「私的領域」は、公的領域のフリをすることで、強い呪縛となる。

 私たちが悩みとすることは、自分にとっては、動かしようもない事実であり、それはとてつもない恥として感じられています。

 

 ある人は、幼いころに負った記憶。家庭の中での出来事。

 ある人は、親から言われた言葉。

 ある人は、学校での出来事。いじめや、おもらししたといった失敗や。
 

 
 
 常識や、本当の意味での公的な感覚でとらえれば、
 「(親の言動や、環境は)それは常識に反する。おかしい。あなたは悪くない」となりますし、

 

 過去の出来事も、
 「そんなことはだれにでもある。何も気にしなくていい」
 という風にとらえられます。

 

 人間というものは、だれしも弱くて、どうしようもないもので、表向きはそう見えない人も、ただそれを見栄で隠し通しているだけで、内状は大差がないもの。

 人生はミスや失敗もたくさんあるもので、そういうもの。

 (失敗がない、と思っている人は、自分の失敗が目に入っていないだけ。あるいは、失敗しないために得た援助や犠牲を理解していないだけ)

 

 
 現実をありのままにとらえれば、自分が負ったどんな悩みも消化されていきます。

 

 

 しかし、私たちのまわりには、ローカルなコミュニティがたくさんあり、その中では、人々の私的な情動が渦巻いている。 嫉妬とか、支配欲とか。
  
 沸き起こる嫉妬から、自分の私的な情動を、あたかも公的なルールであるかのように偽装して、それをもとに相手を支配しようとすることが起きます。

 

 

 一番は、「家庭」、次に「学校」、「友人関係」、そして「会社」

 親も当たり前のように子供に嫉妬をします。えこひいきもします。支配もします。それらは、私的な情動からなされます。

(参考)→「<家族>とは何か?家族の機能と機能不全

 

 ただ、まさか「自分の個人的な感情によるものです」とは言わず、本人も気が付かず、「お前のためだ」「お前がおかしいのだ」「お前の言っていることは屁理屈だ。理屈っぽい」「どこに行っても通用しない」といって、自分の私的な情動を隠して、子どもや家族を非難して強弁するようになります。

 

 

 それが家の常識となり、子供にとっては、あたかも社会のルールのように感じられて、「自分はおかしい」という自己否定、自信のなさが大人になってもぬぐえずに続くようになります。
  

 
 「親が言うのだから、それは常識に違いない」と思っていますが、それは単なる親の嫉妬や支配欲でしかなかったりします。

 

 

 学校のいじめもそうで、最初は、家庭などほかの場所で不全感を負った子供が始めることが多いです。これも嫉妬や支配欲が関係します。

(参考)→「いじめとは何か?大人、会社、学校など、いじめの本当の原因

 

 誰でもよいのですが、標的を見つけて、いじめを開始する。

 「くさい」とか、「空気が読めない」でも何でもよいのですが、もっともらしい理屈をつけて正当化する。

 さらに、同級生や先生も周りを巻き込んで、リアリティを形成する。

 いじめられたほうは、「これだけみんなに否定されるのだから、自分は本当に空気が読めず、おかしいに違いない」として、自分を責めるようになる。

 もちろん、直感的には周りがおかしいとは感じていますが、どうしてもぬぐえない。

 なぜなら、自分を責める理屈や人々が「公的な領域」に見えるから。

 (「自分の直感と世の中を比べたら、世の中の意見のほうが正しいに違いない」という感覚)

 

 

 いじめる側も、「これは自分の不全感や嫉妬からのものですよ」といってくれればよいですが、「公」を詐称するために、「私的な領域」にすぎないものが、あたかも「公的な領域」であるかのように移り、その「ニセの公的領域」は被害者を長期間呪縛することになります。

 おとなになっても、いじめの記憶がじわじわ影響しているという方は多いです。
 

 

 

 会社もそうです。

 単に社長や上司のコンプレックスからくる偏った常識でしかないものが、あたかも公的なルールであるかのように偽装されて、そして、それに基づいてハラスメントが行われている。

(参考)→「あなたの苦しみはモラハラのせいかも?<ハラスメント>とは何か

 ハラスメントは、仕掛ける側が、「これは自分の嫉妬によるものです」なんていうわけがありませんから、もっともな理屈をつけて正当化します。
 「ノルマが達成できていない」「ミスをした」、「スタンスが悪い」「積極さが見えない」といったような言いがかりをつけたりすることはよくあります。

