共感してはいけない?!

 

 あるときに、同僚の女性カウンセラーの先生が落ち込んでいました。

 良いところまで治療が進んでいたのに、クライアントさんが急に「あなたの態度が気に入らない。こちらにかけた言葉が気に入らない。等」とクレームを言われ、受付でも文句をさんざん言われ、カウンセリングがドロップ(途中で終了)してしまった、というのです。

 

 そのクライアントさんは、職場で怒りが止まらない。後輩へのダメ出しが抑えられない、ということが主訴で、過去を見ると、明らかに愛着不安を抱えている方でした。

 そうしたことから考えると今回のことは十分にありえる現象です。別の言い方でいえば、境界性パーソナリティ状態といえます。

 

 対応していた女性のカウンセラーの先生は、とてもやさしく、丁寧に応対をされる方で、共感の塊のような先生でした。

 
 だからとても落ち込んでいた。「なぜ、自分の状況について気づきが深まってこれから、というときに・・・」と反省を繰り返していました。
 
 
 おそらく、スーパーバイザーに報告すれば、「共感が足りなかったのでは?」とか、もっともなアドバイスが帰ってくると考えられますが、どうも腑に落ちません。

 こうしたときに、もっと丁寧な対応を、ということをスーパーバイズされることは、カウンセラーをさらに落ち込ませるだけなのかもしれません。

 

 それが原因かわかりませんが、後日家庭の都合での転勤の際に、カウンセラーを続けるかどうかはわからない、ということをおっしゃっていたことを覚えています。

 

 

 
 そのクライアントさんですが、途中明らかに解離(人格のスイッチ)をおこした、と考えられます。怒りをまき散らすローカルルールに感染した破壊的な人格にスイッチした(もちろん、いわゆる多重人格ではありません)。

 
 怒ったとしても落ち着いて対応できれば・・といいたいところですが、よほど肝が据わっていなければ難しい。慣れていても巻き込まれてしまう。ほとんどの場合は、ひたすら謝って、でも信頼関係は壊れてカウンセリングは続けられなくなって、ドロップしてしまうことになります。
 

 

 おそらく、そのクライアントさんもカウンセラーを変えても、またモジュール(人格)がスイッチして同じことを起こしてしまう可能性が高い。
 だから、なかなかよくならずに転々としてしまう。

 

 

 
 カウンセリングの理論では、共感することで、症状が徐々に軽くなっていくとされますが、こうしたケースを見ると、どうもそうではない。

 

 それは、ローカルルールに感染したモジュール(人格)の存在があるためです。

(参考)→「モジュール(人格)単位で悩みをとらえる重要性~ローカルルールは“モジュール(人格)”単位で感染、解離し問題を引き起こす。

 

 ローカルルールが壊されそうになるとローカルルールを守ろうとして「解離(人格のスイッチ)」が起きて、ちゃぶ台がひっくり返されてしまう。

 ローカルルールは、モジュール(人格)に感染し、解離して現われて、人を巻き込もうとします。
 そして、「治療者の態度が傷つけた」「かけた言葉が気に入らなかった」「プロのくせに本当のことを理解してくれなかった」と“本音”を吐露して、クライアント本人もスイッチが起きていることを知らなければ、それが本心だと疑わず、解離から戻れなくなる。結局、よくならないで終わってしまう。

 

 

 もちろん、怒りやクレームというはローカルルールのそれですから、その方の本音ではもちろんありません。過去に過ごしてきた養育者や友達などが刷り込んだローカルルールの世界であり、そこで語られることは安心安全の世界の住人には理解できない“不思議世界の掟”です。

 

 

 「もっと共感してほしい(共感してもらえていない)」「もっと理解してほしい(理解してもらえていない)」と訴えてくることもしばしばですが、実はそれもその方のホンモノの本心ではありません。

 

 ローカルルールの特徴として、それ自体があたかも人格として自律性を持ち、自らを守ろうとします。ローカルルールはニセルール。根拠が薄弱なために、他者を「You’r NOT OK」としたり、自分の不思議世界に人を巻き込もうとします。

