「私的な領域」は「公的な領域」のエネルギー源


 

 これまで、「公的な領域」の大切さ、というものをお伝えしてきました。

 

  じゃあ、「私的な領域」は重要ではないのか?といえばもちろんそうではありません。「私的な領域」がなければ「公的な領域」もうまく機能しない。

 「私的な領域」とは、一つには「公的な領域」のリソース、エネルギー源となる存在です。

 

 

 たとえて言えば、鉄鉱石とか原油のようなもの。
素の状態では、利用できないし、生で食べるとおなかを壊すようなもの。
 加工して、利用できるようにしないと世の中では有用なものとはならないですが、資源がなければ、製品もできない。

 

 「私的な領域」とは、エゴとか欲とか呼ばれる場合もあります。
 かなりわがままに、「~~がしたい」「~~が欲しい」と思えることは大切。
 それがエネルギーになって、生物としての人間を支えてくれます。

 私たちは「私的な領域」の力が低下すると、調子を崩します。

 

 例えば「(本物の)うつ病」は、「私的な領域」が枯渇したような状態。そのため運動とか、投薬、人生の方向転換を通じて、「私的な領域」を養うことをします。

 「私的な領域」が回復してくると、ふたたび公の世界で活動することができるようになります。

 うつ病からの回復でも指摘されるのは、ずっと「私的な領域」にいても回復はできず、むしろ悪くなるということ。徐々に体を動かしたり、働きに行く訓練をするなど、「公的な領域」へと復帰していくことをしていく必要があるとされます。

(参考)「うつ病を本当に克服にするために知っておくべき16のこと」

 

 「私的な領域」というのはあくまで一時的な避難場所である、ということです。   

 

 生きづらさ、というのは、「私的な領域」のエネルギーを「公的な領域」で発揮するサポートや接続が提供されないような状態のこと。

 家族が機能不全で、自分のことを正しく認めてくれない。

 十分な仕事がない、仕事についても今度は職場が機能不全である。

 社会の中で「位置と役割」がうまく得られない

 などなど
 
 

 よく、「やる気が出ない」「自信がない」という言葉がありますが、
 
 やる気=「私的な領域」×「公的な領域」となっているもの。

 

 やる気とか自信は、個人の内面の問題だけではなくて、家族が提供する「愛着」や会社や学校といった、自分が出会う社会の組織がうまく機能しているかどうか、といったことが絡み合って成立するものです。

 実際に、学力というものも、所得や周囲の環境によって決まってくることがわかっています。

 

 ですから、よほど不健康で「私的な領域」が下がっているのでなければ、やる気がない、というのは、「公的な領域」との接続が十分ではないために起こっているということなのです。

 

 

 

 このように、「私的な領域」と「公的な領域」とは相互的で、それぞれがあるから成り立っているのです。
 ただ、互いに等価か?ととわれれば、あえてそうではないと答えます。

 

 なぜなら、成人した後の人間は、あくまで「公的な領域」から捉えるものだからです。
 

 

 「私的な領域」のことについては「公的な領域」へと整え、変換されないと扱うことができません。

 

 また、以前の記事にも書きましたが、
 自分や相手の「私的な領域」には立ち入らない、というのは大原則。

(参考)→「相手の「私的な領域」には立ち入らない。

 

 立ち入っても、それを健全に扱うことができませんし、逆にやけどしてしまいます。

 
 「私的な領域」も大切だけど、あくまで「公的な領域」のためのエネルギー源として存在している、という理解が必要。
 

 しかも、私たちが原油とか鉄鉱石を手にしてもなにもできないように、素人では扱いにくいものでもある。 

 

 悩みを抱えている方の多くが、「私的な領域」を「公的な領域」と等価かそれ以上のもの、と誤ってとらえてしまって、扱い方に困り、本当の自分を見失い、その資源の生の磁力や熱風にあたって調子を崩してしまっているからです。

  
  
 「私的な領域」のエネルギーは、「公的な領域」を築き、維持することで、初めてパワーとなって発揮することができるのです。

 

 

 

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