 

 

 とても学歴が高い方が、それゆえにいじめられるということも珍しくありません。例えば「東大を出ているのに、そんなこともできないのか」といったようにいびる上司は実際にいたりします。

 

 これも、たんなる嫉妬によるハラスメントにすぎないのですが、もっともな理屈をつけて行うために、受けた側はずっと呪縛されるのです。

 
 こうした「ニセの公的領域」とは、セラピーでは、ドミナントストーリーと呼ばれますが、あくまでそれらはニセモノにすぎません。

 

 

 自分の頭の中を触っていても、なかなか解消することは難しい。
 
 本当の「公的な領域」につながり、ニセの領域から移行することによって、ニセの公的領域によってもたらされた悩みは解決されていきます。

 

 

 

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お悩みの原因や解決方法について

本当の自分は、「公的人格」の中にある

 

 「自分探し」といったことをよく耳にするようになって、かなり経つでしょうか。

 それに対して「探したって、理想の自分なんてないよ」といった揶揄や、お説教もよく聞きます。

 

 確かにそれはその通りで、自分というのは、どこか彼方にはなく、日常の「関係」の中にしかないものです。

 

 

 ただ、「自分探し」をしなければならないほど、生きづらいし、生き苦しい社会であることは変わりません。

 揶揄されても「自分探し」はやめられない。

 直感が、今の自分が本当ではない、ということを告げてくれるからです。

 

 

 では、どこにあるのだろうか?本当の自分とは。
 

 

 例えば、
 セラピーなどを用いて、自分の内面を探ってみる方法はどうでしょうか。

 インナーチャイルド、トランスフォーメーション、前世療法などなど、様々なワークがありますから、探ってみること自体は可能です。

 

 それぞれは有効なものだと思います。

 

 例えば、自分の「女性性の部分に気が付けた」「意外な部分に気づけた」とかそういうことは起こりますけども 
主催者側の宣伝は別にして、それだけで「本当の自分がわかった」という人に残念ながら出会ったことはありません。

 

 仏教の悟りにしても、仏陀を除いて、悟りを得られた人は本当に一握りで、凡人には難しい。 

 

 自分の内面を探る、というのは「私的な領域」を掘り下げる作業ですが、そうしたものからは結局本当の自分は得られないのではないか?

 

 もちろん、一瞬、「悟ったような気になる」ことはしばしばありますが、それを維持することは難しいですし、悟ったということを表現しようとすると俗世の垢にまみれる必要があって、そこでまた元に戻ってしまう。
 

 

 
 筆者も経験がありますが、世間との関係は脇に置いて、自分の内面を掘り下げて磨けばよい、改善すれば生きづらさはなくなるのではないかと取り組んでみます。

 途中までうまくいくような気がするのですが、結局頭打ちになってしまう。

 

 そして、 結局、気がつくのは、哲学や脳科学といった知見などもしめすように、人間はクラウド型であり、「社会」や「関係」を離れて自分を知るということはできない、ということ。

 

 スタンドアロン(自分だけで)で変わるのは難しい。

 

 スマホでいえば、本来の中身(コンテンツ)は、端末の外にあるということ。

 クラウドの世界で生きるというのは、公的なネットワークの中で生きるということ。

 

 私的な情動のままでは通信をすることはできないので、
公的に決められたプロトコルに沿った形でデータは整えられ表現される。
 
 それが人間であるということ。

 

 実際、古代ギリシャでは、公的な領域こそが市民の本来の姿であり、私的な領域というのは、未熟で野蛮なものとされたそうです。

 

 
 現代の私たちの多くが誤解しているのは、「私的な領域こそが本来で、公的な領域は取り繕った偽りである」という考え。
  
 
 これは全くの逆であることが見えてきます。

 

 以前の記事にも書きましたが、
 実際に、あるクライアントさんが、活動量計(スマートウォッチ)をつけて生活していたところ、一人で家にいるときが一番緊張していて、外でたくさんの人と接しているほうが緊張は少なくリラックスしていた、ということです。※最近は、歩数計といったことだけではなく、睡眠の状況から血圧まで簡単に測ることができます。

(参考)→「他人といると意識は気をつかっていても、実はリラックスしている

 もちろん、その方は人とのかかわりが得意、というわけではなく、むしろストレスになることのほうが多いと感じていました。でも、実際に計測してみると逆であることが明らかになりました。