(参考)→「ローカルルールとは何か?」 

 

 人格がスイッチしますので記憶が飛んだり、ローカルルールに基づいて物事を解釈するために、家族や治療者についてあることないこと取り上げて、歪めて記憶されます。
 (「関係念慮」は、実はローカルルール人格へのスイッチによって起こっている。)

 

 ローカルルールが「世の中は自分を否定してくるおかしな人ばかり」という価値観であれば、目の前の家族や治療者も「おかしな人」として認識されます。
 もし、笑顔を見せたら「私をバカにした」「見下された」と歪めて記憶されます。

 ローカルルール人格がフィルタのような働きをして、都合の悪い情報はカットし、おかしな解釈をつけて本人の頭の中で情報を伝達します。
 本人も巻き込まれていますから、これを解くのはなかなか厄介です。

 

 

 本人がスイッチに気が付いていればよいですが、気が付いていない状態で、「それは関係念慮がおこっている」と伝えても、「私の言っていることを“関係念慮”だと決めつけている。あなたは私をおかしな人扱いするひどい人だ」とローカルルール人格が出てきて、抵抗してこじれます。

 

 ローカルルール世界に解離したときは、共感しても、謝っても意味がなく、ベストな対応としては常識をもとにスルー、あるいは否定しないといけない。
 

 

 なぜなら、ローカルルールとは、私的な情動が常識を騙っているだけで、根拠が全くないからです。

(参考)→「ローカルルールとは何か?」 

 

 

 いじめもそれを支える存在がなければ成立しないように、ローカルルールが正しいと支えるものがなければ存在できません。いじめを行っている人たちが訴える「だって、A君は気持ち悪いんだもん(そのことを理解してよ、共感してよ)」というローカルルール世界の論理に共感することにはまったく意味がありません。
 「それって歪んだ私的な感情にすぎない」と冷静な突込みが周囲からくる環境(公的環境)ならば、いじめなんてできなくなる。いじめが起きている学校や職場には必ず、それを支える環境があります。

(参考)→「いじめとは何か?大人、会社、学校など、いじめの本当の原因

 

 

 
 ローカルルールに感染した人格にスイッチした際に、それが伝えるニセの“本音”に共感すると、ローカルルールの維持を助けることになり、症状は良くならない。

 ローカルルールに感染した人格のクレームはスルーしないといけないのですが、人格がスイッチしているとはいえ激怒している相手に対応するのは、なかなか難しい。

 

 また、ローカルルール世界はとても巧妙で、ニセのクレームの内容で目の前の家族や友人、治療者の欠点を取り上げるために、それを否定する側も都合の良い自己弁護のように感じて躊躇してしまい、「ローカルルール人格によるものだ」と否定しにくくなってしまうのです。
 (クレームには耳を傾けなければならないという俗な常識も邪魔をします。)

 

 ローカルルールのモジュールへの感染、人格化と解離という現象に、一部の人が気づいているだけでは、対処できない。
 いじめにおける教育委員会のようにスーパーバイザーも真に受けてしまう、なんてことも生じます。
 ある程度、こうした対処の仕方が常識とならないと、本格的には対抗できない。真に受けてしまう人が多いと、クライアントさんもよくならない。
 (境界性パーソナリティ障害などは対応が難しいのはこのためですね。)
 

 

 本当は、共感ではなくて、「ローカルルール世界を一刀両断に壊してほしい」ということがホンモノの本心なのだから。  
 (映画やアニメで、本当自分が魔法で作られた世界に閉じ込められていて、「ここから出してくれ」と、その壁を叩いているようなイメージかもしません)

 

 クライアントさんが知識としてローカルルール人格へのスイッチという現象がある、と知るだけでも状況はだいぶ変わります。

 それによって、「本来の自分」と「ローカルルール人格」とを区別することができるので、抵抗や巻き込まれる確率も明らかに下がります。
 (区別されていない状態だと、問題や症状を指摘されても「自分がおかしい」といわれているように考えてて恐怖や怒りを感じてしまいます。)

 
 そして、クライアントさんと治療者が一致協力して、「ローカルルール」という本当の敵に立ち向かうことができます。区別ができていなければ、ごちゃごちゃになってできなくなります。

