えば、学校での友達付き合い、部活での上限関係など。

(この「学校」というのも曲者で、かなり問題が多いものです。詳しくは「いじめとは何か?大人、会社、学校など、いじめの本当の原因」をどうぞ)

 

 ただ、それらをうまく経験できずに、いじめ、夫婦喧嘩の目撃など間違った人間関係の波にもまれてしまうと、それをクリアできず、仕方なく迂回ルートとして感情を嫌悪するニセ成熟を取らざるを得ないのです。

 

 

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ニセ成熟(迂回ルート)としての”願望”

 

 (トラウマを負い)生きづらさを抱えている人は、大きな願望をもちます。そして、それをかなえた先に自分の人生があり、今ここには自分の人生はないように感じます。

 

 「引き寄せ」などの、スピリチュアルなものにもとても興味をもちます。興味を持ちながらも、科学的な目もちゃんと持っています。

 

 「目の前のことに集中しろ」といった助言には強い嫌悪感を覚えます。

 

 

いつも強い焦燥感を感じています。

「何かをしていなければならない」

「努力していなければならない」

「充実していなければならない」

「無駄に過ごしてはならない」

などなど。

 

 休日には、用もないのに繁華街に出たり。仕事が終わっては、夜の街に出てみたり。

 何も達成していなくても、何かをなしたような気がすることをしてみます。

 カフェや、ホテルのラウンジも好みます。何者かになった気、充実した気にさせてくれるからです。

 

 でも、そこを離れると、また焦燥感を覚えます。さながら、依存症患者のようです。

 

 世の中と真正面から取り組めばいいということはわかるのですが、なぜか回避してしまいます。

 ものすごく努力しているのですが、肝心な核心は回避してしまいます。そのため、努力しても達成することはできません。

 

 何をしても積み上がる感覚がありません。

 

 しかし、大きな願望があります。(逆に、未来を描けなくなる方もいます。)

 

 願望は大きければいいと、手帳に「金持ちになる」「社長になる」「理想の人と結婚する」といったことを書きますが、いつまでたっても叶う様子はありません。今年こそは!と意気込みますが、楽しいのは年末だけで、年が明けてみれば、なんのことはありません。

 

 新しい願望実現の本を買って試してみますが、ことごとく失敗します(儲かるのは著者だけ?)。

 

 成長しようという欲はとても高いです。しかし、積みあがる感覚はありません。なぜか、横へ横へとスライドしていくような感覚。そして、現実では結果がでず、いつの間にやら「ダメな人」扱いされるようになります。

 

 自分はもっとできるのに、という直感だけが頼りです。

 

 

 本当はできるのですが、認めてくれるものも人もいません。どこかに自分のことを認めてくれる人がいるに違いない、という感覚があります。

 

 とても高尚な人間になろうともします。

 

 とくに、「汚い大人」「感情的な人間」には絶対になりたくありません。「自分の親のようにはなりたくない」と思っています。

 

 汚い大人の弱点を、努力で越えようとします。セラピーを受けて、自分のネガティブな感情をすべて取り除きたくなります。「怒らない人間になりたい」「ストレスを受けても動じない人間になりたい」とおもいます。

 

 実は、これは、「ニセ成熟」という現象です。一般のルートで大人になることは生きづらくてできないために、それを回避して迂回ルートで成熟を果たそうとするのです。

 

 願望をもったり、高尚な人間になろうとするのも、実は、それが現実と付き合う方法なのです。真正面から向き合うことができないために、願望を通じて世の中とつながろうとするための行動です。実はその願望自体は、そもそも自分の本心が望んでいないことであることも多いのです。※決して逃げではなくて、努力であり、工夫なのです。

 

 しかし、ニセ成熟では、本当の意味で世の中とがっぷり四つで組めないために、様々な副作用をもたらします。

 

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心に聴くコツ

 「心に聴く」という方法については、「うまく聴けない」という方も多いかと思います。

 

 

 私たちの経験から、さらにコツを記してみました。

 まず、心に聴く、というのは、特別なことではありません。実は誰でも雑念(支配の邪魔)を交えてであれば、毎日行っていることです。

 

 例えば、「今日はご飯何しようかな?」とか、「この服買ってもいいかな?」と内言で心の中で自問自答することがありますが、まさにそのようなものです。

 荘厳なお告げが降りてくる、というイメージをされている方がいらっしゃるかもしれませんが、そういうものではありません。

 

 では、普通の自問自答と、「心に聴く」の違いは何かというと、(支配の)邪魔を排除するかどうか?ということです。

 

 最初は邪魔がたくさん入ると思いますが、「邪魔されていないか?」「心とつながっているか?」を繰り返し確認してみてください。

そして、何より気楽に聞くことです。

 

 ただ、最初は、邪魔されているかどうかもよくわからないまま、返ってきた答えに振り回されることがあります。

 心の答えには特徴があります。その特徴の雰囲気がわかると、邪魔による答えか、心の答えかを区別することはできます。

 

 例えば、邪魔による答えとは、

・俗である

・そもそもの問題設定を真に受けた答えである。

・(自分はダメだ、という前提の上で)具体的な行動を示す。

 

といったことがあります。

 

 一方、心の答えは、

・問題設定自体が正しいかどうかを示してくれる。

・自分を悪者という前提から始まらない。

・正しい、間違っているがない。

といったことが挙げられます。

 

 例えば、「仕事ができるようになるにはどうしたらいいですか?」と心に聴いた時に、

 「本を読みなさい」「研修に行きなさい」などと返ってきたとしたら、その答えは、邪魔によるものの可能性が高いのです。なぜなら、「私は仕事ができない」という前提を受け入れたものだからです。

 

 邪魔を排除した後に聞くと、

 「なにもしなくていい」と返ってきたりします。つまり、「あなたは仕事ができるよ。仕事ができない、というのは支配者がそう思わせているだけだよ」ということを教えてくれているのです。

 

 私たちが問題とすることの9割9分は、実は問題自体がないことがほとんどです。単なる暗示なのです。

 

 「心に聴けない」ということも、もしかしたら暗示の一つなのかもしれません。

 

 

●それは本当に自分の願いか?

 

 「お金持ちになるには、どうしたらいいか心に聴いてみてほしい」

 「仕事ができるようになるにはどうしたらいいか、確認したい」

とクライアントさんから依頼されることがあります。

 

 

 もちろん、心に聴いて、「~~したほうがいいですよ」とお伝えしてもいいですし、そうすることもあります。

 

 ただ、意外なことに多くの場合、心の答えは「何もしなくていい」という答えが返ってきます。どうしてか?確認していくと、「仕事ができない、というのは幻想だ」「お金がないというのは幻想だ」という理由が返ってきます。

 

 つまり、どうやら、そもそも、頭で思っているその願いは、自分の本心ではないようなのです。

 

 私たちは、よく「夜中のラーメン」と呼んでいます。

 「ああ、ラーメン食べたい!」と夜中に感じることってないでしょうか?そして、食べたら強烈な罪悪感に襲われます。「本当は食べないほうがよかったのに!」と。

 

 食欲がわかりやすいですが、本当の食欲ではないものを食欲としてとらわれてしまうことはしばしばあります。

 本当に食べたいものがよくわからない、ということもしばしばあります。なんでもいい、というよりわからない、といったほうがいい状態です。

 

 

 心に聴くときには、そもそも聞こうとしていること自体が本心か、を聞いてみることです。

 そして、多くの場合、本心ではないことがほとんどです。

 

 

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