 

 家で一人でいるというのは、まさに「私的な領域」であるわけですが、余計に緊張が増して、自分らしくいれなくなる。「一人で家にいて、好きなことをしている」から、自分らしい、という風に思いこまされているだけで、実際はそうではない。

 

 

 本ブログでも何度も言及していますが、統合失調症の方も、治療のために部屋にずっといて、薬さえ飲んでいたら良いかといたら全く逆であって、ドアに鍵をかけず、仕事(役割)を与えて過ごしていると、メキメキ改善していくことが知られています。

(参考)→「統合失調症の症状や原因、治療のために大切なポイント

 実は社会の中で「位置と役割」がないために幻覚(症状)が必要になるのではないか、とも言われています。

 「公的な環境」が維持できなくなって、「私的な領域」に陥ってしまうと、やはりおかしくなってしまう。幻覚、幻聴を用いてまで「公的な環境」を作り出してしまう。
 

 

 
 こうしたことからわかることは、

 

 私たち、人間にとっては「公的な領域」こそが本来の自分がいる居場所ではないか、ということです。

 

 私的な環境にいるとどうなるか?といえば、偏った家族の価値観(ローカルネットワーク)とつながってしまう。

 
 そこでは、多様性がなさすぎて、私的情動を昇華するにはリソースがまったく足りない。極端に言えば、特定の誰かに依存(支配)されることを余儀なくされてしまう。

 

 私たちは、生まれてきて、まずは“機能している”親の助けを借りて、自分の中にある「私的な領域」を「公的な環境」で表現することを学びます。学校での教育や友人関係も(正しく機能してくれれば)その助けとなります。
 

 

 最も大きなポイントは「就職」です。

 

 仕事を通じて「位置と役割」を得てはじめて人間は「公的な環境」に安定して身を置くことができるようになる。

 働いた報酬としてお金を得ることができますが、お金の力があることで、他者からの支配から自由になることができる(経済的に他者に依存していて自由を得ることは難しい)。お金というのは価値を数字で置き換えたものですから。

(参考)→「「仕事」や「会社」の本来の意味とは?~機能する仕事や会社は「支配」の防波堤となる。

 

 昨今は社会情勢のせいで仕事に就きたくても就けない人が増えています。
 これは、精神的な健康の観点からも大問題です。
 (仕事ができないのは基本的にその方のせいではありません。社会の責任です。)

 

 「恒産なくして、恒心なし」といいますが、一人部屋にいて仕事をしない状態のままでは、世界一の医師やカウンセラーであっても、その方を「自分らしく」生きていただくようにすることは難しい。

 

 上に書きました統合失調症の例もそうですが、やはり、徐々にでも仕事をして、社会に出て何らかの活動をしていくようにしていかないと本当の回復はできない。
 (※家にいて家事をするのは立派な社会的な仕事です。また、家庭は一時的な避難場所でもあります)

 

 

 「生きづらさ」の背景にあるものは、「関係の個人化(私事化)」であるといわれます。社会に原因がある問題が、すべて個人に還元されてしまうことを指します。

 例えば「引きこもり」でも、そこには家族の問題がある、経済の問題があるわけですが、すべて、個人の性格の問題、やる気の問題、精神の問題とされてしまってはたまりません。

 つまり、生きづらさを「私的な人格」の問題とし、そこで解決しようとすることはさらなる生きづらさを生むということです。

 自己啓発も最初は癒される気がしても、まわりまわって最後は「問題を解決できないのは、あなたのせいだ」と突き付けてくるわけですから。

  

 人間はクラウド的存在です。クラウドから切り離されると機能しなくなる。
 ローカルネットワークの呪縛から解き放ち、「ワールドワイドウェブ」につながらないと機能回復は果たせない。

 

 緩やかな「関係」を構築して、社会に位置と役割を得て「公的な環境」を築いていく。そこで世の中の常識や社会通念をバックボーンにして生きていく。すると、多元性や安心安全を感じるようになります。
 自分にかかる苦しみも、まわりまわって社会に還元されていきます。

 

 そうしてはぐくまれる「公的な人格」こそがローカルな呪縛を離れた本来の自分であることが見えてきます。

 

 

 

(参考)→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服

 

 

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お悩みの原因や解決方法について

ネガティブな感情に対処するコツ~自分が感じている感覚は、すべて外から来たものだと知る。

 医師やカウンセラーなど治療者がクライアントさんと接していると、セッションの中で体感が変化したり、雑念がわいてくることがあります。おなかに違和感を感じたり、頭が重くなってきたり。