 

 治療者が真に共感する対象は「本来の自分」であって、「ローカルルール人格」ではないということです。誤って、ローカルルール人格に共感するということは「本来の自分」をないがしろにすることといえます。

 

 

 実際に筆者の経験では、カウンセリングの中でクライアントさんがローカルルール人格へとスイッチした際にそこには共感せず、ローカルルール人格について説明すると、最初はどこかキョトンとしています。
 しかし、ローカルルールによる発言と、本来のクライアントさんの発言とを区分けして、話を進めていくだけで、特別なことはしていないのに、「(今までのセッションで)一番良かった」というフィードバックをいただくことが珍しくないのには驚きます。
 (単に話をしているだけなのに!? やっぱり「バッサリといってほしい」というのが本来の気持ちだとわかります。)
 

 

 今現在、自分自身で悩みに取り組んでいる方は、難しい悩みほど「これってローカルルール世界の人格にスイッチしているのかも?」と自分で疑問を挟んでみることはとても有効。
 モジュール(人格)単位で悩みを考えてみる。ローカルルールというものの影響を考える。

 そうすると、見え方、感じ方がかなり変わってきて、手ごわい悩みの解決が見えてきます。

 

 

(参考)→「ローカルルールとは何か?」 

(参考)→「モジュール(人格)単位で悩みをとらえる重要性~ローカルルールは“モジュール(人格)”単位で感染、解離し問題を引き起こす。

 

 

●よろしければ、こちらもご覧ください。

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お悩みの原因や解決方法について

モジュール(人格)単位で悩みをとらえる重要性~ローカルルールは“モジュール(人格)”単位で感染、解離し問題を引き起こす。

 

 例えば、

 家庭や会社にいて「怒られるのではないか」「自分に対して否定的なことを言われるのではないか」とビクビクしたりすることがある。

 もちろん、いわゆるブラック会社や、機能不全家族ではなく、比較的落ち着いた職場であり、穏やかな家庭の話です。
 そのため、実際に怒られたり、失礼なことを言われることというのはありません。 

 でも、おどおどしたり、何やら落ち着かない気持ちで、自信がない。

 感覚としては、まわりは穏やかな平和な世界なのに、
 なぜか自分だけが、不思議なおかしな世界観の中にとどまっている。

 そして、あるはずもない脅威やよく考えれば、おかしなルールにおびえている。
 

 

 旧来の臨床心理の考え方でいえば、過去の記憶や信念が残っているから、無意識の作用で、と捉えられてしまいます。
 確かにそうとも言えますが、、、どうも違う。

 自分全体がおかしな世界観の中におかれている感覚があります。

 おかしなルールにおびえていて、
 例えば、
 「自分が何かを言えばおかしく誤解されて、捻じ曲げられてしまうのではないか」とか、
 「本音を言ったら、おかしな自分がばれて、否定(抹殺)されてしまう」といったことが頭にあって、
 そうしたことから動いている。

 
 すると、人から言われたことが頭を離れなくなったり、
 はっきりとモノをいう人がとても怖かったりする。

 自分自身のことではなくても、何かを断られると、頭を殴られたようにボーっとしてくらくらして、恐怖が襲ってくる。
 相手の人間がサイコパスか凶悪犯か何かのように思えてくる。徹底的にこき下ろしたくなる。
 
 
 

 別のケースでは、
 不機嫌な相手や、急に理不尽な文句を言われたりすることはだれにでも経験があるかと思います。 
 厄介なのは、理不尽な文句というのはだいたい7割が妄想で、現実にあったことに基づいて尾ひれをつけて7割と結び付けられていたりすること。

 波風を立てない方法としては、とりあえず謝ったりすることになる。
 
 それだけであればよいのですが、相手が持つローカルルールの世界に引きずり込まれるようにして、自分も力を奪われてしまう感覚があります。
 相手の世界観に巻き込まれてしまう。

