『私はHSPだから』では解決しない理由―“繊細さ”の真の正体を専門家の視点から

「自分はHSP(繊細さん)かもしれない」 そう気づいて、心が軽くなった経験はありませんか? でも、その一方で「HSPの対処法を試しても、根本的な生きづらさが変わらない」と、密かに悩んでいる方も少なくありません。

実は、臨床現場では、その繊細さの背景に「HSP」だけでは説明できない、別の要因が隠れているケースが多く見られます。それは、私たちが「日常」として見過ごしてきたストレスや、トラウマです。

本記事では、公認心理師の視点から、HSPブームの影に隠れた“生きづらさの本当の正体”について、最新の知見をもとに解説いたします。


1.HSPという言葉が広まった背景と、その影で起きていること

ここ数年、「HSP(Highly Sensitive Person)」という言葉は急速に社会に浸透しました。書店では「繊細な人」をテーマにした書籍が目立ち、メディアやSNSでも頻繁に取り上げられています。自分の生きづらさを説明する言葉として、HSPを用いる人も珍しくなくなりました。

カウンセリングの現場でも、「自分はHSPだと思う」「HSS型HSPに当てはまる気がする」といった自己理解の仕方をされる方が増えています。こうした言葉が、自分を責めずに済む説明として機能している側面は確かにあります。

しかしその一方で、専門家の間では懸念も広がっています(発達心理学者の飯村周平氏など 参考:『HSPブームの功罪を問う』岩波ブックレットなど)。HSPという概念が、学術的な定義から離れたまま拡散し、「生きづらさ全般を説明する概念」のように扱われている点です。本来は限定的な特性概念であるにもかかわらず、過剰な意味づけがなされている状況が見られます。

HSPはもともと、感覚刺激への反応の仕方に個人差があることを示す「感覚処理感受性」という特性を指します。これは診断名でもなければ、病理概念でもありません。生きづらさや不調の原因を直接説明するものではなく、才能や優位性を意味する概念でもありません。

また、感覚処理感受性は連続的な分布を示す特性であり、HSPと非HSPを明確に分けられるものではありません。「〇〇型HSP」といった分類も、学術的な裏づけはありません。こうした点が十分に共有されないまま概念が広がった結果、資格ビジネスや商業利用に結びついたり、極端な文脈で用いられたりするケースも見受けられます。

問題なのは、こうした説明が当事者の理解を助けるどころか、本来向き合うべき原因から目を逸らしてしまう可能性があることです。臨床現場では、クライアントの語りを尊重しつつも、HSPという言葉だけでは説明が足りないと感じる場面が少なくありません。


2.「敏感さ」はどこから生まれるのか――多因子的な視点の必要性

繊細さや過敏さ、生きづらさといった問題は、単一の要因から生じるものではありません。HSPとして語られる特徴の多くは、実際にはさまざまな背景を持っています。

たとえば、発達障害の特性として感覚過敏や感覚鈍麻が見られることはよく知られています。生育環境の影響によって、他者との距離感がうまく取れず、対人関係に過度な緊張を抱える場合もあります。うつ病や不安障害、パニック障害、強迫性障害などでも、過敏さや鈍さが前面に出ることがあります。

さらに、長期間にわたるストレスによって心身が疲弊した結果として、感覚の調整がうまくいかなくなるケースもあります。職場や家庭など、慢性的に緊張を強いられる環境は、それ自体が大きな負荷となります。文化的背景や社会的プレッシャー、経済状況といった要因も、生きづらさに影響します。

心理職や精神科医が行う評価は、こうした複数の要因を丁寧に重ね合わせる作業です。概念はラベル付けのためにあるのではなく、その人の回復や理解に役立つ仮説として用いられるべきものです。

HSPという言葉が問題になるのは、それが唯一の説明として使われてしまう場合です。過去にも、発達障害やパーソナリティ障害といった概念が過剰に適用され、混乱を招いた歴史があります。同じことが繰り返されないよう、慎重な扱いが求められます。


3.生きづらさの背景として注目されてきた「発達期のストレス」

近年、研究の蓄積によって、生きづらさの背景として改めて注目されているのが、子ども時代に受けたストレスの影響です。

一見すると些細に思える出来事でも、発達過程にある子どもにとっては大きな負荷となることがあります。たとえば、家庭内で繰り返される夫婦喧嘩は、直接的な暴力がなくても、子どもの脳や情緒の発達に深刻な影響を及ぼすことが示されています。現在では「面前DV」として、重要な問題と位置づけられています。

発達期における過度なストレスは、「発達性トラウマ」や「逆境的小児期体験(ACE)」として研究されてきました。大規模調査では、小児期に逆境体験を持つ人が、成人後に精神疾患や生活習慣病を発症するリスクが大幅に高まることが明らかになっています。

愛着研究の分野でも、親との関係性が、その後の対人関係や自己評価、健康状態に長期的な影響を及ぼすことが示されています。こうした問題は「愛着障害」という言葉で広く知られるようになりました。

また、発達期のトラウマによって生じる症状は、発達障害と非常によく似ることがあります。そのため、環境由来の影響が見逃され、先天的な問題として扱われてしまうケースも少なくありません。


4.トラウマは「特別な出来事」だけの問題ではない

トラウマという言葉は、災害や事故、犯罪被害といった極端な出来事と結びつけて理解されがちです。しかし実際には、トラウマはもっと日常的な文脈で生じます。

強烈な出来事でなくても、逃げ場のないストレスが長期にわたって続くことで、心身は確実に影響を受けます。人間は、些細でも慢性的なストレスに対して非常に脆弱です。

この意味で、トラウマは「日常のストレスによって生じるストレス障害」と捉えることができます。パワハラやモラハラ、いじめ、家庭内の緊張、親の養育機能の問題なども、深刻な影響を及ぼします。本人がその影響を自覚していない場合も多くあります。

その結果として、過緊張、過剰適応、対人関係の難しさ、集中力の低下、不安や抑うつ感といった問題が現れます。感覚過敏や鈍麻といった「繊細さ」も、その延長線上で理解することができます。

こうした視点から、精神医療や臨床心理の分野では、まずトラウマの存在を仮定して理解を進める姿勢が重視されつつあります。HSPという言葉で説明されてきた生きづらさも、より広い文脈の中で捉え直す必要があるのです。

 

 

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