 最初のころは、「食べすぎなのかな?」「今日は体調がよくないのかな?」なんて思っていたりします。

 別のケースでは、クライアントさんの訴えに対して、
「この人に問題があるのでは?」とか、「この人は〇〇だ」と相手を判断するような、およそ治療者らしくない気持ちがわいてくる。

 「いかんいかん、そんなことを思っては!」と打ち消そうとすると、余計に強まったりする。

 そのうち、「自分は人間的に未熟なのだ。だから邪な気持ちがあるのだ。治療者失格だ」なんて考えて落ち込んでしまう。

 抜け出そうとしても、なかなか雑念が去らずに困ってしまう。

 

 

 ただ、ある時気づくようになります。

 「あれ?これってもしかしたら、クライアントさんから来ているのではないか?」と。

 「この人に問題がある」というのは、クライアントさんがそう考えていた。
 「この人は〇〇だ」というのも、クライアントさん自身がそう思っていた。あるいは、クライアントさんの家族などがそのようにクライアントさんをとらえていた。
 

 実際に、そうとらえて話を聞いてくると、雑念がわいてこなくなってくる。逆に目に見えないクライアントさんの状態が見えてくる。

 
 そして、会話の中で、実際に、自信がありそうに見えたクライアントさんが「私は容姿に自信がないんです。自分はダメなんです」と言い出したりする。 

 
 ああやっぱりこれは相手から飛んできていたんだ、と気が付きます。
 治療者がそのようにとらえていると、本当の共感が起きますのでクライアントの症状もそれまでよりもよくなりやすくなります。

 

 ベテランの治療者などは、それぞれにこうした体験をしていて、「人間の感情のほとんどは、他人からの影響だよ」ということに気づいている人がチラホラといらっしゃいます。
 筆者も、相互にまったく関係のない治療者からそのことを耳にしたことがあります。

 筆者の経験からもこれはその通りだと感じます。

 

 たしか仏教でも、雑念というのは、マーラという悪魔がもたらしたりして仏陀を苦しめようとするシーンがあります。雑念というのは自分のものではなくて、自分は「無」である、ということに気づいて、悟りを得ていきます。
 
 

 

 

 イライラが止まらない

 怒りが収まらない

 不安でどうしようもない

  +感情が不安定なことへの罪悪感

 こうしたことでお悩みの方は多いです。

 そこまで行かなくても、自分が年齢相応に成熟したいにもかかわらず、子どものようなネガティブな感情が湧いてきて自分が嫌になる、ということがあります。

 

 相手にやさしくしたいのに、相手を揶揄するような思考が湧く、なんてこともあります。
 
 「なんで、こんな思考が湧くんだ?!」と慌てて打ち消そうとします。でも、次々湧いてヘトヘトになります。

 いろいろなセラピーを受けても、なかなか良くならなかったりする。

 この時に、実は、大事なポイントがあります。

 それは、冒頭の治療者のコツでも紹介したように、ネガティブな感情は自分の感情ではなく外から飛んできたものだ、という視点。

 以前にも書きましたように、人間は、クラウド的な存在です。ネットワークのように全て外からやって来る。自分が体感する感情というものは、相手や、身近な家族などの感情を無意識に写し取ったものである、ということです。

 

 極端に言えば、私達が感じる感情の99%は自分の感情ではありません。

 他人のものではないものを、自分のものだと考えるから苦しくなるし、セラピーでも良くならない。

 自分のものではないものを、自分のものだとしてセラピーなどで改善しようとすること自体が、自分のものだ、という暗示を強めてしまう場合があります。そうすると、却ってよくならない悪循環になる。

 

 イライラしやすい、怒りが止まらない、という場合、
それは、その方がイライラしやすい、というよりは、「他人の感情を受け取りやすい」という問題を持っているということ。

 

 事実、セッションの現場でも、例えばイライラしやすい、ということについて、そのまま扱ってよくなる場合もありますが、なかなか良くならない場合、「他者から影響を受けやすい」あるいは「他人の感情をもらってしまう」ということをテーマに変えてセッションを行うと、軽快していくことがしばしばあります。

 

 

 まったく影響を受けない人、というのはいませんが、
ネガティブな感情に悩みにくい方、というのは、他人からの感情と、自分のものとを区別する力がある、と考えられます。それを支えるのが「愛着」の力です。