 相手のローカルルールの中では、自分は最低の人間で、どうしようもないやつで、礼儀のない、相手の気持ちがわからない、仕事もできない、失礼な人間、ということにさせられて、因縁をつけられ、“事実”を盾に、そこから抜け出せなくさせられてしまう。

 

 

 

 以前の記事にも書きましたが、ローカルルールの特徴として、根拠がとても薄弱なため、巻き込まれる人がいないとその存在を維持できないということがあります。そのためローカルルールは人間のモジュール(人格)という単位に感染して、あたかも自律的な生き物(人格)であるかのように、自らを守ろうとして他者(本人自身も)を巻き込み、感染させようと働くのです。※コンピュータウイルスが、まさに「ウイルス」と呼ばれあたかも生き物のように動作するのと似ています。

 (参考)→「ローカルルールとは何か?」 

 

 

 ローカルルールが巻き込む方法は様々です。手を変え品を変えてやってきます。

 冒頭に書いたようなフラッシュバックや不安、恐怖といった悩みという姿もそうですが、本音と称して、自らの世界観を披露したり、他者の欠点をでっちあげて、ゆさぶったり、やっかいなことに不吉な予言をしてきたり、呪いをかけることで、未来も奪おうとしたり、などなど。

 
 明らかにおかしいとわかることであればよいのですが、“常識”を偽装するので、気が付かないまま根付いてしまうことがある。

 ちょっとした刺激で私たちは解離して、ローカルルールの世界観に巻き込まれてしまう。

 

 

 ここで理解が必要なのは、私たちの誰もが持つ「解離」という現象です。
 
 
 「解離(発作とも呼ばれますが)」というのは、単に信念というレベルではなく、モジュール(人格)という単位で生じる。 

 私たちの多くは、いわゆる多重人格ではありませんから、人格というのは意識することはありませんが、脳科学などの研究(神経ネットワークモデル)では、私たち人間は複数のジュールの束でできていて、それをたばねて、同一の人間だ、と認識しているとされます。

 スマホやパソコンに置き換えるとわかりやすいですが、裏では無数のプログラムやアプリが走っています。しかし、全体としては統制が取れた一つのマシンとして認識されています。

 

 作家の平野 啓一郎さんはそうした人間のありさまを「分人」として自らの考えを書籍でまとめています。 
  
 実際、私たちは、家族に見せる顔、友人に見せる顔、職場で見せる顔は自身で認識している以上に異なります。
 一つの人格が感情を切り替えているようなレベルではなく、人格(モジュール)自体が切り替わっていると考えなければならないレベルです。

 
 私たち人間はたくさんの人格(モジュール)の束でできています。そのため、私たちは一日のうちにも何回も解離をして、モジュールがスイッチしている。特に問題がないので気が付いていないだけ。

 複数のモジュールが存在すること自体はおかしなことではありません。パソコン、スマホのように、複数のアプリが並列に動作したりして、とても便利です。問題はありません。

 しかし、パソコンの調子が悪くなると、勝手にシャットダウンしたり、アプリの挙動がおかしくなったり、コンピュータウイルスに感染に感染したりするように、強いストレスを受けると人間もおかしくなってしまいます。

 アイデンティティ不安や自己不一致に陥ったり、虐待のような強いストレスにさらされてしまうと解離性同一性障害ということになったりする。

 

 こうした私たち人間の特性を考慮に置いたうえで、悩みの解決について考えると、面白いことが浮かんできます。

  
 実はある種の悩みというのは、これまで考えられてきたような信念とか無意識の力動とかそういった単位ではなく、モジュール(人格)単位でローカルルールが感染するなどして起こっていると考えたほうが適切なのではないか、ということです。

 

 だから、上に書いたように、誰かに何かを言われて、頭がボーっとする、というのは、単にストレスでダメージを負って、ということではなくて、解離して人格(モジュール)がスイッチを起こしているのかもしれない。
 何か、おかしな世界に引き込まれるようなクラーッとした感じがする。
 

 

 ローカルルールはそれ自体が自律性をもって本人や他者を感染させていきます。その際に感染するのは、頭の中の情報や信念といったレベルではなく、モジュール(人格)という単位に対してです。

 