(参考)→「「愛着障害」とは何か?その症状・特徴と治療、克服のために必要なこと

 

  
 愛着とは、親子の絆、安全基地のことを差します。
幼いころのやり取りで、むずかっているときに「悲しいの?」「しんどいの?」といったやり取りを通じて感情を正しく把握するトレーニングをしているわけで、その中で、自分の本当の感覚とは何か?そうではないものは何か?を自然と学ぶようになります。
 自分のものとして受け取ってよいものではないような否定的な感情に影響されても、「なんか変だな」としてその場を去ったり、これは相手のものだ、としてスルー出来たりする。

 

 愛着が安定している人にとっても、専門家ではないため言葉には出しませんが、「自分が感じているネガティブな感覚は外から来たものだ」というのは当然のこと、世の中の裏ルールといってよいものの一つかもしれません。

 

 
 反対に、難しい養育環境の場合は、自他の区別が混乱させられてしまっているために、相手の感情も自分の感情としてしまう。例えば、夫婦喧嘩が絶えない家である場合、子供は親の気持ちを先取りして、「今日は喧嘩をしないか?」「機嫌がよいか?」とやきもきしている。そのうち、自分の感情と親の感情との区別もうまくつかなくなったりする。

 親から、「お前は気をつかえない」なんて、因縁をつけられていたりすることもよくあります。
 すると、理不尽で不安定な親の感情をわがこととして忖度してしまう。結果として、他人のネガティブな感情を自分のものとすることが習慣化する。
 
 身体レベルでも、ノイズをキャンセルする役割を果たすストレスホルモンの働きが乱れていますから、人からの影響を跳ね返すことができなくなる。

 そうして、人からの影響を受けて、簡単にイライラしたり、不安になりやすい人になって、精神科やカウンセリングのお世話になるようになります。

 そこでも、その人本人が「イライラしやすい人」という風に扱われて、イライラから抜け出しにくくなっていく・・・

 

 イライラが自分のものだと真に受けると、イライラはいつまでもさらないし、それを他人にぶつけてしまって、罪悪感を感じてしまう、という悪循環に陥ります。

 

 

 悪循環から抜け出すためには、イライラを感じたら、「これは誰かから来たものなんだな。自分のものではない」と思いながら、その感情を感じる。

 すると、感情と自分の身体とが少しずつズレてくるのがわかります。そして、自然と治まっていきます。

 
 「このイライラを、オリジナルに還元」と唱えてもよいです。

この言葉はとても役に立ちます。

 どうしても巻き込まれてしまう、自分のものではないと考えてもそう思えない、という場合も、とにかく毎日続けてみます。すると、感情に巻き込まれにくくなることが実感できるようになります。

 それでも、ある感情だけは自分のものとしか思えない、という場合、その際はトラウマケアの出番です。どうしても巻き込まれてしまうということを緩和していきます。

 

 「自分が感じている感覚は、すべて外から来たものだと捉える。」というのは、ベテランの治療者などが実践しているかなり重要なテクニックです。

 認知行動療法のように、自分の信念、感情を自分のものと捉えてケアをしていると、ある時点で限界がやってくるのですが、反対に「自分のものではない」と意識していると、その限界を超えて、これまで解消しなかった悩みを超えることができるようになります。

 嫌な人にも巻き込まれにくくなります。

 

 

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アルコール依存症は、本人の甘さ、人格のせいか?

 

 最近、TOKIOの山口達也さんが、飲酒と、未成年へのわいせつ行為に及んだ件で、ワイドショーなどで話題となっています。

 アルコール依存症では、との疑いもあるようです。

 (参考)→「依存症(アルコール等)とは何か?真の原因と克服に必要な6つのこと

 カウンセラーの立場から見た場合に、実際にどうなのだろう? ということを少し書いてみたいと思います。

 

 飲酒の量などや行動や関係者の話から見た場合に、アルコール依存症の可能性はかなり濃厚であると思われます。
本人が「依存症ではない」と否認したり、「今は飲まない」ということも依存症の特徴です。

 

 アルコール依存症の方は、普段はとても“いい人”であることが多いとされます。でも、飲むと、たちが悪くなるし、本当に憎らしい姿になって、周囲を困らせてしまいます。

 

 今回、「お酒のせいにするな」「本人の甘さのせいだ」という批判も多いようですが、社会的にはもっともな意見です。ただ「アルコール依存症」の見地からすると、それは違うと思います。

 

 アルコール依存症とは、「病気」ですから、問題が生じるとしたら「お酒のせい」「背景にある問題のせい」です。イスラム圏などアルコールがない社会では依存症はそもそもありません。欧米でも限られた店でしか買えなかったり、公共の場所では飲酒できない国は多いです。
 日本はアルコールにはかなり寛容な社会で簡単に手に入り、専門家からは問題であるとされます。

 

 本人が節制して、上手な付き合いをするのが大人の責任、という考えることは普通ですが、依存症は病気なのでどうしてもそれはできません。

 

 実は、依存症の方は、いい加減とか自分に甘くなく、むしろ自分に厳しく、人をうまく頼れない、というところがあります。そのため、依存症は「未熟な自己治療(自分で何とかしすぎてしまう)」と呼ばれています。

 だから、本人の人格のせいではありません。

 本人の中で抱えきれないものがあって、それをアルコールで一時的に治療している、という状態です。
 (背景には、家族の問題だとか、気質などいろいろなことが考えられています。)

 

 飲酒で問題、失敗を起こしてしまって→社会的な責任も問われ→さらに、自分の中で問題を抱えて→お酒で治療せざるを得なくなって→また失敗して→また治療しなくてはいけなくなって→・・・ という努力の悪循環に陥っている状態です。

 

 人格のせいだとされると、余計に悪化してしまいます。

 

 もちろん、今回のように社会的な問題を引き起こした場合は、社会的な責任を負わなければなりません。被害者の方にとっては、本人の状態などは関係ないからです。

 

 ただ、治療においては、社会的な責任の部分と、本来の“人格とは分けてとらえることが必要です。

 アルコール依存症だけではないですが、治療において人格は無答責(=責任がない)であることがとても重要です。
 最新の脳科学や心理学でも明らかなように、意識とは行為の主体ではなく、ほぼ無意識に動かされているのが人間です。意志に関係なく、あるいは意志が強い方ほど暗示の力に引き寄せられて問題に陥ってしまいます。

 

 問題状況から抜け出すためには、周囲が「その方がおかしい」「哀れな人だ」という暗示をかけ続けていては抜け出すことができなくなってしまいます。

 

 問題は本人の甘さのせい/人格のせい、というのは近代個人主義の教義、社会の仮の約束事にすぎず、人間の実態に即したものではありません。
 

 社会的な責任と本来の人格とを分ける工夫は、「罪を憎んで人を憎まず」といったように、ある種の知恵でもあり、問題状況にある人を救ってくれます。

 

 

 また、社会的な位置と役割があることは、私たちが健全に生きるためには重要です。 

 山口さんについても、罪は罪でしっかりと償った後は、周りは憐れむことも、おかしな人だと思うこともない治療に専念できる環境ですごし。できれば、社会的に許されるタイミングで早く何らかの仕事に復帰することがご本人の回復にとっては一番良いように思います。もちろん、体調面、社会的な責任面でも、生涯、断酒を続ける必要があります。

 

 

 (参考)→「依存症(アルコール等)とは何か?真の原因と克服に必要な6つのこと

 

 

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人間、クラウド的な存在

さまざまな研究でわかってきているのは、人間はスタンドアロン(単独で成立している)ではなく、どうやらクラウド的な存在であるということです。

ネットワークの切れたスマホが機能しないように、人間も外部のネットワークに主体があって、そこからの影響を受けて存在しています。

そのため、人間の中にある無数のモジュールのすべては外部から取り込んだものであり、本来の自分の考え、感覚ではありません。外からの影響を内面化しているだけです。

例えば、
夜中にラーメンを無性に食べたくなることがあります。
後で後悔してしまうように、これは本来の自分の欲求ではありません。

買い物でも、買いたくないものを買いたいと錯覚して買い、後悔することもあります。
直前に見たCMや他人の持ち物に影響されて動かされていることも多いです。

人間の心は環境に拡がっている、ということはアフォーダンスといいます。哲学の世界では昔から言われていることです。

 
環境の影響を内面化しながら人間は成立しています。
外部からの影響を玉ねぎのように削いでいったら、自分というものがどこにあるかが確定できなくなります。

そのため、心理学では、「自由意志信念」といい、「“自由意志”とは、信念でしかない(本人が自分の意志で動いていると思っているだけで本当はその確証はない)」ということが当たり前に言われるようになってきています。