 ローカルルールは、独立した人格のような動きをして、刺激で解離した際に前面に登場してきます。

 

 

 
 もともと人間の解離には、健康なレベルから不調なレベルまで、その性質に違いがあります。

 それはこれまで負ってきたストレスの度合いが影響している。

 解離というのは、よりよく生きるためであったり、自分を守るために生じているという面があリます。
 比較的安全で安定した環境で過ごしてきた人は、当然解離の度合いは緩やかになります。健康なレベルの解離といえます。
 緩やかというのは、日常のモジュールがスイッチしますが、統制が取れていて、問題を起こすほどではなかったりということです。刺激の閾値も低い。

 誰でも日常的に解離していますが、「解離だ」として取り上げる必要のない程度なので、従来からあるような、傾聴して、共感して、というようなカウンセリングでもよくなる。

 

 一方、ストレスの度合いが高かった人、いわゆるトラウマを負っている人は、解離の程度も大きいし、刺激の閾値も低い。

 さらに、ローカルルールの影響を抱えていたりする。
 ローカルルールに感染したモジュール(人格)をいくつも抱えていたりする。

 

 

 ローカルルールの世界観に影響されたモジュール(人格)は、ローカルルール世界を常識と捉えているのでひと工夫必要になります。

 ローカルルールに影響された人格がもたらす問題は、共感をしてもよくならない。かえって抜け出しにくくなったりする。

 なぜなら、本心は「このローカルルールを破壊してくれ!」ということだったりするのだから。

 
 でも、ローカルルールに影響されていると、周囲の人たちを巻き込むために「実は・・・」とつとつと本心らしきものを語ったり(騙ったり)する。語っている本人も騙される。その気になる。

 

 “本心”というのがローカルルールの世界に影響されたものだから、ホンモノの本心ではない。ローカルルールに影響された状態というのは、例えば「自分は人からどうしても嫌われる人間だ」ということだったりして、そこからスタートしている。

 

 “人からどうしても嫌われる人間”の告白として、本心が吐露される。

 さらに、ローカルルールに影響された人格(モジュール)の特徴としては、人格(モジュール)がスイッチしているので、スイッチする前のことは本心ではない、と認識されるため、
 「今まで語っていたことは実は本心ではなく・・・」といったりする。
 「嫌われないように、カウンセラーにもあわせてウソを言っていただけだ」といったことを言う場合もある。

 そのことで余計に、改めて語ったことが本心であるかのように感じてしまうから厄介です。

 

 そして、カウンセラーなどの治療者は職業柄、語られたことをまず受け止めようとしてしまうので、傾聴し、共感し、結果、巻き込まれて、かえってローカルルールから抜け出しにくくしてしまう。

 この構造に気づいている人(クライアントも治療者も)はほとんどいないし、信頼関係がないと、「それはローカルルールに影響されているのでは?」とはいえないので、構造がわかっていても、難しい。

 

 

 ローカルルールのもう一つの特徴としては、ローカルルールが壊されそうな刺激が入ると解離してローカルルールの世界観を守ろうとすることが起こります。
 例えば、安心安全が戻ってくるとか、人と親密になりそうになる、とかそういった状態です。良くなっていく気配がすると、解離が起こる。

 「あんなに良くなりそうだったのに・・」とちゃぶ台返しが起きて、
 「今までのは、実は違っていました・・・単によい子を演じていただけで・・」
 と“本心”の告白が始まる。治療者もそれに“共感”する。ローカルルールが壊れない。そして、抜け出しにくくなってしまう。
  

 

 実はこの解離(モジュールのスイッチ)という問題は、特殊なケースではなく、私たちの身近に頻繁に起こっていると考えられます。
 

 ローカルルールに影響されたモジュールにスイッチしているかどうかを見分けて、対処することは、より深く、本質的に治療を進めるためには避けて通れないのではないか?
 (ローカルルール以外にも、耐性人格など、モジュールにはいくつか種類があると考えられますが)
 そんな気がしています。

 

 

(参考)→「ローカルルールとは何か?」 

 

 

●よろしければ、こちらもご覧ください。

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お悩みの原因や解決方法について