私たちが感じる、ネガティブな感情や感覚はほぼ99.9%が自分のものではありません。

「自分に自信がない」
「他人への嫌悪感や怒りが収まらない」
「不安でどうしようもない」

という時、よく考えてみれば、それらは自分の家族の考え(声)だったりします。

忠実なサラリーマンや官僚が組織の指示をそのまま内面化するように、機能不全家族でトラウマを負った子どもも、“優等生”として理不尽な親の影響(方針)を内面化します。時間がたつにつれ内面化したものが自分のものかどうかもよくわからなくなり、苦しむようになるのです。

 
悩みを「自分のものだ」と真に受けてしまっているうちは、なかなかよくなりません。
反対に、悩みとは環境からの影響にすぎない、と気が付くとその影響を受けにくくなります。

 
カウンセリングの究極的にめざすところも、その人がおかしいところを治そうとするのではなく、「“悩み”とは、自分のものではない」ということに気づくためのお手伝い、この一点になります。
※クライアントもカウンセラーも、自分たちがクラウドであることをついつい忘れて、自分たちそのものがおかしいととらえ、そのおかしな自分を治療しているとおもってしまいがちです。

 

 

「心に聞く」も遺伝子コードもトラウマケアもすべてそのための技術です。

(参考)→「「心に聞く」を身につける手順とコツ~悩み解決への無意識の活用方法

 

例えば、本人が、「これ(悩み)は私のものではない」と気づけば、遺伝子コードを唱えなくても、悩みは収まります(エピジェネティクス?)。
でも、意識的な言語ではどうしてもそれが達成できないので、遺伝子コードを使っているだけなのです。
(これが遺伝子コードを唱えることの本来の意義です)
人間がクラウド的存在だからこそ、意識的ではないアプローチが効果を発揮します。

 

 

 

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お悩みの原因や解決方法について

 

うつ病は「心の病気」、ではありません

私たちが、風邪をひいたとき、とても気がめいります。
やる気は下がり、思考を要する事柄について家族から話しかけられると、「あとにしてくれる?」と言いたくなります。

 

風邪は身体の病気ですが、明らかに気分や意識にも影響が出ています。
これと同様にうつ病も、脳の失調などが原因とされますが、身体が鉛のように重くなり、死にたい気持ちになるなど、経験しないとわからないほどに本当につらい状態になります。

 

 

 

ここで立ち止まって考えると「何か変だな?」と思うことがあります。

なぜ、風邪もうつ病も同様に気分に影響が出るのにもかかわらず、うつ病については「心の病」とされているんだろうか? ということです。

うつ病は、食欲や運動機能など身体にも影響が出ます。
うつ病になると、布団が体に張り付いたように動けなくなります。

下手にカウンセリングを受けるよりは、生活習慣の改善、散歩や運動などのエクササイズをしたほうがすっきりすることも多いです。
事実、うつ病の回復期では散歩などは必須ともいえます。
それなら、「うつ病も身体の病気」でよいのではないでしょうか?

 

 

もともと、古代ギリシャでヒポクラテスが体液の乱れで陰気な気質になることをメランコリと言っていた症状が
今でいう「うつ病」のことではないかと言われています。これもすなわち心の病気ということではありません。
実際に、個人の意識が強調されるようになる近代になるまでは「うつ病」という概念は長く姿を消します。
実は、うつ病をはじめとする心の病、とされているものの多く(ほとんど?)は身体の病であるといえるのです。

この点については、例えば、山下格「精神医学ハンドブック(第7版)」においても、「気分障害や統合失調でも、このような意味で高血圧などと同じ「普通のからだの病気」である。」「あくまで「普通のからだの病気」であることを、医療・福祉関係者はもちろん、患者本人および家族も明記することが望まれる」としています。

 

 

私たちは、なにかと「心の病」とする考え方に慣れ、それが好きなようです。

 

 

「でも、心の病でも、身体の病でもどちらでもいいんじゃないの?」と思う方もいるかもしれません。
それが、どちらでもよくないのです。なぜなら、解決に向けての取り組みが全く異なってきます。
例えば、うつ病については「身体の病」としたほうが、実際にその病にかかる患者やご家族にとっても、どれほど気が楽でしょうか?精神科に行く際の引け目や抵抗感を考えれば、「身体の病」とされることの気楽さはお分かりではないかと思います。
「身体の病で、症状だから仕方がない」と思えますし、薬を飲むことにも、休養することに抵抗もありません。

さらに、内因の病ですから、その方の責任でもありません。ただ、生活習慣病という側面がありますから、生き方は変えないといけなくなります。
生活習慣を変えることについても、「心の病」とされればアイデンティティにもかかわりなかなか受け入れがたいですが、身体の病であれば、その理屈は納得ができます。

逆に、「心の病」とされることでどれほど患者が自分を責め、それが果てに自殺につながっているでしょうか?
うつ病に限らず、他の心の悩みでも「心の問題」ではないということは当てはまります。そうとらえると、実はもっと早く、もっと楽になれるように思えます。悩みはその方の責任では全くありません。

 

 

関連する記事はこちらです

→「うつ病の真実~原因、症状を正しく理解するための10のこと

→「うつ病を本当に克服にするために知っておくべき16のこと

 

 

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お悩みの原因や解決方法について

 

昔から、悩みは心の外にあるものでした。

実は、精神医学では、昔から心の病は「心理」の外にあるとしてきました。

例えば、心の悩みの原因として、以下の3つの分類があります。

「心因」:心が原因であるもの(ストレスや考え方など)
「外因」:その疾患以外に原因があるもの(脳の損傷や、他の臓器の影響など)
「内因」:その疾患そのものに原因があるもの
心の病の王様である統合失調症やうつ病、双極性障害 はどこに分類されるかと言えば、「内因」になります。
※ストレスが原因であれば、うつ状態ではありますがうつ病ではありません。
つまり、心の病は、本来「心理」が原因ではないものとされてきたのです。
「心理」の外にあって、了解できないままに症状が発症して薬の力を借りながら治すもの、なのです。
心因でさえ、原因とされるのはストレス(外からくるもの)ですし、さらに、考え方も、実は、外的要因を内面化した束であることがわかってきていますから、心理のテリトリーは、どこにもないことがわかります。

 

「あなたの悩みの原因は、すべてあなたが選んだものだ」

 

なんて言っていたら、大笑いされてしまいます。

悩みは選んだのではなくて、心の中にもなく、外側から否応なく、影響されてしまうもの、なのです。

 

 

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悩みは、心理の外にある。

現代の人間観というのは、基本的に、理性のある個人が自分で考えて行動する、
というようにできています。

そのため、悩みもその個人の責任、その人が選んだもの、努力で変えていくもの、という考えでできています。
この考え方は脳科学など、最近の知見とは相いれないことがわかっています。
そして、実は、この考え方はいろいろと危険なものでもあります。
結局、自分のものではないものまで、自分の責任とさせられて、挙句の果てには、カウンセラーからも、「あなたのせいだ」と責められ、傷つく要因にもなっています。
悩みというのは、基本的には、自分の「心」の外側からもたらされます。
外的環境と、内的環境からです。

外的環境とは、社会、会社、学校、家族などから
内的環境とは、ホルモンや、遺伝子、体内細菌、影響物質、脳内伝達物質などから

たとえば、最近どんどんと明らかになってきていますが、育児でお母さんがイライラするのは、昔はお母さんのお母さん業の未熟さや人格のせいとさせられたり、本人もそう思っていたかもしれませんが、誰にでも起きるホルモンの変化のせいだ、ということがわかっています。
そのイライラは、心の問題でしょうか?

なんでも心の問題に還元することを「心理主義」といいます。カウンセラーをしていて思うのは、「心理」が問題であることは、実は思っている以上に少ない。少ないというよりも、ほとんどないのではないかと思います。

〝心理”カウンセラーと言いながら、問題のすべて(とあえて言い切りますが)は、心理にはなく、「心」の外側にあります。

では、カウンセラーは何をしているのか?

認知行動療法と言って認知を扱う療法もあって、効果が出ているじゃないか?
といわれるかもしれませんが、

実は、リフレーミング(枠組み転換)や、外部化、というメカニズムで説明されているように、「悩みは自分のせいではないんだな」と気づくお手伝いをしています。

事実、悩みが解消されるときには、悩みの意味づけが変わり(そうか、これは自分にとって役に立つものなんだ!)、悩みは心の外側に追いやられて行きます(気にならなくなりました!)。
悩みは、心理の外にある。

では、心理とは何か? といえば、せいぜいタッチパネルくらいの役割と言えます。

 

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